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成功に興味ないようで逃げているだけ マンガ『バジーノイズ』は仙人系男子のリアルを描き、音楽を“インスタ的”に鳴らす

音楽の才能あるミニマリスト男子の壁を、自己承認欲求モンスター女子がガンガンぶち壊してくる。現代の若者の感覚を切り取った音楽漫画『バジーノイズ』のレビュー。

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 音楽を作るのが好きだからといって、音楽で食べる道に向かう必要はない。趣味として楽しめる最低限の生活さえ手に入れば、あとはもう何もいらない――仙人のようなミニマル思考をもった青年。そんな閉じた世界に、「せっかくいい音楽なんだから一緒に世に広めて成功しようよ!」と自己承認欲求モンスター女子がガンガン介入してきた。

 現代的な10~20代の感覚を切り取った音楽マンガ『バジーノイズ』(むつき潤)が、小学館『週刊ビッグコミックスピリッツ』で連載中だ。コミックス第1巻が9月12日に発売された。

バジーノイズ』第1巻(試し読み

その女はフライパンでガラス戸を割って入ってきた

 主人公の清澄(きよすみ)は、徹底したミニマリスト。「すきなもんいっこ、あればいい」とマンションの住み込み管理人として働きながら、大好きな演奏や作曲を細々と楽しむ日々を送っていた。部屋にあるのはベッドと、作曲用のPCとサンプラーといった機材だけ。管理人の雑務をこなして、帰宅後に作曲を楽しむ。このシンプルなルーティンを守るため、人間関係や成功、しがらみから極力離れようと暮らしていた。

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清澄

 しかしそのルーティンは、上の階の住人によってぶち壊される。才能も実績もないが、自己顕示欲は強いフリーター女子、(うしお)。管理室にいる清澄にあいさつしてくる唯一の交流相手であり、下の部屋から聴こえてくる音楽を「めっちゃオシャレでよきやねん」とほめてきた存在だった。

 住人からの苦情により清澄が演奏を禁じられてしまった夜、潮が涙で目をはらしながらチャイムを鳴らしてきた。彼氏のバンドマンに遊ばれていたことがわかり、あの音楽でいつものように癒やしてほしいと泣きぐずる。ミニマルな生活を求める清澄は「帰れよメンヘラ女」と追い返す。

 関係を持つな、この女も誰かと関わるから泣いている、おれはひとりでいい――そう思いつつも、自分の音楽をほめてくれたあの笑顔が頭を反芻する。とうとう清澄は禁を破り、上の階のために音を鳴らしまくる。

 すると「ガシャンッ」と窓ガラスの割れる音。なんと潮が上からベランダに降りてきて、フライパンでガラス戸を破壊してきたのだ。「こんなとこ閉じこもってんと、海いこ」。清澄は潮の介入によって、職と住処と同時にシンプルな生活を失ってしまう

 ガラス戸ガッシャーンでお察しの通り、潮には何かを好きになったら周りが見えず夢中になって振り回すメンヘラ気質がある。自分のSNSに清澄の演奏動画を何気なく投稿したところ大反響があり、ますます清澄にかまいはじめる。家がないならうちに住め、毎日動画を撮ろう、路上で演奏しよう。その才能を2人でもっと広めよう、あきらめていた自分の人生を巻き返そうと、清澄の「ひとりでいい」壁を容赦なくぶち壊してくるのだった。

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さとっているようで、実は逃げているだけ

 音楽を題材にしたマンガは、特に『BECK』(ハロルド作石)以降、「ライブで人々を圧倒させる」「フェスでヘッドライナー級の演奏をする」といった成功体験が主人公の目標に設定されがちだ。演奏技術を向上させ、仲間を集め、業界の大物を納得させ……と成功までにある障壁に立ち向かう。

 しかし清澄が対峙するのは、そうした“成功体験”そのもの。音楽は好きでしょうがないが、世間に認めてもらい、音楽で食べていくという夢そのものは嫌悪し、遠ざける。潮に介入されても、「いまどき音楽とかタダやし。つくんのも載っけんのも、誰でもできる時代やねん」「おまえの承認欲求も、自己顕示欲も知るか。おれをダシにすんな」と反発する。

清澄の音楽を広めようとしてくる潮に、厳しい言葉を投げつける

 では完全に成功体験に興味のない“さとり世代”かというと、そういうわけでもない。潮に振り回されながら、自分の中にひた隠しにしていた人とのつながり、認められることの心地よさに触れて、ぐらつく。潮に聴かせようと思って音楽をつくって気に入ってもらえたときの喜び。朝起きたときに隣で潮が微笑んでいたときの優しい気持ち。

 ぬくもりを感じては、「慣れるな」「厚意も、好意も、返さなあかん」と潮から離れようする。いつか痛い目にあうかもしれない。怖い、だから、その前にひとりになりたい。そう、清澄のシンプルな暮らしの裏には、失敗に対する逃げの思想が流れているのだ。

ひとりのルーティンの生活を思い出し、ぐらつく清澄

 そこにあるのは、商業的成功や世間の期待に中指を立てる反骨精神ではない。過去の音楽マンガにも成功体験に歯向かった主人公はいた。『TO-Y』(上條淳士)のトーイがレコード大賞の授賞式で新人賞トロフィーを投げ捨てたり、『ファイヤー!』(水野英子)で世界的ロックスターに上り詰めたアロンがロックフェスを商業の茶番だとしてぶち壊しにかかったり。清澄はそういうロックンロール・ヒーローとは違う。

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 成功に興味がないふりをして挑戦することを避ける、今の10・20代にありがちな現実的な主人公。『バジーノイズ』は音楽マンガでありながら、清澄を通して現代の若者がかかえる生々しい感情に共感やバツの悪さを覚えてしまう、新感覚な作品となっている。潮というノイズは、果たして人生を台無しにする雑音となるのか、充実した人生へ導く福音となるのか。とりあえず、殻を破って音楽を楽しむ清澄は、とってもいい表情をしている。

インスタのような画作り

 自意識をミニマリストの殻でひた隠しにした青年と、それをぶっ壊すメンヘラ女。このドロドロしさをはらんだ関係性を、本作はInstagramのような画作りでスマートに見せている。作者・むつき潤によるそのセンスと、これが物語と実にマッチしていることにも触れておきたい。

 マンガというのは音が出せない。そのため「どんな音楽が鳴っているか」を画的に表現するときは、音のパワーや質を、効果線や効果文字で描き表したり、コマの枠線を斜めに走らせたり突き破らせたりと、マンガ家はさまざまな創意工夫をなしてきた。

 しかし『バジーノイズ』は作品全体を通じて音楽表現の描き込みが圧倒的に少ない。「ドンッ パッ」「タタタン」みたいな効果文字は一貫して登場しない。マンガの演奏シーンでは演奏者や音のエネルギーを表そうと背景に流線が走りがちだが、これも真っ白。コマ割りも斜めや縦割りといった変形コマもなく、長方形か正方形のみ。キャラや背景も、少ない線で均一的に描かれる。

まるで扉絵のようにイラスト的な、清澄の演奏シーン

 代わりに、その真四角なコマ枠における構図と、白と黒のコントラストの美しさが光る。清澄の何もない部屋で、ノートPC、サンプラー、シンセサイザー、フローリングの床、エアコンの線がすぅっと走る。潮と外を歩くときも、柵、鉄橋の柱、電柱、電線、あらゆる直線がスタイリッシュに引かれている。このあたりが実にイラスト的で、音楽マンガにしてはインスタのような平面的な美しさを感じさせる。

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1ページに正方形の1コマだけを配した、インスタらしさを感じるシーン。構成力が光る

 こうしたシンプルな世界のなかでユニークに描かれるのが、「黒いモヤ」と「白い水玉」を使った心象表現だ。

 住民の苦情で演奏を禁じられたり、潮に介入されたり、清澄が煩わしさを感じたとき、頭の中から「黒いモヤ」が吹き出て画面をぐじゅぐじゅと埋め尽くす。清澄にとっての“ノイズ”を可視化したものだ。これが出てきたときはシンプルな画面を醜く汚してしまうので、読者も「うざったいな」と清澄と同じネガティブな感情を共有できる

清澄のネガティブな感情を代弁する、黒いモヤ

 一方で音楽を鳴らすときは、ノートPCや機材から「白い水玉」がシャボン玉のようにぷかぷかとあふれ出る。演奏するのがうれしくて微笑む清澄の周りをいくつもの玉が浮かんでいる光景は、画面にドットを使ってポップな装飾を施したようで、これまたイラスト的だ。

音楽が鳴る=水玉の幾何学模様が彩るので、自然と装飾的な画面になる

 水玉を描くだけで「幸福な音楽が鳴っている」というのを視覚的にわかりやすく伝えられるだけでなく、インスタ的な画面をよりファッショナブルに彩ることができるという、一石二鳥な発明だ。こうした画作りは新鮮で、音楽マンガ好きとしてもわくわくしてしょうがない。

 不安定さを抱えた清澄の物語をスマートな画面でコーティングするのは、感情を押し殺してミニマルな人生を歩もうとしている清澄自身のキャラクターとぴったりと当てはまる。画作りが新しいだけでなく、物語のテーマと見事にマッチした作品としても『バジーノイズ』に注目したい。さて、清澄の「黒いモヤ」と「白い水玉」は、潮との日々によってどちらが増えていくのだろうか。

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黒木貴啓

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