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70歳の妻が「妊娠しました」 マンガ『セブンティウイザン』には出オチで終わらない“出産のリアル”がある

「虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!」第87回。70歳で妊娠という奇抜設定が妊活・子育ての普遍性を教えてくれる作品。

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 ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。

 最近、「出オチマンガ」が多い気がしませんか? 「そんなはずあるか」というような奇抜な設定のおかげで、最初はインパクトが強くて面白いけど、それに慣れてしまうとワンパターンになってしまって読む気が落ちる――そんな作品です。

 この種の出オチマンガが増える背景には、マンガアプリの普及にともなって書籍化される作品が膨れ上がったため、毎日目まぐるしく変わるようになった書店のラインアップの中で少しでも目立とうと、「とにかくインパクト!」「とにかくセンセーショナル!」といった話題性を重視する出版社の思惑がありそうです。

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 とはいえ、インパクトだろうとセンセーションだろうと、ちゃんと筋が通った面白い内容であれば、あくまで作品に触れるきっかけにすぎないので大いに結構なのですが、実際には1巻でネタを出し尽くしてしまい「読み切りで十分だったのでは」と思ってしまうマンガが多いのも実情です。マンガを描くって難しいですね。

 さて、今回はそんな奇抜な設定で始まりながら、力尽きることなく着々と作品世界を積み上げている実力派の作品をご紹介します。新潮社のマンガサイト「くらげバンチ」にて連載中、タイム涼介先生の『セブンティウイザン ~70歳の初産~』(~3巻、以下続刊)です。

『セブンティウイザン ~70歳の初産~』(連載ページはこちら

“齢七十の妻が妊娠”以外はごく一般的な妊活・子育て

 江月朝一、65歳。出世を望まず、同僚とも疎遠がちで、自らの人生を「何もない、つまらないものだった」と振り返りながら、定年退職を迎えたその日、帰宅した彼は妻の夕子から衝撃の告白を受けます。

 「妊娠しました

「妊娠しました」。戸惑う朝一

 5歳上の妻から告げられた「妊娠3カ月」という言葉にうろたえる朝一。「お… 俺の子か?」「高齢出産ってのは高齢者が出産することじゃないんだぞ」「35才から高齢出産なんだぞ」「お前は70才だ それこそ高齢者出産だ」など、狼狽(ろうばい)するあまり割とひどいことを言い続ける朝一ですが、夕子の産む決意はまったく揺るぐことはありません。

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 本作は齢七十にしてまさかの子どもを授かった夫婦の奮闘を描く育児マンガ。まさに「そんなはずあるか」な設定で始まる、出オチをうかがわせる作品でありながら、しかし11月発売の最新3巻まで失速することなく、非常に読ませる内容になっています。

 本作が単なる一発ネタにならず、読み手を引き付ける理由は非常にシンプル。それはひとえに「出産・育児マンガとして極めて普通だから」に尽きます。実に奇をてらわない。「70歳の女性が子を身ごもる」という点を除けば(これこそが肝なので除いたらダメだけど)、本当に普通の子育てマンガと変わりません。

 社主は身ごもったことがないので、今回紹介するにあたり、どの程度内容が正しいのか知り合いの女性に尋ねてみたところ「とてもよく描けている」とのことでした。例えば、赤ちゃんが母親の胎内でしゃっくりをするという事実も今回初めて知りましたが、そういう細かいところまで念入りに描いています。

 また、70歳の初産という、本当ならマスコミが大喜びして飛びつきそうな事件にもかかわらず、子育てにまつわるさまざまな出来事が、朝一・夕子夫婦と、数少ないけれども頼りになる理解者たちだけの慎まやかな日常の中だけに収まっているところも、余計にそう感じさせる一因でしょう。

 そういう意味では、出産や子育てを経験した人が読めば、当たり前のことしか描いていない作品なのかもしれません。しかし、その当たり前に「70歳の初産」というたった1つのフィクションをスパイスのように加えたことが、本作を当たり前でない作品へと昇華させました。

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脳梗塞じゃないよ、つわりだよ! 「高齢者+妊娠」の異常性と普遍性

 「当たり前でない」とはどういうことか。

 例えば、つわりが来てうずくまった夕子を見て、朝一が「全然納得いかない… 脳梗塞ならしっくりくるのに…」と疑う不謹慎な感想や、「マタニティマークの字が老眼で読めない」という小ネタなど妙な説得力を持つユーモラスなシーン。

 またその一方で、出産間近の夕子がお腹の中の子どもに向けて「私は他のお母さんよりあなたのそばにいる時間がとても短いと思う」という遺言にも似たようなビデオメッセージを残すシリアスなシーン。どちらも「高齢者+妊娠」という組み合わせならではのイベントと言えるでしょう。

高齢者の出産ならではのユーモラスなシーンも見どころ

 そのような見方をすれば、本作は「70歳の女性が出産を決断するとどうなるか」を現実的かつ丁寧に考えた、映画「シン・ゴジラ」のようなシミュレーションとしての側面も持っています。それは自然分娩を希望する夕子に対して、母体の体力を懸念した病院側が帝王切開を勧め、結局それを受け入れざるを得なかったことからも明らか。ドラマ的には、どう考えても自然分娩の方が盛り上がるにもかかわらず、です。

 さて、本作の物語はこの1年間の連載で妊娠発覚から出産を経て、既に子育て編まで突入していますが、特に近刊ではある奇妙な感覚に襲われることが増えてきました。2人が普通の若夫婦に見えてしまい、ふいに差し込まれる「高齢者あるある」でようやくはっと現実に呼び戻される、という感覚です。「亀の甲より年の功」と言いますが、試行錯誤しながら子育てに奮闘する様子は若い夫婦と何ら変わることはありません

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子育ての尊さに年齢は関係ないのだな、と

 とは言え、子育て編突入後も「赤ん坊を起こすまいと朝一がそーっと歩こうとするも、どうしても膝関節がパキパキ鳴ってしまう」「おむつ用ごみ袋をもらいに役所に行ったら、『大人用にも使えます』と言われる」などといった現実に即したさりげないユーモアは依然として魅力的。「70歳がまさかの妊娠!」というシュールな出オチ設定でありながら、実は「子育てに年齢など関係ない」という普遍性が見えてくる逆説感をぜひ味わってみてほしいです。

 今回も最後までお読みくださりありがとうございました。

(C)タイム涼介/くらげバンチ


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