滑るようになめらかにドリフト走行する「オムニホイール式車椅子」の動画がTwitterに投稿され、5万9000もの「いいね」が寄せられるほど、注目を集めています。

車輪の形が変わった車椅子のようですが……
斜め方向にスィーっと進みます。見ていて気持ちいい!
「オムニホイールの車椅子めっちゃおもろいな」というコメントとともに動画を投稿したのは、大阪大学の助教、川節拓実さん(@takumi_k_jpn)。今年(2022年)5月に北海道で開催された「ROBOMECH2022(ロボティクス・メカトロニクス講演会)」(公式サイト)でのデモ走行の様子を撮影したものです。オムニホイールとは、前後だけでなく真横方向にも移動できる特殊な車輪のこと。
動画では車椅子に乗った男性が、床の上を滑るように走行。通常の車椅子の動きとは異なり、ドリフトするような動きを見せたり、慣性にまかせて横にスライドするように移動したりと、なめらかな動きがなんとも楽しそうです。動画の男性も「慣れると歩くのだるくなってくるんですよ」と言っており、確かにこれは実際に乗ってみたくなります。

近くで見ている人もビックリ?

車椅子が横に進むなんて! 乗り心地はどうなんでしょう
この「オムニホイール式車椅子」は車椅子はどうやって誕生したのか。制作したスライドリフト開発チームに開発の経緯などを聞いてみました。
障害の有無にかかわらず楽しみを共有したい。「超人スポーツ」の中で生まれた車椅子
この車椅子はもともと、ドリフト走行などの技術を競う「Sli-de-Rift(スライドリフト)」(公式サイト)という競技のために開発されたもの。スライドリフト開発チームは、安藤良一さん(AXEREAL代表)、上林功さん(追手門学院大学准教授)、大林勇人さん(日本電気)、片桐祥太さん(日本大学助教)、佐藤勇人さん(日軽メタル)によって構成される開発チームで、人間の身体能力をテクノロジーで補い、拡張することで、年齢や障害などによる身体の差に関わらず参加できる「超人スポーツ」(公式サイト)のプロジェクトの中で新しい競技のアイデアが生まれ、結成されました。
「もともと、人間に新たな能力を付与しスポーツ競技を作れば、車椅子レースや義足短距離走ではなく、みんなが一緒に参加できるようになるのでは? という発想がありました」(開発チーム)

元パラスイマー の矢嶋志穂(まろえもん)さんも「スライドリフト」に挑戦

年齢や性別、障害の有無に関わらず参加できます
そして2016年9月、慶應義塾大学で開催された、新しい「超人スポーツ」のアイデアを競う「第3回超人スポーツハッカソン」(公式サイト)に出場。鋳造メーカー「CASTEM」(広島県福山市)から技術協力を受け、車椅子用の大径オムニホールの機構にインホイールモーターを組み合わせたスライドリフトのプロトタイプを実質2日間で制作し、最優秀賞受賞を受賞します。

制作に携わった佐藤さん
その後、車椅子ダンサーのかんばらけんたさんやパラアスリートの上原大祐さん(パラアイスホッケー)、佐藤琢磨さん(元F1レーサー)などが試乗し、2017年以降は日軽メタルをはじめ企業の協力を得てレースモデルの開発が始まるなど、さまざまな人や企業が関わるプロジェクトに成長。2018年には運営組織としてAXEREALが設立され、今もスライドリフトの改良は進められています。

かんばらけんたさんによるパフォーマンス

日軽メタルの協力を得て制作した新型フレーム、レースモデル「RAY」(2017年)

ヤマハ発動機の協力を経て制作された2台目のレースモデル「RAY(白)」(2018年)
まだまだ「みんなで一緒に遊べる」とは言えない、スライドリフトが目指す進化
オムニホイールが特徴的なスライドリフトですが、フレームから設計されているので、加速した時の安定性を保つためのロングテールや、障害の重さや場所など多様な下肢の状態の人に対応するカップラーバー、着座台など、通常の車椅子と異なる点は複数あるそうです。そんなスライドリフトを制作するのに掛かったコストについて、開発チームからは次のように回答がありました。
「制作コストについてですが、総額は不明です……。善意の協力がほぼ90%を超えるので、金額的な評価は困難だと考えております。同じものを決まった通りに作れるのであれば100万から150万円で再生産は可能です」(開発チーム)

特殊な車輪を使うだけでなく、フレームから作っています
スライドリフトの実用性について、横移動が可能なことによりエレベーター内での切り返しや、屋内通路でのすれ違い、介護用自動車から車椅子への乗り換えが快適になると考えているとのこと。同時に、こうも語ります。
「『みんなで一緒に遊びたい』という遊び心からできたものなので、『Sli de Rift』の機体そのものの実用化は正直あまり考えていません」(開発チーム)

片桐さんによる「多様性に係るコンセプトスケッチ」(2017)。ダンスから一般向けの娯楽、「超人スポーツ」やプロスポーツまで多岐にわたる用途が考えられています
スライドリフトやそれを使った超人スポーツについては、新しい技術の実証実験の場(サンドボックス)であると考え、その中で発見された便利な機能や能力が、今後、日常をより豊かにすることを期待していると言います。そして、開発当初の思いを実現するには、まだスライドリフトには課題があると考えているようです。
「現在多様な下肢状態でも乗ることができる仕組みは担保できたわけですが、まだまだみんなで一緒に遊べる、とは言えません。まずは上肢の制約(腕や手の障害の状態)を超え、より多くの人々と一緒に等しく遊べるような競技と媒体の制作を進めたいです」(開発チーム)
コンテンポラリーダンス(身体表現)のプロジェクトIKA-異化-
さらに、新型コロナウィルスなど新しく登場した感染症が私たちの身体と社会との関係性を変化させたことを踏まえ、スライドリフトをメジャーアップデートさせたいと考えるスライドリフト開発チーム。障害者・健常者の壁を超えて、自由に遊びや気晴らしに使えるエンターテインメントとして開発していきたいとのことでした。
冒頭で川節さんが投稿した動画には大きな反響が。「すごい。これどうなってんだ一体…」「不思議なカッコよさがある」と驚く人や、「乗ってみたいな〜」「楽しそう 一般普及したらいいのにね」と関心を持つ人などがいました。また、「イニシャルDできそう」などドリフト走行を見て『イニシャルD』を連想した人も多くみられました。
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