【連載:サラリーマン、プリキュアを語る】映画を見終わった後「お待たせ!キミに届けるキラッキライブ!」の意味を知ることになります。
INDEX
天岩戸を下敷きにしたストーリー
そんな、ど派手なライブ演出を支えるのが良質なストーリー。実は子ども向けアニメとしては結構重めな内容です(※少し怖いシーンもあるので怖がりのお子さまは注意してください)。
ゲストキャラクター“アマス”と“テラ”の名前が象徴するように、同作は日本神話「天岩戸隠れ」が下敷きになっています。
天照大神が岩戸に隠れてしまったとき、神々は歌や踊りで彼女を外へと誘い出した。――この物語は「心を閉ざした存在に、歌と踊りで光を届ける」という同作のプリキュアたちの行動につながります。
また天照大神は神様であると同時に巫女(みこ)でもあったといいます。
そんな「女神と巫女」の関係性を「アイドルとファン」に置き換え、暗闇に閉じこもる心をどうすれば解き放てるのか。
その答えを彼女たちは「言葉」ではなく「歌」で示すのです。
ライブを現代の“神楽”と見立てて、暗闇から光を取り戻すために歌い踊るキュアアイドルたち。
そう。令和のアイドルは、歌と踊りで閉ざされたキミの天岩戸を開くのです。
ゲストプリキュアの役割もしっかり
また本映画ではゲストプリキュアとして「ひろがるスカイ!プリキュア」と「わんだふるぷりきゅあ!」が登場します。
このゲストプリキュアが、単なる「顔みせ要員」ではなく、物語の中でしっかり役割を果たしているのも素晴らしいのです。
「ひろがるスカイ!プリキュア」の5人はヒーローらしくピンチに登場、ど派手な決め技も惜しみなく出し、その圧倒的な強さでアイドルプリキュアを支えます。やはり「ヒーローガールスカイパンチ」はたのもしい。ひろプリ5人がスクリーンに映った瞬間の劇場の子どもたちの湧きようもすごいものがありました。


さらに同作においては「わんだふるぷりきゅあ!」の役割がとても大きいのです。
「わんだふるぷりきゅあ!」が1年間描いてきたテーマが本映画の内容ともリンクして、説得力のある言葉が紡がれます。
登場時間は短いながらも作品全体を支える重要な存在感を放ちます。
「わんだふるぷりきゅあ!」ファンの方も必見の映画ともいえるのではないでしょうか。
「キミがいるから輝ける」―― 双方向のアイドル像
劇中、蒼風なな(キュアウインク)は自問します。
「アイドルって不思議だね。歌手じゃなくてアイドルって何だろう」
アイドルは歌や踊りを披露するだけの存在ではありません。
観客の心を揺さぶり、閉ざされた心を開き、一瞬の輝きを届ける存在です。
「キミとアイドルプリキュア♪」がずっと描き続けているのは「キミがいるから輝ける」という双方向性の関係です。
アイドルはステージの上から大勢を見つめながらも、一人ひとりを見つめています。
「あなたがいるから、わたしは輝ける」というアイドルからのメッセージ。
そしてファンは「推し」の存在により毎日が色鮮やかになる。
この「キミと私」という1対1の関係性は現代のアイドル文化を真正面からとらえたものだと思うのです。
だからこそ推しがいなくなったときの「喪失」もまた、アイドルを扱う映画として避けられないテーマとして描かれます。
アイドルプリキュアたちが「喪失」にどう立ち向かうのか。どんな答えをだしていくのか、もこの映画の見どころの一つです。
キミの天岩戸を開くために
天岩戸神話を下敷きにアイドルとは何か? を問い、11曲もの歌を通して子どもたちに届けたライブ体験。
映画を見るのではなく「体験する」。
誰かを推すこと、誰かに推されることの大切さを現代の女神と巫女、すなわち「アイドルと推し」になぞらえ子どもたちに、歌と踊りで伝える。
「映画キミとアイドルプリキュア」はそんな映画だったと思うのです。
キミプリがずっと描いてきた「キミがいるから輝ける」という双方向性の関係。
アイドルがアイドルでいられる時間は永遠ではなく短く儚(はかな)い。
ファンが推しを推せる時間も永遠ではなく有限。
だけど「キミと私が一緒に輝いた時間」は100年後も1000年後も残り続ける。
その歌は、未来に響き合う。
だから今の時間を、この一瞬をせいいっぱい楽しもう、というメッセージ。
それをアイドルプリキュアたちは、言葉ではなく歌に乗せて、子どもたちに、みんなに届けるのです。
圧巻のライブ体験とともにアイドルの“きらびやかさ”と“儚さ”を真正面から描いた同作。
アイドルとは何か、推すとは何なのか。
その答えを“体感”するためにも、ぜひ映画館に足を運んでほしいのです。
アイドルプリキュアは今日も歌い続けます。
キミの天岩戸を開くために。
(C)2025 映画キミとアイドルプリキュア♪製作委員会




