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ホラーは「因果応報」よりも「理不尽」の方が怖い? “こわい話”を解剖する(1/2 ページ)

何を怖いと思うかは、時代によって変わってくる。

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 ――「時々、鏡に小さい女の子が映るんだよ」。

 学食で友達の有馬が急にそんなことを言い出したから、俺は危うく飲んでいたお茶を吹き出すところだった。

 有馬によれば「それ」が起こり始めたのは半月ほど前からだという。洗面台、風呂場の鏡、ふと覗き込んだ街角のショーウインドウ……。

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 「俺の後ろに立って、口をパクパクさせててさ。着物を着てるんだけど帯がちょっと変で、結び目が縦になってるんだ。調べたら葬式の時にそうやって結ぶらしいんだけど」

 「口をパクパクって、何か言ってるのか?」

 俺が聞くと、「声は聞こえないんだけど、口の動きはいつも同じで、こう……」

 有馬は大きく口を広げ、「お、お、う」と声を出した。

 「なんとなくだけど、俺に何か伝えようとしてるんじゃないかと思ってさ」

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 お・お・う……O・O・U……子ども……葬式の結び方……ふと、思いついた。

 「『お・こ・つ』じゃないか? 例えば自分のお骨がしっかり供養されてないとか。身内で小さい子が亡くなった家とかないのか?」

 実家に電話して聞いてみる、と有馬は頷き、その場はそれで終わった。

 夜。興奮した様子の有馬から電話がかかってきた。

 「名探偵だな。母さんに聞いたら、去年死んだ叔母の家がひどいゴミ屋敷で、いまだに誰も片付けに行ってないらしいんだが、叔母が心のバランスを崩してゴミを溜め込むようになったきっかけが、子どもを5歳で交通事故で亡くしたからだって言うんだ。……つまり、ゴミ屋敷に供養されないままのその子の遺骨が遺されてる可能性がある」

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 一方的にまくしたてられ、気が付くと俺は週末、有馬と一緒にゴミ屋敷の掃除に行くことになってしまった。

 

 有馬の叔母が死ぬまで独りで暮らしていたという家は、団地の一室――1DKの小さな部屋だったが、天井高くまでどこからか拾ってきたのだろう壊れた家電や調度品、そして大量のゴミ袋に埋もれた壮絶なゴミ屋敷だった。

 田舎で家業の工務店を継いでいるという、有馬のお兄さんが出してくれた軽トラックにどんどんゴミを詰め込み、処理場を三度も往復してやっと俺たちは目当ての品を見つけた。金襴地のすっかり色褪せた、小さな骨箱。お兄さんが持ち帰り、実家の墓に納骨するそうだ。

 作業が一段落し、有馬は飲み物を買ってくると言って出て行った。

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 「不思議なこともあるもんだね」連れ立って部屋のベランダでタバコを吸いながら、お兄さんは俺に言う。

 「でもこれで叔母さんも、幸一郎くんと天国で会えるかもしれないな」

 ……「幸一郎くん」?

 俺は訊ねた。「亡くなったお子さんというのは、男の子なんですか?」

 「そうだよ」お兄さんは事もなげに頷いた。俺の脳裏に、ある予感がよぎった。

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 「……叔母さんは、なんで亡くなったんですか? まだお若かったんですよね」

 「ああ。車にはねられてね。見ていた人が言うには、ふらふらと赤信号の交差点に飛び出していったらしい」

 有馬の叔母も、その息子も交通事故で死んだ。

 有馬も俺も勘違いをしていた。

 俺は口を開こうとしたが、階下で響いたけたたましいブレーキ音と、何か重いモノが跳ね飛ばされる音がそれを遮った。

 力が抜け、俺はその場に座り込んだ。ふと目に入った掃き出し窓に、白い着物を着た女の子が映っていた。

 「お骨」じゃない。俺にはその声が、はっきりと聞こえた。

 「殺す」。

 

 ――という話は、私が一から十まででっち上げた大嘘です。最終回なのでちょっと長く語ってみました。謎の女の子に次々と呪い殺されていく家族は実在しませんのでご安心ください。この話には、とある“90年代以降のホラーの鉄則”が含まれています。

白樺香澄

ライター・編集者。在学中は推理小説研究会「ワセダミステリ・クラブ」に所属。クラブのことを恋人から「殺人集団」と呼ばれているが特に否定はしていない。怖がりだけど怖い話は好き。Twitter:@kasumishirakaba

「因縁話にしない」怖さ

 「小中理論」という言葉があります。

 「邪願霊」(88年)やオリジナルビデオ版「ほんとにあった怖い話」(91年)などの脚本を手掛け、いわゆる「Jホラー」の黎明期に大きな足跡を残した小中千昭先生が、盟友の高橋洋先生(「リング」シリーズの脚本家)とともに確立したホラー映画の脚本・演出のメソッドで、中田英夫監督や鶴田法男監督といった映像作家によって体系化された「ホラー映画における怖がらせ方の黄金律」とでも言うべきものです。

 「小中理論」は後年、小中氏自身が著書『ホラー映画の魅力 ファンダメンタル・ホラー宣言』(03年)でまとめられていますが(名著!)、その中で、ストーリー運びの重要なファクターとして「因縁話にしない」ことを挙げています。

 「実はその部屋で昔、自殺した人がいて」のような「こわいことが起こる理由」を話中で明かすべきではないという主張で、小中氏は理由として「理解できない不条理」こそが恐怖の本質であり、因縁を物語に織り込んでしまうことで読者・視聴者が「なぜそんなことが起こるのか『理解』できてしまう」ことが恐怖を減じてしまうのだと指摘しています。

 「こわいこと」に因果が存在しないことの怖さは「危害を回避する方法が分からない」ことへの不安と言い換えることができるでしょう。


“Jホラーの教科書”ともいえる小中理論

 テレビ版「ほんとにあった怖い話」や「怪談新耳袋」シリーズに携わってきた脚本家・映画監督の三宅隆太先生も、ラジオ番組「ライムスター宇多丸のウイークエンドシャッフル」の特集「真夏の現代ホラー映画最前線講座」(09年)にて、Jホラーの脚本術として「因果応報譚にしない」ことを鉄則と挙げています。

 三宅氏は、作中人物に「こわいこと」の起因となる行動を取らせる場合も、あまりに「悪いこと」(例:いたずらに村のほこらをぶっ壊す)にせず、せいぜいちょっとした過失程度に留め、「自分もやってしまうかもしれない」=「自分にも起こりうる」と思ってもらうことが、視聴者に恐怖を感じさせるために必要だと解説します。

 つまり、「なぜ起こるか分からない」かつ「自分にも起こりうる」という、二重の「回避方法の喪失」が、恐怖を演出するのです。

 冒頭のお話は、そんな「不条理な恐怖」をテーマに、ただ「こわいことが起こる理由が分からない」のではなく、一度「こういう理由なのではないか」と回答を与えた上で、それをラストで崩し「回避方法の喪失」をより鮮明に印象付ける手法を使ってみました。

 いかがだったでしょうか? 「因果が存在しない」ことに気づく恐怖を体験してもらえたら幸いです。

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