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サンって“山犬の娘”なのに人っぽい仮面を着けてるのおかしくない? 「もののけ姫」の仮面を全力で分析した

スタジオジブリ「もののけ姫」のサンは山犬の一族の娘なのに、タタラ場に攻めるとき人間に似た仮面を着けるのはなぜだろう――。

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 「金曜ロードSHOW!」で定期的に放送される、スタジオジブリの大作「もののけ姫」(1997年公開)。もののけ姫ことサンは、タタラ場の人間を攻めるときに仮面をかぶっている。ここで1つ疑問が。どうしてサンは“山犬の一族の娘”なのに、人間の顔に近い仮面を着けるのだろう。少しキャラが、ブレてない?

面をかぶっているサン(『スタジオジブリ絵コンテ全集11 もののけ姫』)

 そもそもなぜこんなことを言い出すのかというと、8年前にふと仮面に魅せられて以来ずっと「作品に登場する仮面のルーツ」を考察するのが趣味となっているから。「よし、ジブリ作品も全部探してみっか!」と調べては仮面の情報をevernoteに記録する人生を送ってきたのだ。

というわけで描きました、サンの面 (C)オニチク

 サンの面がどんなデザインだったかというと、赤くて丸い土台に、目と口のように3つの穴がぽっかりあいたもの。おでこあたりに眉毛らしき白いラインも入っている。呪術的でなんだか不気味だが、イメージしているのは明らかに人の顔だ。

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 絵コンテ集によればこの面に白い毛皮と赤い耳がフードのようにつながっており、グリグリかぶれる帽子型になっているらしい。せっかくわざわざ毛皮と耳まで着いているのだから、面ももっとキバとか犬のような鼻をつけて山犬らしくしたほうがいいのでは? 

 日本における仮面の歴史から見ても、ちょっと不思議だ。


土佐神社の能面・面猿(高知市公式サイトより

 「もののけ姫」の舞台は室町時代の後期。当時の面の主流は、猿楽や田楽から発展した能や狂言に用いられる芸能面だ。素材は彫刻刀で加工しやすい木材を使っており、表情がリアルに追求されていった時代だった。猿や狐など動物をモチーフにした面も多く生まれており、京都の壬生寺や高知の土佐神社に今も残っている猿の狂言面は、猿の顔をとてもリアルに再現できている。

 こうしたリアルな動物の面が存在する時代。山犬そっくりな面をサンがかぶっていても筋は通る。なのにどうして宮崎駿は、どちらかというと人間に近く、室町時代にもそぐわない面をチョイスしたのだろう。

土面という「縄文人」への変身ツール

 宮崎駿監督は絵コンテやイメージボードで、サンの仮面を「土面」と呼んでいる。

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 土面とは一般的に、縄文時代の後晩期に多く出土された、粘土を人面の形にこねて焼き上げた面のこと。『仮面―そのパワーとメッセージ』(監修:佐原真、編集:勝又洋子)によると、成人、婚姻、葬送の儀礼の場で着けられ、「精霊の降臨を乞い崇拝したもの」と推測されている。

左:徳島県有形文化財「矢野遺跡土製仮面」(縄文時代後期~晩期、約4000~2500年前)(「レキシル とくしま」オフィシャルサイトより)、右:国の重要文化財「土面」(縄文時代晩期終末、2300年前ころ)(北海道教育委員会サイトより)

 確かにサンの面は、日本の仮面の歴史では土面に一番似ている。イメージボードでもサンの面の草案がいくつか描かれているが、どれも縄文時代の呪術的な土面に近い。

イメージボードに描かれていたサンの土面まとめ。右のは最終型からずいぶんかけ離れている、怖い……!

 また宮崎駿は本作の企画書「荒ぶる神々と人間の戦い」で、サンのことを「少女は類似を探すなら縄文期のある種の土偶に似ていなくもない」と説明している。公開時のパンフレットにも載っている「もののけ姫」の根幹を示した重要な文章。サンについては「森へ捨てられ山犬に育てられた」といった情報は一切なく、この一文だけだ。宮崎駿のサンのイメージとして「縄文期のある種の土偶」は相当なものだろう。

 そんな「縄文期のある種の土偶」が、縄文期の「土面」を着ける。面を装着したときのサンは、山犬の娘でありながら「縄文人」に変身していると言っていい。

 なぜサンは、人間たちに攻め入るときに「縄文人」になるのか。

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 「サンは、自然を代表しているのではなくて、人間の犯している行為に対する怒りと憎しみを持っている」と、宮崎駿はベルリン国際映画祭のインタビューで答えている。自然、つまり山犬やイノシシたちの立場ではなく、人間が私利私欲で山から生き物を追い出しているのを憎む存在。

ジブリの教科書10 もののけ姫』(文春ジブリ文庫)

 生物学者の福岡伸一さんは書籍『ジブリの教科書10「もののけ姫」』で、縄文人は「狩りと採集を中心に森と共存して生活していた」と解説している。焼き畑による農耕、陸稲の栽培、発酵、根菜類を水にさらしてから食べる、蚕糸、餅、鵜飼、漆器……縄文時代の人間は、自然を傷つけない程度の技術をもって、自然と共生しながら文化を育んでいたのだ。まさに作中のサンの生活は、縄文人そのもの。

 しかし紀元前3世紀中ごろ、いわゆる“弥生時代”になると人々の生活は少しずつ変化してくる。水稲による効率的な稲作、青銅や鉄の精錬技術が普及するに連れ、武器と争いが目立つようになる。人々は定住するようになり、ムラを作り、朝廷の支配システムを完成させ、生物界における“人間の力”をむくむくと拡大させる――タタラ場で銃を作りシシ神の森を征服しようと企むエボシたちのような、室町時代の人間に続いていく。

 つまりサンは縄文人に象徴される“自然と人間の共生”の立場から、エボシたちの自然への侵略行為を否定していたのだ。

 そういう意味で、サンが山犬らしい面ではなくあのような土面をつけるのは「縄文人への変身ツール」として実に筋が通っている。そもそも普段から縄文人のような暮らしをしているのだけど、かぶっているときはその立場をより色濃くしているのだ。これが狂言面のような写実的な面だったら、憎むべき人間の文化を肯定することになり、むしろサンのキャラをブレブレにしてしまう。土面をチョイスした宮崎駿、恐るべし。

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 宮崎駿は「もののけ姫」の制作に入るとき、「中世の枠組みが崩壊し、近世へ移行する過程の混沌の時代室町期を、二十一世紀にむけての動乱期の今と重ねあわせて、いかなる時代にも変わらぬ人間の根源となるものを描く」と企画書で語っている。

 室町期=動乱期=1997年の日本、タタラ場の人間=共生をないがしろにする人間、人間の根源=サン=縄文人=自然と共生する人間。サンがどんな場面で土面をかぶっているか……土面を「縄文人モード」と踏まえた上で切り替えを気にしながら本作を見ると、このメッセージへの理解が深まって楽しい。

黒木貴啓

参考文献:『スタジオジブリ絵コンテ全集11 もののけ姫』(宮崎駿/徳間書店)、『ジブリの教科書10 もののけ姫』(文春ジブリ文庫)、『ジ・アート・オブ もののけ姫』(ジブリTHE ARTシリーズ/徳間書店)、『仮面 そのパワーとメッセージ』(監修:佐原真、編集:勝又洋子/里文出版)、『猿楽と面―大和・近江および白山の周辺から―』(MIHO MUSEUM)、『心を映す仮面たちの世界』(監修:野村万之丞/檜書店)

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