ねとらぼ

 「インド機密未解決怪奇事件特捜部」の刑事である「カビール」と、彼をアニキと慕う「ディル」のコンビはどこかで見たような……というよりも、日本でも大ヒットしたインド映画『RRR』の主人公の「ビーム」と、その敵であり親友でもある「ラーマ」をほうふつとさせまくりなのである。

 劇中に『RRR』の露骨なパロディーと思える場面はほとんどないのだが、コンビで身体や腕をガッツリと組みつつ戦うと1人よりも強くなるパワーファイターぶりと、キレキレのダンスを見れば、もう「『RRR』やないか」と言わざるを得ない。カビール役の山寺宏一とディル役の速水奨がこれまた相性抜群で、それぞれの低音ボイスでパワフルな歌を披露するのもたまらない。

 本編ではこの他にも、「これぞインド映画」な歌って踊る場面がある。大富豪の「ウルフ」は、みさえから「なんなの」と突っ込まれるほどのナルシスティックな歌い方をしているのだが、「相棒を心から欲している」彼の孤独が感じられたりもする。賀来賢人は劇場アニメ『金の国 水の国』でも口が達者ながら誠実な青年にバッチリハマっていたが、今回は傲慢不遜でちょっとかわいそうでもあるキャラを完璧に演じていた。

 さらに、『クレヨンしんちゃん』の長年のファンこそがうれしい、とある歌が「街の人も巻き込む」形で踊りと共に披露される場面もある。「クレヨンしんちゃんとインド映画の化学反応」をたっぷりと楽しめるだろう。

  ちなみに劇場パンフレットでは、スタッフたちのインド旅行のレポートや、美術のこだわりも記されている。実は大人数での海外ロケハンは、劇場版『クレヨンしんちゃん』32年の歴史の中で初めてだったのだそうだ。併せて読めば、インドという場所へのリスペクトと、「あの場所のモデル」も分かって、より楽しめるだろう。

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日本のアニメが大好きな女の子の「今どき」の悩み

 さらなるゲストキャラクターである、インド人の女の子「アリアーナ」も重要だ。彼女は前年の「エンタメフェスティバル」に出場し、そのかわいらしさとパフォーマンスが話題となり、SNSで大勢のフォロワーがいる人気者。一方で、「誰からも嫌われたくない」と周りの目を過度に気にして、「本当の自分を見せる」ことを恐れている、今どきの悩みを持つ少女だ。

 彼女が、豹変してしまった友達のボーちゃんへのとある言葉について、「誰かのことをわかった気になる」ことへの傲慢さを指摘する場面は、子どもはもとより、大人こそがハッとするのではないか。誰かに「こういう人であってほしい」と願うのは、身近な友達や家族はもちろん、SNSでフォローしている人へ、日常的に思うことかもしれないが、それがその人にとってのプレッシャーになることもあるはずだ。

 そんなアリアーナにとっても、心から好きだと思っているものがある。それは、日本語を話せるきっかけになった日本のアニメ、それも「プリキュア」シリーズを思わせる女児向けの魔法少女ものだ。実際にインドでは日本のアニメは大人気で、『クレヨンしんちゃん』もよく知られているそうで、本当にあり得る設定だろう。ちなみに、『クレヨンしんちゃん』は本家『わんだふるぷりきゅあ』とコラボしたこともある。

 本当の自分を見せるのを怖がっている彼女にとって、「心から好き」と言えるものがあることは、暴君として自分を解放してしまうボーちゃんとのうまい対比になっている。それを経て、作り手が現代の子どもへ伝えようとしたメッセージは、きっと多くの人の胸を打つはずだ。

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不満もあるが、起死回生の良作には違いない

 ここまで『超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ』を称賛したが、正直に言って「惜しい」と思えるところもある。

 具体的には、メッセージそのものは真摯であるのだが、ひろしとみさえの言葉に託しすぎていて、正直に言ってやや説教くさくなってしまっていた。そこは直接的なセリフではなく、キャラの具体的な行動で示したほうが良かっただろう。

 「インド映画らしさ」という点でも少し不満が残る。しんのすけたちやカビールとディルの歌とダンスは確かに楽しいのだが、だからこそクライマックスやラストで「もう一度ハジケて欲しかった」ところだ。感動的なラストにインド映画らしい華やかさと派手さをさらにプラスすれば、より満足度が高かっただろう。

 また、しんのすけたちの仲間が豹変してしまうのは『謎メキ!花の天カス学園』でも見られた展開だったし、異国の地で人を変えてしまう存在をめぐる戦いが描かれるのは『爆盛!カンフーボーイズ 拉麺大乱』も同じだ。そういう意味で若干のマンネリズムが否めず、さらなる「新しさ」を求めてしまうのだが、それは過去作を全部見ているマニアゆえの注文なのかもしれない。

 それでも、『超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ』が、劇場版『クレヨンしんちゃん』シリーズにとって、起死回生の良作であることは間違いない。また、とある超有名な映画のパロディーを、野原ひろしが過去最高レベルのカッコ良さで(爆笑と共に)示してくれる場面もあるので、映画ファンはそちらも楽しみにしてほしい。

ヒナタカ

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