いま、社会で起こっている恐怖 “わたしたち”を描くホラー映画「アス」の本当の怖さ
「ゲット・アウト」の監督最新作。
黒人差別問題を「侵略ホラー」として描き、喝采を浴びた初監督作品「ゲット・アウト」でアカデミー脚本賞を受賞。ホラー映画シーンにさっそうと現れた新進気鋭、ジョーダン・ピールの最新作「アス」が公開された。
元コメディアンかつ俳優、「絵文字の国のジーン」でうんち役の声優をオファーされたことを期に役者を廃業し監督の道を進むこととなり、瞬く間に時代の寵児となったピール。
本作は階級社会に対する強い風刺であると同時に、われわれの社会そのもののの歪さを真正面からつきつけてくる皮肉的な劇薬となっている。前作に続き、ホラー映画とは何を描くものなのかをあらためて考えさせる一作だ。
※この記事では一部、「アス」のネタバレを含みます。
【あらすじ】
中産階級に暮らすウィルソン一家が夏休みを利用して貸し切ったサンタ・クルーズのサマーハウス。二人の子どもと旦那をもち幸せに暮らしている主人公、アデレード・ウィルソンは自身のここでの幼少期の不思議な体験――ミラーハウスで自分とうりふたつの分身に出会った奇妙な記憶、いつかその分身が自身を追いかけてくるのではないかという恐怖――に悩まされている。
そんなある夜、彼らのサマーハウスの前に赤い服に身を包んだ四人組が現れる。言葉もなく玄関を破壊し、金の鋏を手にあっという間に一家を掌握した”彼ら”は、ウィルソン一家と全く同じ顔をしていた。自分たちを狙うドッペルゲンガー・「テザード」は何者であり、その真の目的はどこにあるのか――。
「ゲット・アウト」から「アス」までの間、ピールはさまざまな作品を手掛けてきた。KKKに潜入した実在の白人警部を描いた「ブラック・クランズマン」をプロデュース。YouTube Premiumオリジナル・SFコメディドラマ「ウィアード・シティ」の製作。「トワイライトゾーン」2019年版リブートではナレーター役、ならびにプロデューサーを担当した。
それらの作品に一貫して見えるのは、やはり「ゲット・アウト」同様の強烈な社会的メッセージである。
「ウィアード・シティ」では第1話「運命の人」の共同脚本を担当し、「ライン」と呼ばれる壁で上流/下流が隔離された都市を舞台を描いた。また、「トワイライトゾーン」の"Nightmare at 30,000 Feet"(原作:「2万フィートの戦慄」)、"Replay"(同じく「無敵の法則」)では他人種に対するパラノイア、白人警官による執拗な黒人差別を起点として原作を翻案している。
「アス」にみられる「自分のドッペルゲンガーに人生を乗っ取られる」という恐怖は、上述した「トワイライトゾーン」の"Mirror Image"(邦題:「めぐりあい」)に着想を得たものだ。
「ゲット・アウト」では「スケルトン・キー」や「SF/ボディ・スナッチャー」を参照していたが、本作でも「ファニー・ゲーム」や「シャイニング」等が多数引用されており、北米版ブルーレイ版特典映像"Redefine a Genre"(「ジャンルの再定義」)でも「箪笥」「鳥」「エルム街の悪夢」「エイリアン」といったお気に入りの映画をあげている。またその中でピールは、本作の製作過程についてこう述べている。
“私は自身の感じる恐怖からインスピレーションを得ることが多い。ある日自分に問いかけたんだ。「俺が最も怖がっていることはなんだ?」 今回の場合、それは自分自身に出会うことだった。(中略)ロメロの「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」は人種差別に直接言及することなく、力強い社会的メッセージを突きつけた最も偉大な作品のうちのひとつ。本作ではその手法を目指している”
1968年公開の「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」にてジョージ・A・ロメロは、時代の変化に取り残された者たちをゾンビとして描き、今ここにある問題として黒人主人公を白人警官に射殺させた。そして後期三部作「ランド・オブ・ザ・デッド」においても、下層の人々をゾンビたちと戦わせ、自分は安全に暮らす特権階級を巨悪として描いている。「アス」結末付近に登場するヘリコプター、各地からあがりはじめる煙、地上を覆うテザードの群れはもちろんロメロの代名詞である「ゾンビ」ラストカットに対するオマージュである。
その精神を引き継いだ本作において、自分たちを一家の「影」だと語るテザードたちが象徴するもの。それは階級の上で暮らすものたちに虐げられ、いないものとして扱われる下層階級の人々である。地下に押し込められ、声をあげることもできず、「あがり」が用意されていないその劣悪な暮らしが一方通行のエスカレーターを通して描かれる後半のシーンを経て、ピールがこの作品に込めたもの、この世界のほんとうのかたちが明らかになるシーンは身震いするほど恐ろしい。
光あふれる社会は上級国民のためにあり、影の中で搾取されながら、娯楽すら彼らのまねをするほかない者たちにとって、この世は地獄でしかない。彼らが自分たちを指して呼ぶ「テザード」とは、“(鎖に)繋がれたもの”、あるいは“限界”を意味する言葉である。
一応のハッピーエンドとして終わった「ゲット・アウト」には現実の差別の悲惨さをより顕著に表した別エンディングが存在したが、本作の後味はそちらに近い。既に限界は訪れており、外れた蓋に対してわれわれは顔を隠し、口をつぐむしかない。
「ゲット・アウト」DVD・BDの特典映像に収録されたアナザーエンドを見た人間ならわかるだろう。テザードたちが着ている赤いツナギ。それは前作、クリスが着せられていた囚人服だ。
本作の冒頭、本編中も度々言及される「ハンズ・アクロス・アメリカ」の引用はその対立をもっとも象徴的に表している。人々が手に手を取り合い、恵まれない人々への募金をつのりながら西海岸と東海岸を繋ごうという80年代のチャリティー・イベントは、残念ながら成功に終わったとはいえない(参考:リンク先ネタバレ注意)。
いまでも上流階級の売名、いわば「お遊び」として語られることもあるそれを、本作では不気味な無意味さとして描いてみせた。タイトルの「Us」は"わたしたち"を表すものであると同時に、テザードのセリフから暗示されるように「United States」を表す略語でもある。しかし2019年、格差の広がり続ける現代において、これは日本を含むどの国においても響くテーマだろう。
ホラー映画のたのしみはもちろん、音と映像の演出や敵役、クリーチャーの造形によるところが大きい。しかしそれらに驚くことだけがホラーの醍醐味ではない。いま社会で起こっている恐怖、観客が本当に恐れていることをスクリーンに映し出すことで、その深層心理に爪痕を残し、より恐ろしさを強調するタイプの作品もある。ピールはその両方に長けた、間違いなく最も重要なホラー作家のひとりだ。
(将来の終わり)
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