モブが主人公のマンガが立て続けに登場 なぜ今モブなのか
「虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!」第86回。モブを主人公にした『僕がモブであるために』『モブ子の恋』を紹介。
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
例えばマンガに描かれる教室で主役の周りに配置される名もなき生徒たち。例えば電車の中でつり革につかまって立っているサラリーマンやヘッドフォンをかけてスマホをいじっている若者。
こういう脇役ですらない人物のことを日本では「モブ(mob)」と言います。もともとは「群衆」を指す言葉。背景に映り込むだけの名もなき人を指して「モブ」「モブキャラ」と呼ぶのは、実は日本だけなのだそうです。
記憶には残らないけれど、コマの中にいないと違和感を覚える――。マンガにおいて欠かせない存在と言ってもいい、このモブ(あるいはモブ的存在)を主役にするという矛盾をはらんだマンガが、2作品、10月に相次いで発売されました。「なぜ今モブなのか」という考察とともに紹介しましょう。
モブが世界の主導権を握ってしまう『僕がモブであるために』
まずはニコニコ静画『月刊のアクション』(双葉社)にて配信中、目野真琴先生のメタフィクションコメディ『僕がモブであるために』(~1巻、以下続刊)からご紹介。
主人公の中田潤一は少女マンガ「どっきん☆パイナポー(どきパイ)」に登場するモブ。ヒロイン・大河原舞とそのお相手・河澄の恋の行方を描く「どきパイ」の作中で、漫研のクラスメイトとしてモブを演じる日々ですが、現状に不満を抱いている様子。
「ここは俺が輝ける場所じゃない…」「俺のモブっぷりがこんなクソ漫画で発揮できるわけがないんだよ!!」
そんな彼はふとしたきっかけで迷い込んだ異空間で「どきパイ」の生原稿を手に入れます。しかもその原稿には自分がモブる次回掲載分が描かれており、そこに手を加えれば本編が自分の思い通りに展開することに中田は気付きます。
「俺がモブとして輝けるように この漫画(世界)を変えてやるよ」
こうしてモブ自らの手によるモブのための世界改変が始まります。
ヒロインが雀荘荒らし モブが輝ける世界はどんどんカオスに
ご都合主義はなはだしい少女マンガ「どきパイ」は、ハードボイルド好みの中田の手によって大きく改変。物語は第6話で超展開を迎えます。
ヒロインの大河原は、16歳の乙女がまれに患う奇病「パイナポー病」であることが突然発覚。脳がパイナップルのよう(パイナポー状態)に変化し、さらに悪化してパイナポー状態が全身に広がると死ぬと医者から宣告されます。パイナポー病による死を免れる唯一の方法は「卒業式までに恋愛を成就させること」。それまでふんわり少女マンガだった「どきパイ」は、中田によって命を懸けた恋愛物語へと描き変えられたのです。
自分の運命が大きくねじ曲げられたことに大河原が気付かぬはずがありません。パイナポー病患者に加えて、「雀荘荒らし」というトンデモ設定まで上乗せされかけるなど、世界が描き換えられていることに気付いた彼女は、これ以上ストーリーが暴走しないよう中田にくぎを刺します。
「ていうかパイナポー状態って何? 急に体調が悪くなった気がするし!」「誰がそんなの読みたい訳?」
こうして大河原の意向も反映しなければならなくなった結果、物語はマフィアとエロと乙女チックが同居するというさらにカオスな展開に……!
改変に次ぐ改変でストーリーが坂を転がるように破綻していくさまは、まさに「船頭多くして船山に上る」。しかし、自分の趣味を頑として譲らない作中人物たちでありながら、「読者を楽しませたい」という一点だけは共有・団結して世界を書き換えていくところに、マンガ好きとしてはちょっとした感動を覚えました。いきなり万札を燃やしだすヒロインのライバルも、当て馬として登場するタイ人の密売人・ソムチャーイも、股間に響く貝殻ハイレグも、あさっての方向こそ向いてはいるけれど、読者ファーストの精神から来るものなのです。
果たして中田は理想のモブとして輝くことができるのか。大河原は卒業式までに恋愛を成就させ、パイナポー病による死から免れることができるのか。いやそもそも迷走を続ける「どきパイ」は打ち切りを免れることができるのか。漫画(世界)の存続をかけた次巻の展開に注目です。
一人反省会で寝付けない モブキャラの初恋を丁寧に描く『モブ子の恋』
さて、モブを冠したもう1作は『月刊コミックゼノン』(徳間書店)にて連載中、田村茜先生の恋愛マンガ『モブ子の恋』(~1巻、以下続刊)です。
『僕がモブであるために』は、モブという装置そのものを自覚的に扱ったメタフィクションコメディでしたが、本作は「“主役”の恋に飽きたあなたに贈る、ささやかな恋物語」。
人見知りで引っ込み思案、これまでずっとモブのように目立たない人生を過ごしてきた田中信子の初恋を描く本作。失礼にも自分の名前が「モブ子」と聞き間違えられたにもかかわらず、「たしかにそうかも」と思ってしまうほどつつましい20年を生きてきた信子は、バイト先のスーパーで一緒に働く同い年の入江くんに片想い中。
入江くんと出会う場所はバイト先のスーパーのみ、困った場面に遭遇しても気弱な性格ゆえ自分から積極的になれないところをしっかりした性格の入江くんに助けてもらうといった、日々のささいな出来事の積み重ねを通じて、2人の距離がゆっくりゆっくりと縮まっていく様子は初恋ならではの初々しさで思わずニヤニヤしてしまいます。
そしてもう1点の見どころは、折々に挟まれる「モブ子の習性」。日常生活では「人見知りなのでなるべく誰とも鉢合わせしたくない」「ボディータッチが苦手(女の子でも)」、バイト先の同僚との飲み会では「普段飲み会に行かないので全然飲めるようにならない」「話し下手なので料理のとり分けで市民権を得ている(つもり)」などなど、モブ子的な性格の持ち主にとっては「あるある」のオンパレードです。
特に「会話のシミュレーションをする」からの「そのシミュレーションは大体失敗する」コンボや、「自己嫌悪と反省会で寝付けなくなる」「ネガティブな想像力がたくましい」あたりの習性は、身に覚えがありすぎる人も多いのではないでしょうか。社主もよく徹夜の反省会で眠れなくなります。
なぜ今モブなのか 変わりつつあるモブへの価値観
さて、「モブ」であることを前面に出しながら、全く毛色の違う2作品をここまでご紹介してきましたが、ここであらためて考えたいのは「なぜ今モブなのか」ということ。
もちろん「モブ」という言葉がマンガやアニメなどで広く使われるようになり、あえて説明を必要としなくなったということもあるでしょう。けれどそれらの中でのモブという言葉は、例えば「モブはひっこんでろ!」のように、いわば「ザコ」の別名としてネガティブに、メタ的に使われるばかりでした。
しかし、今回紹介した2作は「モブであること」に全く悪い意味を持たせていません。「モブ子」は信子の引っ込み思案をネガティブに描いているわけではないし、『僕がモブであるために』の中田に至っては自分がモブであることに誇りを持っているほどです。
これまでマンガの役割として「自分が世界の主人公になれる」「非日常が体験できる」という現実では味わえない感覚を疑似的に味わえる快感がしばしば言われてきました。裏返せば、この現実世界の中で私たちの大半はモブに過ぎません。世界の命運を握るヒーローでもヒロインでもなく、ドラマチックな大恋愛を経験するわけでもなく、教室でどうでもいい話をしながら明け暮れたり、今晩の献立を考えながらスーパーをうろついたりする。モブが死んでも現実という物語は何事もなかったように続くのです。
今回紹介した2作のように「モブ」という存在を肯定的に扱う作品が出始めた背景には、「フィクションの中でさえ、私たち全員が無理して主人公にならなくてもよい」という価値観の広まりがあるのではないでしょうか。天賦の才能がなくたって、異世界に転生しなくたってモブはモブのままでいい。そしてもし、そのような等身大の価値観を端的に表す言葉として、「モブ」が今新しい意味を持ち始めているとするなら、いずれ「私はモブだ」は自虐でも何でもなくなっていくのかもしれません。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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