「性か死か」勝てば種付け、負ければ食肉行き……過酷すぎる「種牡馬」の生涯 モテない馬はどうしてる?(後編)(5/5 ページ)
夢の舞台は、数々の犠牲の上に成り立っている。
種なしウマの「悲劇」と「喜劇」
1946年のアメリカ三冠馬アソールトは生きた精子が1%にも満たず、サラブレッドの産駒を残せませんでした。なお1985年のアメリカベスト・スプリンター、プレシジョニストも低受精率に苦しめられ、8歳になって競走馬に復帰させられました。
しかし同じく精子の少なかったメジロアサマが、元のオーナーに引き取られて懸命に種付けが続けられ、非常に少ない仔の中から名馬を出し、実はその血統が現代のスーパーホース、オルフェーヴルやゴールドシップにまでつながっているのです。
そんな成功例もあり、精子が少なくとも完全にノーチャンスではないのです。その逆転が起こるかどうかは、精子の少なさの程度や、生産者の努力と、運にかかっているようです。
名馬ですら、種牡馬で成功できねば「肉」になる
悲しいことですが、サラブレッドの中では圧倒的な勝ち組といわれる種牡馬ですら、ときに「食肉」になることは避けられません。
例えばファーディナンド。ケンタッキーダービーとブリーダーズカップ・クラシックというアメリカの2大ビッグレースを制覇した馬でしたが、彼は食肉になってしまったとされています。
さらに先ほど紹介したセントクレスピン。彼はエリモジョージ・タイテエムの天皇賞馬2頭を輩出し、自らも世界一のレースといわれる凱旋門賞を勝ったほどの名馬でしたが、やはり食肉となってしまいました。
お払い箱でも、善意によって生かされた
そんな中にあって、ちょっと変わったパターンが、セイウンスカイの父、シェリフズスターの例です。彼は皐月賞と菊花賞の二冠を制したセイウンスカイを輩出するも、そのときには既に種牡馬として失格の烙印を押され廃用に。そのまま食肉として処分されたと見られていました。
しかし、当時のサラブレ2005年9月号のスクープで、ある育成牧場にてひっそりと生きていたことが判明しました。「サンクルー大賞を勝ったほどの名馬を殺すにはしのびない」と無償で世話をし、かわいがられていたのです。しかし、草競馬に出すための調教中に倒れ、死んでしまったとか。
ですが、彼のように世話をしてもらえる馬ばかりとは限りません。今でこそ種牡馬として成功できなかった馬を預かる組織は増えてきましたが、それでカバーできなければ、当然のごとく食肉として処分される末路が待っているのです。
たくさんの苦悩の先にある、一瞬の快楽
お手持ちの時計を見ながら、1秒に3回リズムを取ってみましょう。それが種牡馬が交配時に感じている胸の高まりです(最大心拍数170beat/min)。
それほど胸を高鳴らせて臨む馬の種付けは、本当に本当にあっけないもの。ほんの「一瞬」の快楽が、時に苦痛に満ちた「一生」をその子どもに授けます。
壮絶なほど激しい競争を勝ち抜き、種付けを勝ち取る種牡馬たち。そんな馬たちですら、ときに苦悩を味わい、処分される運命にあるのです。
人生も馬生も、苦痛で満ちています。ちょっと滑稽に見える馬たちの交配シーンですが、そんないろいろを乗り越えて、彼らは種付けを行っています。
楽しい競馬を提供してくれている彼らに、せめて種付けしている一瞬くらいは、そんな苦しみを忘れて欲しい。同じオトコとして、そう思いました。
(辰井裕紀)
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