2次元の“嫁”と世界を旅する――君は「プロジェクト・ホロ」を知っているか?:海外オタク見聞録
今年初め、「狼と香辛料」のホロの立て看板と旅をする海外のアニメファンが話題になった。そんなアツいオタクが東京にやってきたので話を聞いてきた。
人気ライトノベル「狼と香辛料」の賢狼ホロのポップパネルを抱えて世界中を旅する、海外のアニメ好きの男性による「プロジェクト・ホロ」をご存知でしょうか?
プロジェクトの中の人ファブリス・レクイン(Fabrice Requin)さんは今年の春に日本にもホロを携えてやってきましたが、再び東京にやってきたということで会って来ました。
ファブリスさんはシンガポール生まれで現在オーストラリアに在住、アニメをこよなく愛するホテルマンの卵です。プロジェクト・ホロは、ハリウッド映画の「マイレージ、マイライフ」とアニメ「デュラララ!!」から着想を得たとのこと。映画でジョージ・クルーニー演じる主人公がポップパネルを旅の道連れにしており、「デュラララ!!」で東京・池袋の路上に賢狼ホロのポップパネルが現れたのを見て思いついたそうです。もちろん「狼と香辛料」は大好きで、賢狼ホロのフィギュアも観賞用と保存用の2体を持っているとか。
ホロは作品の中で商人のロレンスと旅をしますが、ファブリスさんは「ホロに現実の世界で旅をさせてあげよう」と双子のお姉さん、友人2人と4人でプロジェクト・ホロを始めました。手始めに中国を訪れて万里の長城で写真撮影と動画撮影を行いましたが、途中ロープウェーにホロのパネルを持ち込むのが一苦労だったそうです。
今年の春に日本を訪れ、京都の金閣寺、そしてプロジェクトを始めるきっかけとなった「デュラララ!!」の舞台、池袋の路上でホロと一緒の姿を写真に収めました。さらに海外の観光客に絶大な人気を誇る渋谷の交差点にもホロを連れて行きました。
ファブリスさんにとってホロは“俺の嫁”なのかと聞いたところ「一緒に旅するロレンスに嫉妬してる」とのことでした。
取材は秋葉原のグッドスマイル&カラオケの鉄人カフェ(通称「グッ鉄カフェ」)で行ったのですが、ちょうど「魔法少女まどか☆マギカ」イベントの最終日ということでファブリスさんは大喜び。飾ってあるさまざまなアニメのフィギュアなどもほぼ全て知っており、過去から現在に至るアニメ30作品ほどについてお互いの意見を交わしました。
彼が最初にアニメにハマったのはセーラームーン。京都アニメーションやシャフトなどのアニメスタジオの作品群について語りつくし、「ガルパン」(ガールズ&パンツァー)はさすがは野上さん(キャラクター原案協力)やってくれました、「まどか☆マギカ」の虚淵さん(脚本家)はマジ神、「人類は衰退しました」のわたしちゃんいいよね、「宇宙兄弟」と「バクマン。」は熱くて素晴らしい――などと盛り上がりつつも、「なんでシンガポールにアニメを輸出してくれないのか、シンガポールの若者たちはみんな日本のアニメを放送してくれることを望んでいるのに」と力説していました(ファブリスさんはアニメポータルCrunchyrollでアニメを見ているそうです)。
アニメを輸出するには、輸出先の放送コードという表現に関する規制に合わせなければなりません。放送コードは各国で異なるため、その編集が個別に必要であり、吹き替えも含めてそのコストをどこで回収するのかという問題があります。ファブリスさんによれば、シンガポールの隣のマレーシアではこの規制が強いため、「魔法少女まどか☆マギカ」を放送すればいくつかのシーンがカットされるであろうとのこと。アメリカでコミックス・コードによる規制でコミックが壊滅状態となり、かろうじて規制をかいくぐったスーパーヒーロー物だけが生き残った経緯を説明すると、日本のアニメが海外で「評価されつつも稼げない」現状を理解してくれました。
ファブリスさんは取材の前日には三鷹の森ジブリ美術館を訪れたり、アニメスタジオ「シャフト」の社屋を見に行ったりと、アニメの都・東京を満喫しているようでした。グッ鉄カフェでの取材後も「シュタインズ・ゲート」の舞台となった場所をいくつか紹介しましたが、特に主人公たちの食事シーンでたびたび登場する「牛丼サンボ」を案内すると「ワオ、イッツグレートッ」と大喜び。彼にとって貴重な聖地巡礼となりました。その後も都内のアニメスタジオを巡礼したいと話していました。
ホロとの旅はまだまだ続くそうなので、プロジェクト・ホロを暖かく見守っていきたいと思います。
豆知識その1:英語でも「俺の嫁」
日本では2次元の女の子に対する愛情表現として「俺の嫁」という言葉を使っていますが、海外でもその意味をそのまま英語で「Mai Waifu」と訳して使っています。「My Wife」と書くと3次元の嫁を意味するため、「俺の嫁」の意味であることを示すためローマ字表記を使っているのです。それではPlease, repeat after me. “Mai Waifu.”
豆知識その2:アメリカでの表現規制
アメリカでは1950年代から60年代にかけて、青少年の犯罪抑止の名目でコミックに対する厳しい表現規制が行われました。コミックス・コードと呼ばれるこの規制では、悪役に対して感情移入できるように描いてはならない、など事細かな禁止事項が並び、多くの作家が創作活動から去っていきました。このような動きはコミックだけでなくアニメーションや映画でも行われ、現在は明文化されていないものの映画会社ごとの自主規制となっており、ハリウッド映画で主役と敵対する人物(=悪役)に対しては同情の余地がない(=感情移入できない)ように描かれるのもこのためです。ガンダムで例えると、シャア・アズナブルがもっと人間性が欠落した人物として描かれるということです。
著者紹介
松岡洋は日本のポップカルチャー情報を発信するONETOPI「日本のポップカルチャー」のキュレーター。1980年代に「月刊アスキー」に寄稿。海外で起きている日本ブームについて「なぜ日本に魅せられたのか」を調査している。本連載「海外オタク見聞録」ではその調査で得られた情報やエピソードを紹介する。
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