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プロ野球の中日ドラゴンズで主砲として活躍し、日本ハムファイターズでは監督を務めた野球評論家の大島康徳さんが6月30日、大腸がんのために亡くなっていたことが、7月5日に分かりました。70歳でした。葬儀は4日に親族らによって密葬が執り行われています。

2016年10月にステージ4の大腸がんを公表して以来、闘病生活を続けてきた大島さん。2017年2月に大腸がんの手術をしましたが、後に肝臓や肺にがんが転移していたことを公表。2020年には6月3日から3日間にわたって3リットルの腹水を抜くために入院しており、17日に再入院、24日に退院を報告していました。以降も毎日のようにブログを更新していましたが、29日21時を最後に更新が途絶え、読者からは心配の声があがっていました。
大島さんは当時の中津工業高校野球部監督に才能を認められ、野球部へ入部。エースで四番打者としてチームをけん引し、1968年ドラフト3位に中日へ入団すると、本塁打王、最多安打のタイトルを獲得するなど、恐竜打線の一員として活躍しました。現役引退後は野球解説者を経て、2000年から日本ハムファイターズの監督に就任。2006年には第1回ワールドベースボールクラシック(WBC)日本代表の打撃コーチに選ばれ、当時の王貞治監督へイチロー選手の打順を進言するなど、WBC初代王者に貢献しました。

5日には、大島さんの妻が「この命を生ききる」と題してブログを更新。「命には必ず終わりがある。自分にもいつかその時は訪れる。その時が俺の寿命。それが俺に与えられた運命。病気に負けたんじゃない。俺の寿命を生ききったということだ。その時が来るまで、俺はいつも通りに普通に生きて自分の人生を、命をしっかり生ききるよ」など、大島さんが2021年の春ごろに記した言葉を再掲したもので、最後には「また改めまして読者の皆様にご挨拶させて頂きます。少しお時間をいただくことになるかと存じますが、どうぞよろしくお願い申し上げます」と妻の言葉で結ばれています。
闘病生活を送りながら、ブログを毎日のように更新し、病との闘いを報告してきた大島さん。ファンからは「ただただ残念ではあります。だけど、男として憧れるような最後を迎えられたこと、改めて尊敬いたします」「大島さんは生きぬいたんですよね。僕も生き抜ききります」といったコメントが寄せられています。
また、中日ドラゴンズの後輩にあたる、元プロ野球選手の山本昌さんは自身のTwitterで「雲の上の存在でしたが、無名のルーキーの私によく声を掛けて頂きました。まだ70歳、これからも野球界の発展にご尽力して頂きたかった。本当に残念です」と大島さんの早すぎる死を悔やみました。
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