インタビュー

オタクが「好きな作品世界のモブキャラになりたい」と願う理由とは? 同人文化とカップリングに見る「関係性への愛」

カップリング表記にはオタクの愛と叡智がつまっている。

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 「カップリング表記」とは、同人活動において日常的に使用されている「キャラクター間の関係性を表すもの」。世界初の「カップリング表記研究家」のタルトさん(@Tarte41)にカップリング表記の話を伺う連載も、いよいよ今回で最後です。

 まとめとなる今回は「カップリング表記」の歴史について伺っていきます!


タルトさんの出されている同人誌。「カップリング表記検定」は友達同士でやると盛り上がる上、記憶の扉をすごい勢いでノックされるのでおすすめです

「連結表記」は82年から使われていた

 カップリング表記として一般的な、キャラクターの名前を「×」でつなぐ表記、それが最初にコミケカタログに書かれたのは87年なんです。今年でちょうど30周年。歴史がありますね。そのときのサークルカットに3つ書かれてるんですけど、作品は「聖闘士星矢」と「キャプテン翼」。やっぱりさすがですね……という当時の二大人気ジャンル。

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カップリング表記の例

 この×表記を最初に生み出した人すごくないですか? 天才かな?

 やばいレベルのジーニアスですね。ここで一度に複数サークルさんが書かれてるということは、コミケカタログ以前にどこか別のところで書かれてたんだと思うんですが、ちょっとそこまでは追えてないですね……。あと「攻め受け」。あれも最初に書いた人すごいと思います。コミケでの「攻め受け」はもっと早くて、85年。しかも初めての受けは俳優の○○○○さんでしたね。

 おおー……もともとはあの大御所俳優さんなんですね……。うわこれ記事に書きたい……書けない……。

 歴史で言うと、コミケ自体は75年からなんですが、ちゃんと冊子化されたカタログが出たのは82年からなんです。その82年のカタログにもうカップリング表記が載ってました。しかも×でも攻めでも受けでもなくて、今よく使われてるキャラ名を省略してつなげる「連結表記」だったんです。

※連結表記:キャラクター名を頭文字2文字程度でつなげる表記法。(例)一カラ、みかつる、流花、カカベジ

 連結表記は82年から使われてた! すごい。大発見!

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 で、こちらはちゃんと記事に書ける話で、車田正美先生の「リングにかけろ」だったんですね。ドイツチームの「スコヘル」(スコルピオン×ヘルガ)という表記でした。立場的にはボスと参謀という関係で、いわゆる「主従萌え」は当時からあったんだなと。

 さっき話した通り87年には「×」があるんですけど、でも80年代は「×」は流行っていなくて、どちらかというとハートマークでつなぐ表記が主流でした。ただ主流だったと言っても80年代全体では2割ちょっと、開催別に見ても多くて3~4割といったところです。でもハートって「○○と△△が愛し合っている」って分かりやすいですよね。そして89年頃から「×」が流行ってきて、「×」が最大手になったのは91年です。


1980年代と2013年夏(C84)のカップリング表記数を比較した表。規模の拡大がすごい。論文「1980年代のコミックマーケットカタログにおけるカップリング表記の変遷(BL・やおい)」p.79より引用

 個人的には「カップリングといえば『×』」というイメージが強かったんですけど、実際のシェアでは連結表記が多いんですね……。でも、実際「×表記」よりも「連結表記」の方が声に出すときに都合良いですよね。91年か~……。90年代は「×」が流行とはいえ、連結表記もあったでしょうし。

 連結表記もありましたが当時はそれこそ十数%とか……。とにかく90年代は「×」が圧倒的に使われてました。特に90年代後半は6割くらいが「×」なんですが、90年代って同人文化が一気に花開いた時代で、コミケの規模もどんどん拡大してるんですね。そういう背景もあって、「カップリング表記といえば『×』」という認識はこの時代に爆発的に広がったんだと思います。


『カップリング表記データブック・2000×2015』p.29より

 ではそのときのイメージを私は引きずっている……。90年代にとらわれている……。

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 で、面白いのがそこからやはり連結の時代になるんですよ。なぜか2000年から急に人気になってて、今2002年を調べてるんですが、そろそろ逆転するんじゃないかと思ってます。2000年代半ばには逆転してそうな感じですね。

 これって、「×」が使われがち、連結表記が使われがち、みたいな作品ごとに表記の特徴がそもそもあって、そのとき流行っている作品が移り変わることによって、使われるカップリング表現も変わっていく……という感じなんでしょうか。

 これがそうでもなくて、作品によって表記の特徴はもちろんあるんですけど、同じ作品でも使われるカップリング表記が時期によって変わったりしてます。その時々のカップリング表記の流行によって、それまで「×」で書いていた人が連結表記で書くようになったり。ワンピースみたいな連載期間が長い作品だと特にその傾向がありますね。

 例えば99年開始の「NARUTO」は初期から連結表記が多いんですけど、96年開始の「封神演義」とか97年開始の「ワンピース」は最初「×」が多くて、だんだんそれが連結表記に切り替わっていきます。「ゾロ×サン」から「ゾロサン」への流れですね。こういった変化が見えるのもカップリング表記を研究していて面白いところですね。


『カップリング表記データブック・2001×2016』p.44より

カップリング表記の持つ「機能」

 カップリング表記には大きく2つの機能があって、1つは「仲間を呼ぶ機能」。このカップリング好きな人集まれ! ですね。こちらがメインの機能。もう1つは、事故が起きないよう区切る意味での「ゾーニング機能」です。いわゆる、「逆カプの人は来ないでね」というやつで、お互いを守るバリアにもなるし、「この表記で意味の分からない人は来ないで」という牽制(けんせい)にもなってる。そんな感じで、カップリング表記は相反する機能を持ってるんですよ。

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 カップリング表記、人を呼ぶし、興味ない人は寄せ付けない。面白い……!

 なので、よく練り上げられた文化だなと思いますね。

(多分)世界初の「カップリング表記研究家」タルトさんにとってカップリングとは

 さて、いろいろ伺ってきましたが、そこまでタルトさんを魅了しているカップリング(表記)とはタルトさんにとってなんでしょう?

 カップリング表記って「愛の言葉」だと思うんです。しかもその愛には2つあって、作品の中の「AさんとBさんの愛」と、オレはそのふたりを見てるのが好きなんだ! っていう「関係性への愛」なんですね。


『カップリング表記データブック2001×2016』p.3より引用。オタクの作品愛に応えた、作品愛の結晶ともいえる冊子なのでは……

 そーーーれーーー! オタク女性は特にその世界の「モブ」になりたがるんですよね。

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 そうですよね、人以外でも壁とか天井とかになりたいみたいな。

 「推しのキャラクターの携帯になりたい」とか、「推しのキャラクターにバイトでシフトをここどうなってるって聞くだけのモブになりたい」とか! そして他者の幸せを心から願っているんですよね。「自分がキャラクターとどうこうなりたい」というよりも、「○○くんが幸せならそれでいい」と心からキャラクターの幸せを願っていて、ある意味純粋な愛だと思います。

 イグザクトリーですね。関係性への愛って本当にすごいなと思っていて、カップリング表記を書くって行為は「私はこのふたりが愛し合ってるのが好きです」っていう告白なんですよね。本来はそれってすごく言うのに勇気がいることで、「自分の好きなカップリング」というのは、かなりその人の内面に踏み込んだセンシティブな情報だと思うんです。

 私もそれすごく思います。女同士の恋話で「どんな男性が好き?」みたいな話あるじゃないですか。あれよりも自分の好きなカップリングをカミングアウトする方が勇気いる。

 そうですね。そういった自分の内面をさらけ出す恥ずかしさとか恐怖を乗り越えて、「私はこのカップリングが好きだ!」って宣言する。だからカップリング表記って愛と熱量がすごいんです。


 さて、3回にわたりカップリング表記の文化や歴史についてタルトさんと一緒にひもといていきました。カップリング表記には、オタクの愛と叡智がつまっていた……! そして年代に関係なくオタクに脈々と受け継がれている「関係性への愛」への熱量というものをあらためて感じました。もっと「カップリング表記」について詳しく知りたい! と思った方はタルトさんの同人誌を手に取ってみてくださいね。(通販:COMIC ZIN

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