フィクションが現実になるとき――漫画『将棋指す獣』に見る“女性棋士”という存在(3/4 ページ)
全ては、最初の一人から。
原作者・左藤真通の小説家的感性
本書の原作者・左藤のストーリー漫画における前作は『アイアンバディ(全4巻 講談社)』という二足歩行ロボット開発をテーマにした作品だった。左藤にとって「ロボット開発」は異業種だが、綿密な取材によって漫画作品としてのリアリティの獲得に成功している。これは『将棋指す獣』での将棋描写に通じるものだ。
『アイアンバディ』は全巻通してみると良作なのだが、一つ商業的な欠点があった。一番面白い最高のシーンが物語の後半に来るのである。昨今出版を取り巻く事情は厳しくなっており、1巻目から人目を惹くわかりやすさ面白さのある作品が求められる。少しずつ状況や伏線を配置して後半一気に化けるものは評価されづらい傾向にある。
私が左藤を初めて知った作品は『今日の授業は良い授業(電書バト)』という短編集だった。中国の科挙を題材にした「儒林外奇譚」は傑作短編であるし、観る将の悲哀を描いた「みるせん」は時代を先取りした佳作だった。この短編集は電子書籍しかなく、私は「このクオリティで紙の本にならないのか!」と衝撃を受けた。
『アイアンバディ』『今日の授業は良い授業』を通して見えてくるのは、左藤の小説家的感性だ。人物描写の確かさ、精緻なプロット、テーマの取り方――は熟練の作家のそれである。だが、小説家的という言葉は商業漫画家にとっての誉め言葉にはならない。
『将棋指す獣』1巻の後半部分に出てくる伏線・仄めかしは、現代小説においては特に何の違和感もないが、漫画読者が嫌いがちな仕掛けではある。左藤の『アイアンバディ』でのエンタメ作家としての手腕を知っている者からすると不安はないのだが、知らない人はここで離れるケースもあるのではないか。左藤の小説家的感性と、商業漫画家としての力量が上手く噛み合うかが今後『将棋指す獣』躍進のカギとなるだろう。
将棋漫画家達の厳しい戦い
現在、各誌で将棋漫画が連載されているが、将棋ブームだからといって全ての漫画が順調に売れているわけではない。容赦なく打ち切られるものと、メディアミックスされヒットの道を突き進むもので大きく明暗が分かれているのが現状だ。将棋の世界のそれとは種類が異なるが、ここにも残酷なまでの勝負の厳しいありようが垣間見える。
棋士を目指す女性たちの戦い、将棋を題材とした作品を作る漫画家達の戦い――。今の将棋界には観るべきものが多くある。ファンにとって幸せな時代と言えるだろう。
特別公開:『将棋指す獣』第1話
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