「プレゼント・デイ■ プレゼント・タイム■」
1998年7月6日25時15分。白地に大写しにされた赤字のタイポグラフィ。歪な笑い声とともに一本のアニメが放映された。「serial experiments lain」。
キャラクター原案は「灰羽連盟」などで知られ、先日「RErideD -刻越えのデリダ-」への参加も発表された安倍吉俊。監督は「キノの旅」「神霊狩/GHOST HOUND」の中村隆太郎。脚本は「THE ビッグオー」「デジモンテイマーズ」などアニメ脚本のみならず、Jホラーの先駆けとされるオリジナルビデオ作品「邪願霊」を手掛けた小中千昭。ノイズがかった緑の画面を挟んで始まる、透き通るような彩色のオープニング映像を知る人は多いだろう。放映20周年を経て、今なお語り継がれるカルトアニメだ。
【あらすじ】中学校に通う主人公・岩倉玲音のもとにある日、自殺したはずの同級生・四方田知砂からメールが届く。作中ではWired(ワイヤード)という名前でインフラとして機能しているインターネット、彼女によるとここには「神様がおり」、「肉体は必要ない空間」なのだといい、その真意を知るため玲音はWiredに強い興味を抱き始める。そんな中、友人のありすと共に訪れたナイト・クラブで次々告げられる「(自分と)違うlainを知っている」という言葉、自分を見ておびえる男の存在から玲音の日常が侵食されていく。Wiredと現実世界(リアルワールド)の境界が徐々に曖昧になっていくなか、玲音はこの世界と自分の真実に向き合っていく。
インターネットの個人使用率が1桁台、PC普及率がわずか25%程度であった放送当時、「プロトコル」「ボイスメール」「プロセッサ」といった単語が矢継ぎ早に現れる脚本、ネットワークに接続したAR/VRゴーグルを装着するキャラクター、音声認識を使用した端末ログイン機能、「NAVI」と呼ばれる小型ネットワーク端末を誰もが持ち歩いている世界を描いた本作・通称「lain」は今なお非常に前衛的であり、まさしく未来を予見していたと評されることも少なくない。また決してセリフの多くない脚本や、奇抜な演出からときに「難解」ともされる作風などから、非常に人を選ぶ作品としてあげられることも多い。
個人的な感想をあげさせてもらえば、私はとにかく怖かった。徐々にWiredでのコミュニケーションにつかりこんでいく玲音、それに比例するように不気味なコード類やデジタル機器に埋め尽くされていく彼女の部屋、登場人物の裏の顔、無機質な食事、血のような陰影、ほぼ使用されないBGM……。特に第1話は全ての画面に緊迫感があり、息をのんだ。「なにか恐ろしいことが起こりつつあるのに、その全景がつかめない」という恐怖は、物語後半までほぼ常に継続していた。
突然ドキュメンタリータッチのネットワーク史番組が次々挟み込まれる9話、セリフを排除し、イメージシーンだけで構成された11話のAパート。地上波ぎりぎりの表現に挑戦した8話……など、このアニメがとったとにかく特徴的で最先端な演出、表現、そしてストーリーテリング。ゲーム、雑誌連載とともに展開されたまさにserial experiments(一連の実験)と名付けるにふさわしい作品群は、とくに岩倉玲音というキャラクターが海外のギークによってインターネットの深部を表したシンボルとして扱われることも少なくないように、日本のみでなく海外のユーザーにもカルト的な人気を博した。
ファンイベント「クラブサイベリア」
そんな「lain」のファンイベントが7月7日、渋谷Circus Tokyoで行われた。
劇中に登場するクラブハウス名にちなみ、「クラブサイベリア」と銘打たれた同イベント。当初は40〜50人程度の集客を考えていたものの、主催のシオドア(@teodoro_m9)氏が放映20周年を記念してTwitter上で行っていた同時視聴の輪が広まるにつれ、想定参加者は激増。さらに脚本・小中千昭氏がその運動に反応するかのように当時の裏話を語るブログ「welcome back to wired」を立ち上げたことでより火が付いた。チケットは都度完売し、最終的には抽選販売に。ついにクラブのキャパシティ満員にまで膨れあがった。
運営はすべてボランティアによる手作り感あふれるイベントながら、ゲストとして脚本の小中氏、岩倉玲音の声優を勤めた清水香里氏、イラストレーター安倍吉俊氏、「lain」シリーズの上田耕行プロデューサーが登壇。トークショーにライブペインティング、さらに現役DJであり、かつ作中キャラクター・JJを演じたWasei CHIKADA氏のPlay、はては小中氏によるファン垂涎(すいぜん)の「lain」新作脚本とキャストによるその披露――と、盛りだくさんのイベントとなった。
開場後、ブーーーン……と電線が発するようなノイズに包まれた室内。もちろんこれは機材の不具合などではなく、劇中幾度となく繰り返される演出に対するオマージュだ。続いてオープニングナンバー、エンディングナンバーの生演奏、3人のDJ/VJによるプレイを挟み(まさかの2話の"あの"シーンの再現まであるとは)、温まった会場でトークショーが始まった。
トークは、ファンからの質問に登壇者が答えていく形式。当時の製作の裏話、明かされていない設定(※1)などを語りながら、「現実のVR技術の発展についてどう思うか」「プレステ版のアーカイブスはいつ出るのか」(※2)「(清水氏に)lainに出てきた難しいセリフ、意味を理解して演じてましたか?」といったものから、「黒沢清監督作・『回路』と本作の関係は?」(※3)というコアな話題まで飛び出した。ここでは作中のネタを拾いながらのMCで場を盛り上げた主催のシオドア氏が見事な仕切りを見せた。
清水氏は20年前「ヴィジュアル エクスペリメンツ レイン」の撮影時に使用した“くまパジャマ”を持って登場。当時を思い返し、はじめてだらけの現場の中、FAXになってしまったお姉ちゃんを心のオアシスにして頑張っていたとのこと(意味が分からない未見の方はぜひ本編をご覧ください)。またトーク終盤では、惜しくも世を去った中村監督の思い出として「今でも仕事をしながら、隆太郎さんならこうするだろう、ということをいつも考える。ちょっと変な人なんだけど、本当に素晴らしい。本当に素直な人」と上田氏は語った。
2018年は監督の没後5年の年でもある。「lain」の放送終了後、2009年に連載を開始した『ですぺら』(※4)で安倍氏と共に中村監督と再度チームを組んでいた小中氏は、「そういう面でも、この会ができてよかった」と話した。その『ですぺら』について、近日ではないけれど動きがある、とのうれしい発表もあった。
ラウンジではところせましと無数のファンアート等が展示され、Wasei Chikada氏によるserial experiments lain 20th Anniversary New Album「Cyberia Layer_2」の先行販売が行われた。さらに(開場時間中には間に合わなかったが)驚くべきことに、Boaによるオープニングナンバー「Duvet」Acoustic versionがFacebook、YouTubeにアップロードされるというド級のサプライズ。これはスタッフの方々がコンタクトをとり実現したものだ。
またトークショーでは「シナリオ エクスペリメンツ レイン」「ヴィジュアル エクスペリメンツ レイン」に続き、長年絶版となっていた安倍吉俊氏の画集「an omnipresence in wired/『lain』 安倍吉俊画集」が復刊されることも発表された。
ずばぬけた演出と脚本のみならず、イラスト、音楽、キャラクター、あらゆる点で多くの人に思い起こされる「lain」。要素1つではとても語り尽くせない魅力が、いまだに愛され続けている理由だろう。
今もなお続く"lain"
「(放送)当時は親が子供の安否確認のためにPHSを持たせ始めたかそのくらいの時代。セリフの8割くらいは理解できなかったです。もう時効だと思うのですが、プロトコルとかいわれても!」と、アフレコを振りかえった清水氏。「でも、時代が追い付いてきた」との言葉の通り、ようやく「lain」の時代に近づいてきた、という実例が現れてきている。
例えば第1話、教室の黒板に書かれているのはC言語。現実世界ではプログラミング教育が中学で2021年度、小学校では2020年度から必修化される。劇中、NAVIにみられる音声操作のPC・デバイスはAlexaやSiri、Google Homeをはじめとしてまさに今世界的にすさまじい速度で浸透している。
8話で見られたような、Web上で拡散した噂話が現実を困惑させていくといった事象はすでに見慣れてしまっているだろう。VR空間でのアバターを用いたコミュニケーションはVRChatが実現してしまった。IoTを活用してあらゆるモノがネットにつながる世界の到来は容易に想像でき、はてはDNAやタンパク質といった生体物質を素子として用いるバイオコンピュータ技術も大真面目に研究されている。
「lain」が描いているのはまさに「プレゼント・デイ プレゼント・タイム」(今日/いまこの時点)だ。とても到達したとはいえないけれど、20年前に比べればまさしくこの世界は「lain」に近づいており、今もまだ壮大な実験の途中にあると思えてしまう。
「serial experiments lain」はAmazonプライム・ビデオ、Hulu、バンダイチャンネルほかにて配信中。まさにいまこそ見るべき作品だ。
(将来の終わり)
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