ねとらぼ

【連載:サラリーマン、プリキュアを語る】最近では、プリキュアも学術研究のテーマによく使われています。

第I期:「目の前の他者のためのケア」

第I期においてケアの要素は主にヒロインから妖精に向けられ、作品には善と悪がはっきりと二元化された勧善懲悪の価値観が反映されており、善として妖精とプリキュアが、悪としては敵対勢力が、相入れない形で存在していた。

お茶の水女子大学 紀要論文(井村夏希・小玉亮子)
アニメ「プリキュア」シリーズにおけるケアに関する価値観の変容

 論文では、シリーズ初期(初代から「プリキュア5GoGo!」までの5年間)のプリキュアにおけるケアは「目の前の弱い他者」のためだとしています。

 プリキュアは妖精から助けを求められ、悪と戦い困っている存在を守り、そこには明確な「勧善懲悪」があったのだとしています。敵は倒すべき存在であり救う対象ではなかった、と論じられています。

画像出典:Amazon.co.jp

 確かにふたりはプリキュアの妖精メップル、ミップルは戦闘力をもたない「お世話される妖精」として描かれ、プリキュア5に登場するココやナッツは人間の男子形態になっても戦闘力は皆無で、主に助けられる存在として描かれていました。

 敵キャラクターたちも、倒されたら次の幹部が出てくる、といった登場で、あくまで「倒される存在」として描かれていました。

advertisement

第II期:敵をも含む「社会全体」へのケア

続く、第II期では、守り救うべき存在がより拡大し、ヒロインの戦う理由が「みんな」となり、その救済の対象には敵さえも含まれるようになった。作品内では、感情が焦点化され、善と悪の境界線は容易に往来できるものとして描かれるようになり、善に属する妖精・プリキュアは敵(悪)をも善に導くことができるとされた。

(同 紀要論文より引用)

第II期では、戦う理由が「敵をも含む社会全体」へと広がった
第II期では、戦う理由が「敵をも含む社会全体」へと広がった(画像出典:Amazon.co.jp

 続く第II期(「フレッシュプリキュア!(2009年)」~「ハピネスチャージプリキュア!(2014年)」)は「ケアの対象が大きく拡大された時期」だと論文は指摘します。

 プリキュアが守るべき対象が「みんな」へと広がり、敵さえも救済の対象になっていったとし、ケアが「より大きな社会」へ向かうようになったのだと論じられます。

 プリキュアは誰も見捨てることはせず、善悪は固定されたものではなく往来可能なものであるとして、「悪」として登場したキャラクターがプリキュアや仲間になる展開も増えてきた、とするのです。

 確かに「フレッシュプリキュア!」のキュアパッションや「スイートプリキュア♪」のキュアビートなど、敵キャラがプリキュアになったりする展開もこの頃が始まりでした。

 この時期のプリキュアは「世界を救うヒロイン」であると同時に、「悪をも救済し社会全体に働きかける存在」となっていったのです。

advertisement

第III期:「自己実現」のためのケア

第III期では、スケールが大きくなりすぎたケアの価値規範が自己犠牲を強要するものであり、シリーズ開始当初に目指された自分の意志のために戦うヒロイン像から乖離するとして見直された。ここでは、ケアの対象として重きを置かれているのが「自分」、つまりヒロイン自身となった。

(同 紀要論文より引用)

「自分がどうありたいか」を描き好評を博した「HUGっと!プリキュア」
「自分がどうありたいか」を描き好評を博した「HUGっと!プリキュア」

 ところが、この「社会全体を救うヒロイン像」はやがてシリーズに負担をもたらしていった、と論文は指摘します。

 「世界を救い、敵も救わなければならない」という使命は、プリキュアに過剰な自己犠牲を求める構造となっていったとし、第III期作品(「Go!プリンセスプリキュア(2015年)」~「ヒーリングっどプリキュア(2020年)」)ではケアの対象が「自分自身」へと戻っていったと整理されています。

 この時期のプリキュアは、「自分はどうありたいのか」を軸に戦うようになったとし、敵と無理に分かり合う必要はなく、理解できない存在は理解できないままでよい、という価値観も描かれるようになったとしています。

「Go!プリンセスプリキュア」は「プリンセスになる」夢をかなえる物語
「Go!プリンセスプリキュア」は「プリンセスになる」夢をかなえる物語(画像出典:Amazon.co.jp

 例えば「魔法つかいプリキュア!」では、世界を救う大義ではなく身近な人との日常を守るための戦いが描かれましたし、「なんでもできる!なんでもなれる」を掲げた「HUGっと!プリキュア」もまた自己決定の物語でした。

 論文ではこうした描写を、過剰なケアからの距離の取り直しとして位置付けて、「世界を背負うヒロイン像」からの脱却を図った、と論じます。

自分を大事にすることの大切さを描いた「ヒーリングっどプリキュア」
自分を大事にすることの大切さを描いた「ヒーリングっどプリキュア」
advertisement

「第III期」以降に見えてきた「キミとわたし」

 ここまでが、井村氏らによって論文で整理されたプリキュアシリーズのケアの変遷の3つの時期となっています。

 しかしこの論文が扱っているのは、「ヒーリングっどプリキュア」(2020年)までの作品群です。

 そこで筆者がこの論文以降の2021年以降のプリキュアを見渡すと、一つの傾向が見て取れるように感じます(※以降は、近年作を連続して見た著者独自の見解であり、井村氏らの論文の結論を補強するものでも、拡張するものでもありません)。

プリキュア20周年記念作品「ひろがるスカイ!プリキュア」
プリキュア20周年記念作品「ひろがるスカイ!プリキュア」

 2021年以降、近年のプリキュアシリーズにおける傾向として、「キミとわたし」という二者関係への着地が見られるように思われます。

「ひろがるスカイ!プリキュア」(2023年)ではヒーローとわたし
「わんだふるぷりきゅあ!」(2024年)ではペットと飼い主
「キミとアイドルプリキュア♪」(2025年)ではアイドルとファン

 世界のためでもなく、不特定多数の誰かのためでもなく、自分のためだけでもない。

 「キミとわたし」という最小単位のつながりに焦点を当てる構図が昨今のプリキュアでは見られるようになってきているように思われます。

 もちろん、それは突然変わったわけではなく、数年をかけてグラデーションで「キミとわたし」への関係性が色濃くなっているのだと思われますが、特に最新作「キミとアイドルプリキュア♪」では、世界を救うことだけではなく「アイドルとファン」のような、まず「あなたを大切にする」という個々人同士の関係性が強く描かれている傾向があります。

 プリキュアと私たちは「守る、守られる」という縦の関係性から「キミとわたし」という横の関係性への変化が見られるようになってきているのではないでしょうか。

飼い主とペットの関係性を描いた「わんだふるぷりきゅあ!」
飼い主とペットの関係性を描いた「わんだふるぷりきゅあ!」

 その変化の一例として「男子プリキュアの変身」が挙げられます。

 論文でいう第I期、第II期では「守られる存在」として描かれていた男の子ですが、第III期「HUGっと!プリキュア」(2018年)では、ついに初の男の子のプリキュア「キュアアンフィニ」が誕生しました。しかしその変身の動機は「なりたい自分になる」という自己決定のための変身でした。

 一方、「キミとアイドルプリキュア♪」(2025年)で響カイトが変身した男子プリキュア「キュアコネクト」は、友達を助けたいという「キミとわたし」の関係性においての変身となりました。

 「自分がどうなりたいか」から「キミのためにできること」へと、同じ男子プリキュアでもその成り立ちは大きく異なり、ここでもそのテーマの変遷が見て取れます。

男子キュア「キュアコネクト」は友達を助けたい心で変身した
男子キュア「キュアコネクト」は友達を助けたい心で変身した

「あなた」を大切にするプリキュア

 プリキュアはいつから「世界」ではなく「あなた」を救うようになったのでしょうか。

 その変化に明確な境界線があるわけではないのですが、今回紹介したプリキュア論文で整理されている第III期以降、つまり2020年代のプリキュアは「社会」や「自分自身」を経由しながら、少しずつ「キミとわたし」という関係性へと移り変わってきているように思われます。

 目に見えない不特定な「社会」という概念と対峙(たいじ)するのではなく、具体的に目の前にいる「あなた」との関係を丁寧に紡ぐことこそが、ひいては世界を救うことにつながるとしているのです。

双方向性のケアが描かれる「キミとアイドルプリキュア♪」
双方向性のケアが描かれる「キミとアイドルプリキュア♪」

 プリキュアは時代ごとに「大切にすること」の形を更新しながら、今も物語を続けています。

 プリキュアがいま守ろうとしているのは、抽象的な「世界」ではなく、遠くの「誰か」でもなく、となりにいる「あなた」。

 一方通行で世界を救うのはなく、双方向性で助け合う世界。

 そんな時代になってきているのではないでしょうか。

参考論文

お茶の水女子大学 紀要論文 井村 夏希・小玉 亮子
アニメ「プリキュア」シリーズにおけるケアに関する価値観の変容
(お茶の水女子大学子ども学研究紀要10巻,p.87-96,発行日2022-06-30)

CiNii
https://cir.nii.ac.jp/crid/1050856815750339712

お茶の水女子大学教育・研究成果コレクションTeaPot
https://teapot.lib.ocha.ac.jp/records/2000993

お茶の水女子大学子ども学研究紀要
10巻,p.87-96,発行日2022-06-30

2026年1月3日から5日間限定で「Amazon初売り」が開催!家電・日用品・ファッションなど人気商品が新年特価に。お得な初売りセールをお見逃しなく!

※本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Copyright © ITmedia Inc. All Rights Reserved.