老婆は人生の最期に何を見る? 砂漠化した寒村で老後のスローライフを送るゲーム「The Stillness of the Wind」:週末珍ゲー紀行
人生とは喪失の物語。
カナダ育ちの脳筋女子ゲーマー、Ritsuko Kawai(@alice2501)さんによる「週末珍ゲー紀行」。今回は2月7日に発売された「The Stillness of the Wind」(PC、Nintendo Switch、iOS)を紹介します。
同作のテーマは「誰かの最期の時間を体験する」こと。プレイヤーは何もない寒村で1人暮らす老婆となり、ヤギの乳をしぼったり、畑を耕したりしながら日々を送っていきますが……。
ライター:Ritsuko Kawai
カナダ育ちの脳筋女子ゲーマー。塾講師、ホステス、ニュースサイト編集者を経て、現在はフリーライター。下ネタと社会問題に光を当てるのが仕事です。洋ゲーならジャンルを問わず何でもプレイしますが、ヒゲとマッチョが出てくる作品にくびったけ。Steamでカワイイ絵文字を集めるのにハマっています。趣味は葉巻とウォッカと映画鑑賞。ネコ好き。
「喪失と死」という人類平等のテーマ
世の中にあふれる“変なゲーム(珍ゲー)”を紹介する「週末珍ゲー紀行」。第20回は、寒村で独り晩年の時を過ごす老婆の日常を描いたアドベンチャーゲーム「The Stillness of the Wind」を紹介します。牧歌的なコンセプトとは裏腹に、その実はスローライフにちりばめられた老婆の記憶をたどりながら、喪失と死という人類平等のテーマと向き合う文学的な作品です。
タルマおばあちゃんの故郷には、かつては多くの人々が暮らしていました。しかし、家族や友人は一人、また一人と都市部へ移住していきました。時は流れ、風化していく過去の記憶と、砂に埋れる先祖の足跡。一人ぼっちになったタルマおばあちゃんは、みんなの郷愁を守り続ける最後の証人です。全ての生者に忘れ去られた時、故郷は永遠に失われてしまうのだから。そんなタルマおばあちゃんの物語にもいずれ終わりは訪れます。
スローライフと言えども、おばあちゃんの1日はあっという間に過ぎていきます。ニワトリの鳴き声と共に陽が昇ってから、夜の帳が下りて床に就くまでの日常は、ニワトリ小屋から卵を集めたり、ヤギの乳を絞ってチーズを作ったり、畑を耕して野菜や花の種を蒔いたり、野生のキノコを集めたりと、自給自足という小さなサバイバルの連続です。しかし、チーズを作るには時間も体力も必要で、畑の作物に給水するには家から離れた井戸までの道のりを往復しなければいけません。気が付けばたそがれ時。全てはとてもこなせません。
タルマおばあちゃんの元には、定期的に古いなじみの行商人が訪れてきます。普段、ヤギとニワトリと砂に囲まれながら生活する彼女が、他者と過去を共有する唯一のひとときです。行商人は、ヤギの餌となる干し草や作物の種のほか、繁殖用の雄ヤギ、家畜を狼から守るために必要なショットガンの弾、都市部の情報が記された書物、ベンチや花瓶といった調度品など、自給自足生活では手に入らないアイテムを運んできてくれます。それらをタルマおばあちゃんの手作りチーズや、色とりどりのキノコ、新鮮なニワトリの卵といった収穫物と物々交換することで、明日を生きる糧が充実していきます。
その一方、昔話に花を咲かせ、都市部の家族や友人たちの近況を聞き、彼らからの手紙を受け取る日々のコミュニケーションの中で、プレイヤーはある感情にふと気が付くでしょう。かつて同じ時を過ごした人々が、故郷やタルマおばあちゃんを過去として観測することで投影される、自分自身の喪失感です。自己とは他者の主観の投影にすぎず、脳が死の現実から自らを欺くために作り上げるもの。タルマおばあちゃんが見るもの全ては、失われた過去の記憶なのです。彼女の世界観は喪失の集合体で構成されています。
死は人生の終末ではなく、生涯の完成である
かつて16世紀の神聖ローマ帝国に生きた神学者マルティン・ルターは、「死は人生の終末ではなく、生涯の完成である」という言葉を残しました。残された毎日をどう過ごすかは完全にプレイヤーの自由ですが、エピローグから始まるタルマおばあちゃんの物語に最後のピースをはめ込むのも、プレイヤーの役目です。そうしてようやく、彼女の生涯は完成するのです。人生とは喪失の物語。それは語り部である自己がいなくなった後も、他者の記憶の中で永遠に生き続けることでしょう。
「The Stillness of the Wind」は、Steamおよびitch.ioでPC向けにリリースされているほか、Nintendo Switch版やiOS版も配信されています。また、オリジナルのコンセプトはitch.ioで好評価を受けた無料ゲーム「Where the Goats Are」なので、手始めにそちらを体験してみてもいいでしょう。タルマおばあちゃんのスローライフが何日続くのか、時折夢に見る精神世界の意味、そして終着点に何が待っているのか。それは自分の目で確かめてください。
関連記事
週末珍ゲー紀行:異世界転生したら墓守やらされるハメになった件 “汚い牧場物語”と話題のゲーム「Graveyard Keeper」の危険な魅力
ダークサイドに堕ちた牧場物語。週末珍ゲー紀行:猫ちゃんがカワイイから死にまくってもつらくない! サイケと猫とマゾゲーを混ぜた電子ドラッグ「PUSS!」の中毒性がヤバい
ハイになった状態でイライラ棒をプレイする感覚。週末珍ゲー紀行:ゲームというよりメンタルセラピー ごみ屋敷をひたすらリノベーションする業者シミュ「House Flipper」に癒やされる
本当にリノベーションしているのはあなたの心です。週末珍ゲー紀行:伸びる陰茎を相手の肛門に突っ込むだけのガチンコ対戦ゲーム「Genital Jousting」がついに正式リリース
陰茎と肛門だけの集団性交に見る生殖器崇拝とウロボロスの神話。週末珍ゲー紀行:デジタル時代の飛び出す絵本 新感覚のアハ体験が味わえるパズルアドベンチャー「Gorogoa」
脳内に新たな部屋を作るゲーム。週末珍ゲー紀行:死の間際に老人は何を願ったのか RPGツクールで世界の涙腺を緩めた男の新作「Finding Paradise」
人生のハッピーエンドについて考える。週末珍ゲー紀行:「悪意の塊」「人にプレゼントして相手の発狂っぷりを楽しむゲーム」 “世界一難しいゲーム”作者の新作がもはや哲学の域
全ての成果が幾度となく瓦解する痛み。週末珍ゲー紀行:「これで310円とか冗談にもほどがある」 スリルと欲望の間でひたすら大空を滑空するゲーム「Superflight」の中毒性
極限状態で収束する世界。週末珍ゲー紀行:人間なんかやめていっそ猫になりたい人へ にゃーにゃと遊べるネコ好きホイホイ「Play with Gilbert」に癒される
Out Neow!週末珍ゲー紀行:今日からあなたは死神のパシリです ピタゴラスイッチ感覚で人を事故死させるパズルゲーム「Death Coming」
因果律により定められしモブキャラたちの消費期限。
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.