【連載:サラリーマン、プリキュアを語る】「キミとアイドルプリキュア♪」最高の作品でした。1年間ありがとうございました!
「キミ」との関係性を描く
キミプリが徹底して描いたのは、画面の向こう側の「キミ」との一対一の関係性でした。
先述のように、キミプリでは「SNSのフォロワー数」「動画の再生回数」「人気ランキング」といった「他者との比較」は一切描かれずに、プリキュアたちはあくまで「キミ」に向き合います。
「プリキュアが守るべきもの」の象徴でもある敵組織(チョッキリ団)は「アイドル活動を邪魔するライバル」でも「アイドルのアンチ」といった存在ではなく、あくまで人々の心に宿る「キラキラな気持ち」や「悲しい気持ち」に焦点をあて怪物化します。
「ポップコーンを落とす」「ライブのチケットを忘れる」といった日常でのちょっとした悲しい出来事が怪物となるのです。アイドルプリキュアは、そんな人々の「日常を守る」ために戦ったのです。
キミプリでは、歌って踊るという「アイドル活動」を「不特定多数の人に向けたパフォーマンス」ではなく、「あなたの心を浄化し日常に笑顔を取り戻す」ための力として描きました。
双方向性のキラキラを描く
後期エンディング主題歌「キミとルララ」には、「互いがスポットライト、照らし合う 照らし合う」という歌詞があります。
互いがスポットライト 照らし合う 照らし合う
歌詞引用:後期エンディング主題歌「キミとルララ」(作詞:大森祥子 作曲・編曲:馬瀬みさき)
この言葉にキミプリの全てが凝縮されているように感じます。
アイドルは「スポットライト」をあびる存在でありながら、同時にスポットライトを子どもたちに照らす存在でもある。
そこにあるのは「見る側」と「見られる側」の関係ではありません。ましてや「評価する者」と「評価される者」の関係でもありません。
応援してくれる「キミ」の光によってプリキュアは力を得て、その光でまた「キミ」を照らし返す。
このように「アイドルを推すこと」を、「一方的な愛」ではなく「双方向性の光」と子どもたちに伝えたこともキミプリの特徴の一つだったのだと思います(だからこそ、片方が苦しむような“推し活”はダメで、推す側と推される側が互いにが幸せになることが「推し活」なんだよ、と伝えていたようにも思われます)。
「みんな」ではなく「キミ」に届けた物語
キミプリでは「みんな」という言葉をあまり使いませんでした。
ファンへの呼びかけはずっと「キミ」です。
それは徹底され、複数のファンに呼びかける場合も「たくさんのキミ」と表現します。
「みんな」に呼びかけるのではなく「キミ」へ呼びかける。
キミプリは「みんな」に歌を届けるのではなく、ずっと「キミ」に歌を届けるために、戦っていたのです。
アイドルプリキュアたちが目指していたものは、アイドルの頂点でも、音楽ランキング1位でも、東京ドームコンサートでもありません。
日常のささいな悲しみから、キミを救うこと。キミを笑顔にすること。
キミからもらった光で輝くアイドルたちは、その光であなたの日常を照らす。
それが徹底して描かれていたことが、アイドルをモチーフにした「プリキュア」として最高の表現であったと思うのです。
世間の評価やSNSといった「不特定多数の曖昧な誰か」と向き合うのではなく、今、確かに目の前にいる「キミ」との関係性を大切にすること。
子どもですら、他者からの視線にさらされるSNS時代を生き続けなければいけない時代です。
そんな時代に、「キミとアイドルプリキュア♪」は、
「目の前のキミを大切にすること」
「キミとプリキュアは双方向の光でつながっているよ」
というメッセージを届けてくれたのではないのかと、僕は思うのです。
(C)ABC-A・東映アニメーション
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