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「天才とはイっちゃってる人」「プロは思考を言語化しない」 『アオアシ』小林有吾×棋士・広瀬章人が語る、自分の世界を広げる方法(1/6 ページ)

将棋とサッカーと漫画、ジャンルを飛び越えて「世界を広げる方法」を探る。

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 『アオアシ』というサッカー漫画を人に薦めるときに、筆者がまず言ってきたのは「何も調べるな。いいから読め」である。

 手持ちの情報ゼロの状態で1巻から順に読んでいき、張り巡らされた伏線とその回収に驚き、のめり込み、気づけば既刊全巻を数日のうちに読破している。『アオアシ』というのはそういう作品である。


(C)『アオアシ』小林有吾 取材・原案協力/上野直彦(小学館)

 広瀬章人という棋士を思い浮かべたときに、筆者の頭をよぎるのは、勝負の世界には似つかわしくない「鷹揚」という言葉である。鷹が空を舞うように、小さなことにとらわれずにゆったりとしていることだ。

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 史上初の大学生タイトルホルダー。将棋界のトップクラスであるA級棋士。現在は羽生善治竜王と七番勝負の真っ最中。形容する言葉はいくらでも出てくるものの、いざ本人と対面してみると、こんなにも自然体、マイペースな人がなぜ、あれほど凄まじい終盤の切れ味を持つに至ったのかといつも不思議に思う。


広瀬章人八段。棋士の強さを数値化したレーティングサイト(非公式)では、2018年現在“最も強い”棋士(撮影:直江雨続

 アオアシ作者である小林有吾さんと広瀬章人八段には、意外な共通項がある。それは二人が「将棋を一番の趣味とするサッカー漫画家」「大のサッカーフリークである将棋棋士」であるということ。広瀬八段は漫画も好きで、アオアシも全巻読了している。

 お互いの世界を知る2人に、「思考を言語化するということ」「天才にだけ見えている世界」「育成年代における練習の考え方」など、それぞれに通じるテーマについて語ってもらった。(聞き手/構成:杉本吏)

自分の世界が広がるとき

――『アオアシ』では、主人公のアシトがユースに入って壁にぶつかり、それを乗り越えていくさまが“自分の中のサッカーが広がった”経験として描かれます。お二人はご自身で「世界が広がった」と感じたような瞬間はありますか?

小林:新人時代の担当さんとの打ち合わせですね。漫画家になって最初の担当さんが、ズブの素人の自分に漫画の描き方を教えてくれて。

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 電話で、15分とか20分とかそんなに長い時間じゃないんですけど、言われることにいちいち「うわあ!」「ほわあ!」って驚いて。自分では全然考えていないところを指摘してくれるんですね。最初のころは特にそれが鮮烈で感動的な体験で、ちょっとあれは超えられない。

広瀬:どういう種類のアドバイスだったんですか?

小林:自分がその当時唯一持っていた、ちょっとだけ通用するだろうというところ(長所)を伸ばして、反対に全然ダメだったところを掲載に耐えるレベルまで育ててくれるようなやり方です。その人は「言葉にする」のがすごくうまかったんですよ。言語化能力が高かったんです。

 それともう一つ、単行本の人気が出るか、出ないか。出たらやっぱり世界が広がります。「通用したんだ!」っていうので、「じゃあこういうこともできる、ああいうこともできる」っていう。

広瀬:結果が出ると自信に変わりますよね。

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小林:そうですね。勝つから今やってることがやれる、っていうのがあるので。前の作品で2回失敗していて、これがダメだったら売れるとかとは無縁だろうなと思ってたので。

 3巻あたりまでは打ち合わせが大変でした。壮絶でしたね。絶対に売らなきゃいけないっていうのがあったので、たった1コマの小さな描写が気になるって感じで。担当さんと「変えてください」「変えられない」って。最初の重版が決まるまでは、何をしていいのか暗中模索でした。広瀬さんはいかがですか?

広瀬:世界が広がったとき……自分の場合は、振り飛車党から居飛車党(※)に転向したときですかね。

振り飛車と居飛車

将棋の二大戦法。振り飛車はアマチュアに愛好者が多く、プロでは少数派だが“魅せる将棋”になりやすく、ファンが多い。居飛車は戦型が細分化されており、指しこなすためには膨大な勉強量が必要だが、トッププロの多くは居飛車党。

広瀬:居飛車だと相手の得意戦法を受けて立つ勇気がいるけど、(やり始めたら)意外とやれるじゃんとおもって。多少は戦えるようになったなとは思いました。

小林:広瀬さんの振り飛車といえば「振り穴(振り飛車穴熊)王子」の異名がつくほどの得意戦法でしたが、居飛車に転向したというのは、当時閉塞感があったんですか?

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広瀬:ある棋戦の決勝戦で羽生さんにまったく歯が立たずにやられてしまって、それがダメージが大きかったんですよ。自分には珍しく、落ち込みましたね。公開対局だったので、皆さんが見ている前でボロ負けして、焦燥感とかもあって。

 (振り飛車)穴熊戦法を羽生さんに対応されて、通用しなくなったなと突き付けられた。他の人にもなかなか勝てなくなった時期で、それはプロが一つの戦法を多用する以上、どうしても対策は練られやすいっていうのもあるんですけど。サッカーと違って将棋はまったく同じ局面が現れることも多いので。

 ただそれがきっかけで(居飛車に)コンバートしたところもあったので、挫折でもあり転機でもありましたね。


やや切なげな表情で当時のことを振り返る広瀬八段

小林:それは、相手が羽生さんだったからっていうのもあるんですか?

広瀬:これほどきれいに叩きのめしてくれたのは、やっぱり羽生さんだったからっていうのもあるかもしれないですね。それが良いほうにいったかは分からないけど、今につながっています。

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――羽生さんって、相手にとってはそういう経験となるようなことを、結果的に相当たくさん味わわせてきてるんでしょうね(笑)。

広瀬:自分はたくさんいる被害者の中の一人です(笑)。

天才という人種

小林:これはぜひ聞きたかったんですけど、羽生さんってどんな方なんですか?

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