連載

「生まれてきてくれてありがとう」その言葉を心待ちにしていた誕生日 凍結されたTwitter画面がシュールすぎる東大ラノベ作家の悲劇――鏡征爾

よりによって、なぜ今日なのか。

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1 風船のように飛んでいけ by Twitter

「あした誕生日なんですけど、なぜか友人を承認した瞬間Twitterがアカウントロックかかってしまいました。そしてケータイ番号から解除しようとしたらアメリカから電話がかかってきて『ワン・ツー・ワン・ツー』とかいう解除番号を聞いて完膚なきまでに正確に数字をタイプしました。余裕で間違えました。誕生日はネットからもtwitterからもリアルからも離れて、孤独に時を過ごすことになりそうです。探さないでください」

 そんな書き置きを残して、僕は夜の街に消えた。
 魔都・東京。歌舞伎町を岩井志麻子のような獣が闊歩し、旧コマ劇前で外人の立ちんぼがアパホテル前でメイクラブと連呼してくる無法地帯。

 誕生日前夜。
 三月十七日。午後七時四十八分。
 急にTwitterが使えなくなってしまった。

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 新宿で行われた独り誕生日会の帰り。僕は致命的な間違いを犯した。
 Twitterのアカウント解除作業を、ジャック・ダニエルをストレートであおりながら行ってしまったのである。

 発端は、見知らぬ他人のTwitterを相互フォローてしまったことだった。
 だがその相手は決して不審なアカウントではないし、なぜ凍結されてしまたったのか。いまでもわからない。おそらく僕の存在が不審だったのだろう。

 とにかく。酔いに呆としびれるあたまで(僕は滅多に酒を飲まない。その日は誕生日に日払い労働をクビにされるなどやってられないことが重なったのだ)、あやしい外国人のTwitterロック解除コードを聞いて、ふんふんと数字を打ち込みまくった結果、ミスを連発。見事に凍結してしまった。
 Twitterがアカウントロックされたさいの解除方法は二つある。
 一つめは登録Mailにアクセスし、第三者による乗っ取りではないことを表明すること。
 二つめはケータイに送信し、音声による数列を打ち込むこと。
 僕は、小学生でもできる後者を選択。
 そして作業に、失敗した。

『リーンゴーンボンパーン』

 壊れすぎた時計台の音が鳴った。
 零時をまわった。誕生日になった。
 いまさら年齢を重ねることに悲しみも喜びもない。
 だが今年は違った。

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 昨年冬にSNSを再開。
 オンライン上で関わる相手が増えた。
 僕は、基本的にリプライを返さないことが多い。
 ひとえにネット上での交流が苦手だからであるが(致命的!)、
 もし誕生日に連絡をくれたら積極的にリプライする気でいた。
 一年に一度だけ、フォローしてくれている方と話をさせていただきたいと思っていた。本当に話したい、と思っていた。
 熱く煮えたぎる、想いがあった。

 2017年から本格的に(アカウント自体は2016年の夏に開設したのだが、閲覧用のアカウントとしてほとんど使っていなかった)Twitterを開始した当初の交流人数は58人。
 現在は5182人。
 一年と少しが経過して、大幅に出会う人間が増えた。
 日頃の感謝を伝えたかったし、「苦手な交流なるものをしてみるか」と思って、ひそかに、いや、本音を言えば死ぬほど楽しみにしていた。
 年齢を重ねることに女子学生なみの苦しみを感じる自分だが、今年だけは、誕生日を死ぬほど楽しみにしていた。
 昨年誰からも祝われなかった自分は、今年だけは、この誕生日なるものを死ぬほど楽しみにしていた。
 誕生日をTwitterのフォロワーさんからお祝いされることを、そしてそれにリプライで応答することを、死に物狂いで楽しみにしていた。

そんな鏡さんの誕生日のアカウントがこちら

 シュール……。
 なんというシュールな光景だ……。
 祝われて、ない。誰からも祝われて、ない……。

 っていうか、死んでね?

 風船で千の風になって運ばれてね?

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 何コレ? 
 これじゃあお祝いツイートも受け取れないではないか。

 ――一年に一度。

 お誕生日に舞い上がるという、Twitter風船。
 それはSNS文化の、幸せの象徴として、
 利用者の心を、あたたかい空気の膜で覆ってくれる。
 だが、それはときに利用者の心を、
 風船がはじけるように破裂させる。

2 これぞパッパラバースデー(ロック解除は繊細に)

 サイバースペースはおそろしい。
 あいつらは人間の心をもってない。鉄の心の持ち主である。
 どれだけ待ち望んだイベントであっても、一瞬で人の心を壊滅させる。
 だからこそ、その非常なるアルゴリズムには冷静に、冷酷に、獰猛な獣のように、大藪春彦の小説のように、対処しなければならない(『野獣死すべし』)。
 僕のあやまちは、こうしたネット上のアルゴリズムの冷酷さに対して、人間的な甘さを、持ち込んでしまったことにある。
 Twitterという機械に慣れ親しむにつれて、それがあたかも人間であるかのように、感じてしまうようになったことにある。あたまではわかっていても、友人のように感じてしまったことにある。
 機械は残酷で美しい。だがその美しさは、数学的なアルゴリズムによる利便性にもとづいている。
 だから、その利便性に依存するようになると、思わぬ所で足をすくわれる。

 心を、壊される。

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 これはAI時代において見過ごすことの出来ない問題であるのではないだろうか。機械は機械。どれだけ身近な存在になっても、人間を感じることはできないのだ。

3 一切の説明なしに「ワン・ツー・ワン・ツー」 by Twitter

 そのときのやりとりは、刻銘に覚えている。
 僕はアカウントの凍結後。ケータイによる認証を選択した。

 Twitter「電話番号を確認してください」
 鏡「Yes」
 Twitter「自動音声通話で受け取る」
 鏡「Yes」

 即座にアメリカ合衆国から着信があった。

(こええ……なんだコレ)

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 と思ったが、おそらくTwitter本社だろう。
 僕はふるえる指で受け取った。
 突然、一切の説明もなしに、ナイスガイな外人の英語が流れてくる。

 Twitter「ワン・ツー・ワン・ツー」
 鏡「ワン・ツー・ワン・ツー」
 Twitter「ワン・ツー・ワン・ツー」
 鏡「……ワ、ワン・ツー・ワン・ツー」

 バカにしているのかと思うが、アナウンスどおりに入力する。
 失敗する。もう一度聞く。失敗する。もう一度聞く。失敗する。
 一体何が間違っているのだ? 平常時なら11桁程度(ケータイ番号とか)なら眺めれば瞬時に覚えられるという特技をもつ自分なのだが、この日ばかりはダメだった。ダメダメだった。たぶんジャック・ダニエルの飲み過ぎだった。僕は悲しみのジャック・ダニエルになっていた。

 そしてその瞬間がやってきた。

『電話番号認証の試行回数が上限に達しました』

『しばらくしてからもう一度お試し下さい』

 僕は、絶句した。
 しばらく? しばらくっていつだ?
 あと数時間で誕生日になってしまうではないか。
 ネット上で調べたら、Twitterが凍結されたさいに泣き崩れる質問者に対して、「ご愁傷様」「終わったな」「早くて数日」「少なくとも一日以上はかかる」などとの書き込みがあった。
 早くて数日? 一日以上?
 本気で三月十八日が終わってしまうではないか。

 その時だった。

『オギャアアアアア』

 ゴジラの悲鳴が聞こえた気がした。

4 Twitterソープへ行け

 頭上にゴジラがいた。幻覚ではなかった。幻聴ですらなかった。それは賽の河原の石積みのように「ワン・ツー・ワン・ツー」とエアロビクス的に文字を打ち込む作業に失敗し続けた男の、心の叫びだった。

 僕は歌舞伎町のゴジラの真下で、狂ったようにTwitterの認証アプリを連打した。
 アカウント解除を申請した。無意味に終わった。
 次にパスワードを変更した。無意味に終わった。
 いったんログアウト。再度ログインした。無意味に終わった。

 そして、不適な笑みを浮かべた。
 これくらいで……おれが終わると思うのか?
 おれが……あきらめると思うのか? と。

 数千枚のボツ原稿をJ田……とある編集さんに送りつけて「死ね!」と言われた私である。
 まだまだ……勝負はここからだ。
 Twitterよ。本気を見せてやる。

 そう思い、様々な条件下で復活をテストした。
 ログアウトを繰り返しながら端末を変えた。
 言語を変えた。

 英語で認証を試みたら失敗した。
 韓国語で認証を試みたら失敗した。
 ドイツ語で認証を試みたら失敗した。
 フランス語で認証を試みたら失敗した。
 イタリア語で認証を試みたら失敗した。
 UK英語で認証を試みたら失敗した。
 アラビア語? 的なもので認証を試みたら失敗した。

 ……。

 われわれは選択接触の頻度に、心理的な距離を左右される。
 接触頻度が多ければ多いほど、親近感を得やすくなる。

 だが、それがどれだけ精巧につくられたものであっても、
 機械は所詮機械なのだ。

 むしろ、精巧につくられたものであればあるほど、
 擬似的な人間に近づけば近づくほど、そのことに注意する必要がある。

 あたりまえの話だが、人間の感情は、
 常識の範疇では片付けられない部分がある。

 ところで先日。
 北方謙三先生の伝説の名言を、引用した。

 どんな青年の悩みにも、
「小僧! ぐだぐだ悩んでねえ! ソープへいけ」の一言で片付ける、紫綬褒章受章者の北方謙三先生の伝説の名言(迷言?)を、紹介した。

 僕は、機械に、人間らしさをもう少しもたせてほしいのである。
 誕生日に、ひとりぼっちで、くるかわからないお祝いメールを待つ人間の心を、わかってほしいのである。気持ちを汲んでほしいのである。気持ちを汲むことが難しければ、アルゴリズムの規制に、もう少し人間的な解釈の幅をもたせて、ほしいのである。
 だから言おう。
 北方謙三先生の伝説の名言を、援用しよう。
 ネットの海に向かって、誕生日を奪われたどうでもいい男の叫びを、あああああああああああああああああああ絶叫しよう。

「Twitterあああああああああああああああ! しこしこゴミアカウントの情報収集してんじゃねええええええ! ソープへ行け」

 嘘ですごめんなさい。
 でも凍結アカウントに誕生日に風船とばすのやめてください。

 ――僕の心まで、凍結されてしまうから。

作者プロフィール

鏡征爾:小説家。東京大学大学院博士課程在籍。

『白の断章』講談社BOX新人賞で初の大賞を受賞。

『少女ドグマ』第2回カクヨム小説コンテスト読者投票1位(ジャンル別)。他『ロデオボーイの憂鬱』(『群像』)など。

― 花無心招蝶蝶無心尋花 花開時蝶来蝶来時花開 ―

最新作―― https://kakuyomu.jp/users/kagamisa/works

Twitter:@kagamisa_yousei

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