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「落寸号令雷」に学ぶ陰謀論 巻き込まない方法、巻き込まれない方法

この記事にやましいところは何もありません! 連載「ネットは1日25時間」。

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 コラムであったり、エッセイであったり、批評であったり、小説やマンガといった創作物であったり、大勢の人間に向けて発信されるあらゆるものは、それを受け取る個々人の備えるフィルタを通して覗かれるため、意図せぬ形やあさっての方向で解釈されることなど何も珍しくありません。

 特に社会性、政治性の強いテーマを備えたコンテンツを発表すると、本筋とは全く関係のない部分をピックアップされたり、クオリティを無視した批評性に欠く言葉で語られたりと、意見ひとつ吐き出すことにも苦労が重なる時代です。

 私もいろんなところから情報を発信するようになって、俯瞰的に見ればごくわずかな数ではありますが、「お前、××とグルだろ!」「こんな意見を書くなんて、どこぞの企業や組織なりと結託しているに違いない!」などといった言いがかりをつけられるようになり、これもまた各々が持つフィルタを通してコンテンツを見た・見られた結果であって、世界的には日常茶飯事であると考えて今では諦めの境地に立っています。

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 みんな大好き現代文学の巨匠・筒井康隆の短編小説に「旗色不鮮明」という作品があり、主人公の作家がいろんなところで一貫しない主義主張を繰り返しているうちに、思想対立の激しいイザコザに巻き込まれてしまう、という著者お得意のスラップスティックコメディなのですが、今は特定の思想や主張を持たないというポーズを取ることすら難しい時代となりました。

 もう何も主張しない人間になるしかない、中身なんて何もないものを発表していくしかないと思う人もいるかもしれませんが、2015年にブレイクしたとあるお笑いコンビの見舞われた状況を見てみると、思想信条主義主張なんてどこにもないコンテンツにも、あさっての方角から盛大な陰謀論をふっかけられるなんて事態もあり、この世はほとほと地獄だな……と思わずにはいられません。

(写真はよしもとクリエイティブ・エージェンシーより)

火のないところに煙が立った「落寸号令雷」

 昨年、若者達の間で大きく流行したお笑いコンビ・8.6秒バズーカー(以下8.6秒)が巻き込まれたその騒動をあらためて説明すると、8.6秒の代表的な持ちネタである「ラッスンゴレライ」に、「このネタは原爆投下の暗喩であり、反日的な意図が込められている」という言いがかりがつけられたことに端を発します。

 「ラッスンゴレライ」という意味不明なフレーズの解説を要求するツッコミに対し、ボケが曖昧な情報を差し出し続ける様をテンポの良いリズムにのせて披露するこのネタに、「ラッスンゴレライとは『落寸号令雷』、つまり原爆を投下するための暗号なんだ」という力技の当て字がなされたり、「いいや、エノラ・ゲイ・リターンズのアナグラムなんだ!」と原爆暗喩の結論ありきで生まれた後発の新説が飛び出してきたり、「どうして原爆を投下したのはアメリカなのに号令が漢字なんだ」「そもそもそんな分かかりづらいメッセージを込めたネタをやるメリットはなんなんだ」といったようなツッコミも飛び出す様相に。もともとはネタとして作られたと思われる陰謀論は特定のカテゴリに属する方々の間で「真実」として囁かれるようになり、その光景は多くのネットユーザーから失笑を買うに過ぎなかったものの、本気になる人はどこまでも本気で思い込んでしまうようで、あるときなどは8.6秒に抗議するためのデモを起こそうとした者達まで現れる始末でした。

 陰謀論はときとして、「火のないところに煙は立たない」という言葉が無自覚な放火魔の口癖でしかないことを私達に教えてくれるのですが、とはいえこれらの陰謀論は特殊な人たちが生み出すものかといえばそうでもないというのが私の見解です。私も毎月クレジットカードの明細書に書かれた金額を見る度にこれは政府の陰謀に違いないと叫んだりするのですが、陰謀論的なものというものは「要素」さえそろってしまえばどこからでも誰からでも簡単に生まれてしまうものです。

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陰謀論が生まれるメカニズム

 陰謀論が生まれる経緯や由来は多種多様であり、不安や義憤に根付いた妄想が肥大化しすぎたものであったり、小さな意見に尾ひれがつきながら大きくなった結果であったり、意図的に作られるものの動機としては、対抗勢力の印象を下げるためだったり、単純に商売目的のイエロージャーナリズムであったりと、単純に見極めることはできません。

 ですが意図的に発信されたものでなかったら、特に思想や主張など強いメッセージ性が込められたタイプの陰謀論が生まれるには、それに至る「要素」が陰謀論を発する側にある程度整った結果なのだと私は思っています。特に情報の拡散・共有、同士との接続などが容易になったインターネットにおいて、その「要素」がそろうハードルは、ぐっと低くなったものなのだと。

 ネット文化の成長にはそれまで大衆が受け手であることを余儀なくされた既存のメディアや大きな組織・権力に対し、干渉やカウンターを容易に放てるようになったという側面も手伝っており、そういった反権威的な姿勢が根付いている中で、まとめブログのステマ騒動や既存メディアの不祥事の発覚などといったネガティブな話題が後押しすることで、だまされたくないという防衛本能から「話題のものや権威が出す情報は“必ず”何かやましい事情を抱えており、我々はそれを見破れるようにならなくてはならない」という、いささか極端なリテラシー意識が、一定の層に共有されるようになりました。

 それだけならまだ疑い深くあるというだけで済んだものの、問題はここに極端な思想や主張が介入してしまうことです。極端な思想や主張にはある種、意固地なまでの「自信」が備わっており、その自信が「私たちは本当のことだけを見ている。ゆえに私達の意見は正しく、私たちに対し隠し事はできない」という、過剰なまでのリテラシー能力誇示につながり、大抵は自分たちの見たい情報だけを受け取った結果ではあるものの、それらがネットを介した結果がいわゆる「ネットには真実がある」という、今では一銭の価値も持たない言葉を生み出しました。

  • 「話題になっているものや権威には何か隠したい『裏』があるに違いない」
  • 「私にはそれらを見破る能力があるに違いない」
  • 「私の思想や主張は正しいに違いない」

 という3つの「違いない」に対し、

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  • 「自説を補強したい(自分達の主張に説得力を持たせたい)」
  • 「主張が通らない理由を作りたい(自分達の主張がないがしろにされるのは、そうしないと都合が悪くなる存在がいるからだということにしたい)」
  • 「共通の敵を作り上げたい(自分達の主張を広めたり、同士とのさらなる結束の強化や活動推進のための起爆剤にしたい)」

 などといった「動機」や「願望」が加わることによって、「ないはずの事実が生まれる/肯定される」という答えを出す悪魔的な足し算が成立し、かくしてホッカホカの陰謀論が出来上がります。

 今回の「落寸号令雷」の騒動も、20年前なら怪文書の一種として一笑に付されて終わっていたような与太でしかないのですが、インターネットの力を借りることにより、ネタ的な消費をした人たちの存在も手伝い、大きく拡散され一種の「説」として力を持つようになったのだと思っています。

  

陰謀論に巻き込まない、巻き込まれないために

 無論、これまで述べたのは私の推測に過ぎず、外れているのかもしれませんし、ある程度は的を射ているとしてもあくまでパターンのひとつに過ぎません。

 それでもやはり先述のように、これらの「要因」がそろって陰謀論の発信源になってしまうことは、何も特殊な立場や偏った思想などが備わっていないといけない、というものではありません。外部に出した自分の言葉がそれを受け取った個々人のフィルターを通して解釈されるということは、誰かの反感を買うだけではなく、偏った考えを持つ人から誤った共感を呼ぶ可能性もあるからです。そうなると、自分だけの力ではどうすることもできません。

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 また私も含めそうですが、多くの人は個人差こそあれど「自分のリテラシー能力は高い」とどこか思いがちです。ですが、普段なら歯牙にもかけないようなネジの飛んだ言説でも、自分がある程度信頼している存在が発信したならばそこで気が緩み、鵜呑みにして外に広めるという危険性は、誰もが十分に抱えています。

 極端な提案ですが、陰謀論に巻き込まれない、巻き込まないためには先ほど紹介した3つの「違いない」の逆を取り、

  • 「権威が発信した自分の意に沿わぬ情報にも、字面通りに受け取っていいやつはまれにある」
  • 「私にはそこまで事実を見抜いたり掘り下げたり的確に表現する能力はない」
  • 「私や私の信じている人も間違ったことを言ったり信じたりするのは当たり前だし、受け手にも過剰に期待してはならない」

 という認識をラフに持つようにして、そのうえで「だからこそ気を付ける」程度の思いを心の片隅に置いておく、といった肩肘を張らない姿勢であれば、陰謀論に対し精神的にバランスよく対応できるのだと思います。もっとも、そんな襟の正し方を自覚してできる人ばかりなら、ラッスンゴレライは説明を余儀なくされないのですが。

 というわけで、ここに書かれた文章……信じるか信じないかは、あなた次第です。

プロフィール

 85年生まれのブロガー。2012年にブログ「ナナオクプリーズ」を開設。おとぎ話などをパロディー化した芸能系のネタや風刺色の強いネタがさまざまなメディアで紹介されて話題となる。

 2015年に初の著書「もしも矢沢永吉が『桃太郎』を朗読したら」を刊行。ライターとしても活動中。

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