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お姉様の映画話を聞き通せたらご褒美→説明下手すぎて寝落ち 『おやすみシェヘラザード』が映画レビュー漫画なのに百合だし対決モノで目が離せない

「映画レビュー寝落ちバトル百合エロ」というカテゴライズが成立してしまう、だと……!?

 大抵の乙女にとって夜が短いことは周知の事実である。趣味に打ち込むにも、友人と昼間はできないナイショ話に花を咲かせるにも、どんなに長く夜を使おうとしたって最後は睡魔にさらわれてあっという間に日の出だ。

 篠房六郎『おやすみシェヘラザード』(やわらかスピリッツ)で描かれるヒロインも、夜を楽しもうと睡魔にあらがう乙女である。

 本作の舞台は由緒ある女子校・千夜学園。一年生の二都麻鳥(にと・あさと)は、付属の女子寮に関するとあるうわさを耳にした。いわく、「13号室には魔女が住んでいて、彼女の誘惑に乗ると、あれよあれよという間に失神させられてしまう」というのだ。乙女たちは想像する。それって具体的には何をされるの? もしかして、「怖い話」ではなく「エロい話」なんじゃないの? 部屋にいるのは本当はセクシーなお姉さまで、部屋にやってきた下級生との甘い夜を望んでいるのではないのか……。

今作のヒロインであり語り部である彼女は、一体何を考えているのか?(第四夜「君の名は。」より)

 このエロティックなうわさをそっと心に留めていた麻鳥だったが、ある晩ひょんなことから例の13号室に転がり込むことになる。まさか、この人が! あのうわさに身構えまくっていた麻鳥が出会った「魔女」の正体は、学園の二年生・箆里詩慧(へらざと・しえ)であった。絶世の美貌と無防備なランジェリー姿、やたらと整った立派な寝具、そして強引に部屋に引き止めるその姿勢。麻鳥はしえ先輩を前に思わず「大人の階段」を期待するが、彼女が麻鳥を部屋に引き込んだ理由は別の場所にあった。それが、「夜の間、映画についてお話させてほしい」という奇妙な願い事だったのである。

本作のシェヘラザード=しえ先輩(第一夜「裏切りのサーカス」より)

 箆里詩慧=しえ・へらざと、すなわち「シェヘラザード」。しえ先輩の名前の元ネタは、「千夜一夜物語」に登場する賢い后だ。一晩を共にした女性を次々に処刑する横暴な王のもとに嫁いだ彼女は、毎晩王に物語を聞かせ、夜が明ける頃に「また明日」と打ち切ってしまったという。王は物語の続きを聞きたいあまり、シェヘラザードを殺さないまま千と一夜を過ごした。最終的に王は彼女を正妻と認めることになる。

 ではしえ先輩の映画の話も、このシェヘラザードのように魅惑的で、いいところで寸止めされてしまうのだろうか? ……そうであればどれだけ麻鳥は楽だっただろう。「最後まで私の話を聞いてくれたら秘密のご褒美をあげる」と話すしえ先輩は、とんでもなく眠たくなる声の持ち主で、おまけにとんでもなく映画の説明が下手くそだったのだ!

 しえ先輩は頑張って大好きな映画をレビューし、麻鳥はしえ先輩とのピンクな展開を期待して懸命に話を聞く。しかしどうやったって、麻鳥を待っているのは気持ちいい寝落ちのみであった。

得意げに話すしえ先輩だが、説明はど下手くそであった(第一夜「裏切りのサーカス」より)

 掲載媒体「やわらかスピリッツ」をのぞくと今作のページにこう書かれている。「もはやカテゴライズ不可能!! 誰も見たことの無い映画レビュー寝落ちバトル百合エロ漫画スタート!!」……「映画レビュー寝落ちバトル百合エロ漫画」。盛り込みすぎている。しかしこの複雑なキャッチコピー以外に、この漫画を適切に表現できる言葉はないだろう。

 本作の魅力に関して、この記事では二点を挙げておきたい。

 まず第一に、絵の美しさだ。透明感のある絵柄で描かれる少女の麗しさは言うまでもないが、特筆すべきは光と影の描写である。

 しえ先輩と麻鳥が言葉を交わすのは基本的に夜だ。光源は枕元の両サイドに置かれた小さな明かりだけである。大きなベッドの上で向かい合って横たわる二人の顔には常に影が落ち、光は時おり髪や肌をわずかに照らす。修学旅行の夜を思い出してほしい、心地よい暗闇のなかで見る友人の表情はいつもと違って見えなかっただろうか? 自分達以外の誰もが寝静まる時間の、不思議なほどオープンな気持ちになる特別な空気を、篠房六郎は一滴残らず絵に落とし込んで見せるのだ。決してよく知っているわけではない、なのにどうしようもなく惹かれる……麻鳥が先輩に向ける視線の意味が、じわじわと肌で伝わってくる。

肌に落ちる光と影が美しい(第一夜「裏切りのサーカス」より)

 第二に、しえ先輩による映画レビューの圧倒的な下手くそさである。

 レビュー漫画と言えば、短いページでも作品の魅力やインパクトのあるシーンを伝える内容が普通だ。しかし、『おやすみシェヘラザード』は違う。めちゃくちゃな順序で行き当たりばったりに語られるしえ先輩の説明では、映画のどこがどういいのかはいまいち分からない。「しえ先輩はその映画が好き」ということしか伝わってこないのだ。

彼女は「本気」でやっているのである(第ニ夜「ファンタスティックMr.FOX」より)

 第一夜「裏切りのサーカス」では何も知らない麻鳥相手に俳優の名前と役名を並べ立てて混乱に陥れ、第二夜「ファンタスティックMr.FOX」では思い出し笑いで話が止まり、第三夜「呪怨」では見なければ分からない幽霊の登場シーンを必死に口で解説しようとする。映像の楽しみを言葉にする難しさとそれ以上にほとばしる愛がコミカルに表現され、読者はしえ先輩の不可解な話についつい引き込まれてしまうのである。

誰もが知る「君の名は。」の説明も、「伏線だから」を連発して「あ、この人下手だ」とすぐにわかる

 現在『おやすみシェヘラザード』は四話まで無料公開中だ。千一夜を日にちに直すと約三年弱、ちょうど高校課程と同じぐらいの期間になる。しえ先輩は麻鳥に映画の魅力を伝えられるのか? 麻鳥はしえ先輩と大人の階段を登れるのか? 乙女の青春をかけた静かな攻防戦から、どうしたって目が離せない!

正しい倫理子

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