愛しいユキは男で、オレの妻っす 『おとこのこ妻』理屈のない“好き”を信じられる幸せ:あのキャラに花束を
とってもフツーな、ある夫婦の愛のお話。
現在放送中のアニメ『お酒は夫婦になってから』の原作者、クリスタルな洋介さんは、夫婦愛の描写がめちゃくちゃうまい。ノロケがメインな割にいやみがなく、二人の日々の頑張りも描いているので、素直に応援したくなる。
作者が描くもう1つの夫婦譚『おとこのこ妻』から、かわいい妻のユキと、旦那のコウ夫妻をご紹介。
美しいこの人は、男で妻
長身の凛々しいコウ。物腰柔らかくかわいらしいユキこと雪緒。二人は誰から見てもお似合いの夫婦。特に妻のユキは海ではナンパされ、街頭ではインタビューされるほどの美人さん。
ただしユキは「彼女」ではありません。男で、妻です。
先に書いておきます。この作品は「女性に扮しよう」とする男の娘もの・女装男子ものと、ちょっと違います。もちろんそう読んで楽しむのには全く問題ないくらい、要素は詰まっています。ただ、ジャンル分けしてもいいのかな? と悩まされる。BLでもあるのですが、そこも微妙にニュアンスが違う。簡単にカテゴライズできない部分をおさえた、「幸せ」を描いた作者の思想の詰まった作品です。
ユキの性別は、本人もコウも、心身ともに男であるとはっきり認知しています。トイレもお風呂も男性用に入ります。周りの男性は一瞬ぎょっとしますが、まあ、ついてるから見れば分かる。なのでスカートや長い髪は、客観的には「女装」にあたります。
ユキは女性になりたいとは考えているわけではありません。コウもユキを女性扱いしていません。「ユキは男で、オレの妻っす」と言うのは、あくまでも「男」だという性自認が先に立つからです。
なぜ女性の格好なんだろう
映画館のレディースデイで、女性にお得といわれてユキがごまかそうとするシーンがあります。しかしコウ、正直を貫き通します。「ユキは男だから」
バカ正直なコウ。ただこのシーン、彼にもれっきとした信念がある様子が伺えます。自分が好きなユキは、男である。うそをついて、ユキではない何者かにしたくない。
ユキがなぜ女性の格好をしているかは、コウの妹・福ちゃんとの会話から分かります。ユキのことを「お義兄さん」と読んで、コウよりはるかに信頼している福ちゃん。彼女は二人の良き理解者として、言います。
「女装を望まないのなら、嫌だと言っていいんですよ。兄は基本的に鈍感です。ハッキリ言わなければ伝わりません」
それに対してのユキの回答。「確かに女のコの格好は恥ずかしい…けど。でもね、かわいい服着ると…あの…コーさんすっっっごく喜ぶから…」
愛する人が喜ぶのが、自分の最大の喜び。さすがにそういわれたら、なんの言葉もでません。素敵ですよ、うふふ。
人の好奇心
ユキとコウ夫婦は、多くの人に祝福されているカップルです。本人たちの幸福っぷり、周囲もほんわかうれしくなる。やぼなことはみんな言いません。
ただ、やはり人には好奇心があるもの。「珍しい」と考える人間も、当然います。
ユキもコウも、お互い愛し合っているけれども、別に性的に男性が好きというわけじゃない。ユキは男性として、他の女性の体にも反応する。これを「実に希少だ!」と言うのは、デリカシーがなさすぎる……のだけど、そう感じる人がいるのは否定してはいけないと思う。特に幼い子どもなんかは、ユキを見てからかったりもします。
けれども、二人に接し、話していくうちに、全く気にならなくなっていく。コウの同僚は、ユキのかわいさを見て、全く男性だと認められず最初は混乱しっぱなしでした。ところが二人の生活の幸せさに触れるうちに、夫婦愛とは考える以前の問題であることに気付きます。
「男と女の違いってなんだろう… オレ…今まで小さな事で縛られてたのかな…」
この作品はあまり、セクシャルマイノリティ問題に触れようとはしていません。というか「触れる必要はない」と考えているのがテーマだと思う。
二人の恋愛になんらかの名称を付ける必要はない。コウとユキが愛し合っている。それ以外何も要らない。(ただし、法律とかには触れていません。入籍とかうんぬんはちょっと不明なまま)
ユキの家族は、二人が愛し支え合っているのを見て、心から祝福しています。「雪緒、幸せそうだったね」「いい人にもらわれて良かったぁ」
満たされているのだから、周りがどうこう言う筋合いないですよ。
愛し合う二人
もちろん、すんなり二人が今の状態になったわけではないです。もともと不登校のユキは引きこもり。中学時代、ユキのためにプリントを持ってきたのが出会いでした。
当時は「男が男を好きになる」ということに、ユキも迷いがありました。けれどもコウは、ざっくり。「好きに理屈はないだろうからな」
ユキもコウも、さすがに高校時代は自分を整理するため迷います。けれど二人は、高校卒業時に結論を出しました。
「ぼく、ひきもりだよ?」「料理も掃除もできないよ?」「不器用だよ?」と、いろいろ自らの欠点を問うユキ。そして、最大の欠点だと思い込んで今まで言えなかった「ぼく…おとこだよ?」の言葉。
コウの答えは「奇遇だな。オレもおとこだ」。欠点なんかじゃない。めちゃくちゃデリケートで、かつ力強い返答。「男でもいい」じゃないし「男だからいい」でもない。好きな相手がユキで、たまたま自分の方もおとこだった。
この作品、特に「男」と「おとこ」の使い方に気配りされていますので、ぜひ読んでチェックしてみてください。
「幸せ」という抽象的なものを考える際、どうしても人それぞれ、バラバラな基準点が介在します。夫婦の場合は、顔だったり、人柄だったり、財産だったり、家庭環境だったり。
『お酒は夫婦になってから』では働き者の妻と、家事をこなしながら在宅仕事をする夫が、お酒を飲む一時に心をさらけ出す幸せを描きました。『おとこのこ妻』では、ユキとコウがお互い男だと理解し、愛し合ってバカップルっぽい日々を送る様子を甘々に描きます。
基準になる題材が全く違うこの2つの作品、「家で二人、お互いの全てをさらけ出し、愛し合う」という部分では一致しています。作中のキャラクターたちも、どちらのカップルも笑顔で見守ります。ぼんやりと皆が考える「幸せ」を、理屈ではない部分で双方つかんでいるからなのでしょう。
もう1つ、「幸せ」の判断基準には将来性も入ってきます。ユキとコウはどうなの?
映画館で割引の話を聞いた時、夫婦どちらかが50歳以上の夫婦50割引があると係員から教えてもらった二人。
「50歳…」「しばらくは定額か」「しかたないね」「また来ます」
これから先、年をとってもずっと、一緒にいるって信じて疑わない。それに対する「末永く当館をよろしくお願いします!」って言う係員の返し、気が利いていて本当に素敵。
2人の幸福な姿が見られたら、こちらも幸せになるし、なんだか勇気も元気も湧いてくる。自分が好きなもの、愛するひと、何者にも惑わされず、信じていい。それが幸せ。夫婦愛の伝道師として、ユキとコウは手を取り合って、マイペースに歩んでいきます。
(C)Kurisutaruna Yousuke / Shogakukan
(たまごまご)
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