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敗北感から「シャーロック・ホームズ」全60作品を自力翻訳 全文無料公開した管理人は何者なのか?(4/4 ページ)

定期的に話題になるあのサイト。

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1字の校正でレイアウトがぐちゃぐちゃ、神経衰弱のような作業

寺本 もう1つの動機は、私自身が文字通り「マンガのように読む」読み方をしてみたかったからです。マンガを読むときって、絵を見ながら同時に吹き出しを読むというダイナミックな読み方をしますよね? あれは母国語だからできるのであって、英語で書かれたマンガでは、絵と吹き出しはなかなか同時に読めません。ですから、本当に「ストランド・マガジンのシャーロックホームズ」を楽しむためには、母国語に翻訳する必要があるのです。翻訳さえしてしまえば、横書きという点さえ我慢すれば「本文を読みながら、挿絵を楽しむ」読み方が可能です。

 問題は「それが可能なのか?」ということでした。英文の翻訳はできても、訳文が物理的に誌面に収まるのか? 収めたとして、それが「本として」読める状態を保てるのか? こればかりはやってみなければ分からない問題でした。「できる」と証明するには、誌面を作るだけでは不十分です。自分がそれを「本」だと思っているだけでは証明にはなりません。それを「販売」し、誰かが「本」として買い、「本」として読んで、初めて「ストランド・マガジン シャーロック・ホームズ 日本語版」が成立すると証明できたことになる、と考えたのです。

――熱いですね。

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寺本 さらに、装丁が本物の19世紀「ストランド・マガジン」そっくりなのに、ページをめくると日本語! というシュールさを演出したかったんですよね。ふとこんなイメージが思い浮かんだんです。

 若いころストランド・マガジンを夢中で読んでいたイギリス人の書斎にそっと忍び込み、刷り上がったばかりの「日本版ストランド誌」をテーブルの端に置き、どこかから様子をうかがう。高齢の書斎の主人が入ってきて、真新しいストランド・マガジンに気付く。なんだ、これは! 若い頃読んだ雑誌が、新品に変わってるぞ? 老人は慌てて雑誌をめくる。するとそこには、宇宙語のような文字が並んでいるのだった……。

 振り返ってみるとすごくつまらない想像かもしれませんが、そのイメージが脳裏を離れなくなりました。

――思い付くだけでなく、実際に作ってしまうのは相当なエネルギーですね。

寺本 こういった遊びの場合、外側は古くさく、中は最新技術の印刷の方が面白いと思いました。ですので挿絵は網掛けではなく、FMスクリーニングという最新技術を使って印刷しています。

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 こんな本を買う人が何人いるのか見当もつかなかったので、少部数だけ刷ってAmazon.co.jpで予約を始めたら、発売日前にはやばやと売り切れてしまいました。割り増しの印刷費で、大急ぎで2度増刷をしましたが、それでも1年もたたない間に絶版になりました。

――現在は買えないんですね。残念。

寺本 この本では、小さいフォントの読みやすさを考慮した平仮名の多用、ポンド・ヤード法のメートル法への変更、イラストのレタッチと特殊な印刷など、かなり過激な実験をしたので、星1つが並んでもしょうがないと思ってました。しかし意外にも高評価をいただきまして、ホームズファンの懐の深さに触れた気がしましたね。むちゃくちゃ手間がかかるけど、そんなに待ち望んでいる人がいるなら次も出そうかということで出版したのが、「ストランド版 バスカヴィル家の犬」でした。

「ストランド版 バスカヴィル家の犬」。当時の紙面を日本語で再現したこだわり抜いた1冊になっている。現在アマゾンでは残念ながら「一時的に在庫切れ」状態(画像はAmazon.co.jpより

――今後も新たに出版される予定はあるんですか。

寺本 現在も合間に続編を作成していますが、先に組み版が決まっていて、そこに合うように訳文をはめ込み、しかもイラストと文章がいい位置になるようにしなければなりません。ドミノ倒しのように影響が続くため、1字校正しただけでレイアウトがぐちゃぐちゃになることもある、神経衰弱のような作業ですので、エネルギーが相当たまらないとなかなかできないのです。

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寺本さんによる原稿制作時の資料。赤字でメモがびっしり

――1冊1冊が執念の塊みたいな作品ですね。最後に、あらためて「コンプリート・シャーロック・ホームズ」のサイトについてコメントいただけないでしょうか。

寺本 本当は、もう少し訳文に気を使うべきだったように思いますが、クラシック作品である「シャーロック・ホームズ」にこれほど需要があるとは驚きました。公開後は約10年間、気になるところを少しずつ手直ししてきました。今後も表現には手を入れていくつもりです。

――興味深いお話、本当にありがとうございました。

寺本  こちらこそ、長々と語るマニアの話にお付き合いいただきありがとうございました。 私はあくまで一人の「シャーロック・ホームズ」ファンですので、少しでも作品に興味を持っていただけたら幸いです。

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