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飲食店でモバイルオーダーを使うのが、すっかり当たり前になりました。席に着くとまずQRコードを読み込み、スマホでメニューを眺め、ボタンを押せば注文が通る。便利です。とても便利です。……なのですが、実はIT業界25年の私でも、ときどき迷子になる瞬間があります。
スマホ操作には慣れているはずなのに、「いや、これで合ってる?」「押して大丈夫?」と戸惑うUIがあるのです。技術が進んだことで便利になった半面、いろいろな店舗が独自の工夫を凝らしすぎて、ちょっとした“文化の違い”のようなものが現れ始めている気がします。
そんなわけで今回は、私が実際に遭遇した“ちょっと不思議なモバイルオーダーUI”を、観察日記のようにまとめてみました。
お冷やを頼みたいのに、頼めない焼肉屋
ある日に入った焼肉屋の話です。席に着くとモバイルオーダー方式で、画面に「お冷や」のボタンがありました。「ありがたい」と思ってタップすると……何も起きません。
注文が入ったような気配もなく、店員さんが来るわけでもない。そもそも呼び出しボタンも見当たりません。
数十秒ほど画面とにらめっこをしたあと、ようやく気づきました。
「お冷やを“カートに入れた上で注文送信”すればよかった」らしい。
まさかのゼロ円商品を“購入”する方式。慣れれば合理的なのかもしれませんが、初見ではなかなかの難易度でした。
UIとしてはシンプルなのに、ユーザーの習慣とは微妙にズレている。その“わずかなギャップ”で思いのほか迷ってしまう好例でした。
甘口だけデジタルに乗り遅れたカレー屋
別の日、あるチェーンのカレー屋に入りました。ここでもモバイルオーダー方式。席に案内され、QRコードを読み取って注文画面を開くと、シンプルで見やすいUIが表示されます。
ところが、メニューの横に小さく
「甘口をご希望の方は店員にお声がけください」
と書かれていました。
甘口だけ、なぜかアナログ。
おそらく要件漏れなのか、カスタマイズ機能がまだ用意されていないのか。デジタルとアナログが入り混じる“過渡期感”に、思わずクスッとしてしまいました。
便利な仕組みの裏に、こういう“取り残される項目”が生まれるのは面白いところです。
メニューと注文画面が似すぎて分からない焼き鳥屋
次は、とある焼き鳥屋のケース。
席に置いてある紙のメニューと、モバイルオーダーのUIがほぼ同じデザインでした。文字の配置も、写真の雰囲気も似ている。見た瞬間、「紙のメニューを見ながら、スマホで同じ場所をタップして注文できるという、あの新しいタイプのUIか」と思ったのです。
ところが違いました。紙のメニューは紙のメニュー。スマホはスマホ。雰囲気は似ているけれど、お互いは全くリンクしていません。
紙のメニューで食べたいなと思っても、スマホのそっくりな画面にはない。こういう「期待」と「挙動」のズレを前に「きっと紙のメニューを渡して『そっくりに作ってくれ』とか伝えたのかな」と思いを馳せるのも、モバイルオーダーUIならではの楽しさかもしれないと思った次第です。
サイゼリヤの“数字だけ書く”スタイルはなぜ迷わないのか
サイゼリヤはコロナ禍の頃から、紙のメニューを見ながら料理番号を紙に書いて渡す方式で知られていました。それが最近では、電卓のような入力UIに変わりました。メニュー番号を数字で打ち込むだけという、独特なスタイルです。
このUI、モバイルオーダーが主流になりつつある今の時代に照らすと、かなり異質です。写真をタップするわけでもなく、メニュー一覧をスクロールするわけでもない。ただひたすら数字を入れる。
本来なら分かりづらいはずなのに、不思議と迷わないのです。
理由を考えてみると、「サイゼの注文は番号を書くもの」というユーザーの習慣が、すでに深く浸透しているからかもしれません。UIとして合理的かどうかではなく、「いつもこうだから」という文化が、そのままデジタルに移植されている感覚があります。
デジタル化とは“新しい体験に置き換えること”だと思いがちですが、ときには“元の習慣をそのままデジタルで再現する”ほうが直感的な場合もあるのだと気づかされました。
UIとユーザーの習慣、その間にある距離
こうして振り返ると、モバイルオーダーのUIには「技術的に正しい」と「ユーザーの習慣に合っている」が必ずしも一致していない場面が多くあります。
お冷やをカートに入れることも、甘口だけ口頭で頼むことも、紙のメニューとスマホが似ていることも、どれも技術としては成立しています。けれど、ユーザーが迷うのはその“正しさ”ではなく、今まで積み重ねてきた自分の経験とズレたときです。
UIは「分かればいい」のではなく、「迷わないこと」が大事。
そして迷わないためには、技術だけでなく“人の習慣”もセットで考える必要があります。
モバイルオーダーが普及し始めてからまだ数年。店舗ごとに試行錯誤しながら進化している過渡期だからこそ、こういう小さなズレが生まれるのだと思います。迷うこと自体が、ある意味で“未来が来ている途中”の風景とも言えそうです。
まとめ:IT歴25年でも迷うのだから、誰が迷ってもいい
モバイルオーダーは便利で、店舗側にもお客側にもメリットがある仕組みです。一方で、店舗ごとのUIがバラバラだからこそ生まれる“ちょっとした戸惑い”は避けられません。
でも、それでいいのだと思います。
IT歴25年の私ですら迷うことがあるのなら、誰が迷っても良い。むしろ、迷うことが当たり前の時期なのです。
これからUIはもっと洗練され、ユーザーの習慣とも馴染んでいくはず。今の“少しややこしい体験”も、後から振り返ればきっと「あの頃はそんな時代だったね」と笑い話になるのでしょう。
モバイルオーダーの進化は、まだ始まったばかりです。
著者プロフィール
![]() | 久松剛 合同会社エンジニアリングマネージメント社長兼レンタルEM IT開発組織づくりの水先案内人。合同会社エンジニアリングマネージメント社長兼レンタルEM。博士(政策・メディア)。IT研究職(動画転送、P2P)からビジネスに転身。ベンチャー3社で中間管理職を歴任。2022年に現職創業。大手からスタートアップに至るまで常時約20社でITエンジニア新卒・中途採用や育成、研修、制度設計、組織再構築、DevRelなどを幅広く支援。人材紹介会社やフリーランスエージェント、RPOの顧問も手掛ける。 |

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