どんなに不安でも、見てくれているあなたがいる「推しが武道館いってくれたら死ぬ」12話 推しは世界でオンリーワンだから(1/2 ページ)
もう推しのことしか見えない。
大好きなアイドルがいる。彼女は生きているだけでファンサ。だから人生を賭けて推します! 「推しが武道館いってくれたら死ぬ」(原作/アニメ)は地下アイドルChamJamの市井舞菜と、彼女を命がけで推すドルオタえりぴよを描いた、情熱的でコミカルな物語。
最終話の12話、ChamJamついにフェスへ! ファンとしては心高ぶるばかり。その一方で、出演者側は他のアイドルと比較される重圧も…。なぜアイドルを頑張れるんだろう、なぜ推しを応援してしまうんだろう。アイドルとオタクの絆の物語は、次のステップへと向かいます。
頑張ることしかできないから
れお「努力が全て報われるわけなんてないってわかってる。でも…頑張った分、報われたいって思っちゃうよね。『頑張る』ことしかできないからさ、わたし」
フェスに出演することになったChamJam。浮かれる気持ちはあります。でもかつて別のアイドルユニットで苦い経験をしてきた五十嵐れおは、手放しには浮かれていられませんでした。早朝から黙々と練習をし続けています。
彼女と一緒に人一倍頑張っているのは、えりぴよが推している市井舞菜。ChamJamではれおが一番人気で、舞菜は最下位。舞菜から見たられおは、何でもできるすごいセンター、という感覚でした。
しかし、二人きりで話していた時に、れおがいかに自信がないかを知ります。
舞菜が誰よりも早く来て頑張っているのは、自信がないから。ずっと後列の隅っこの彼女は、いつだって不安です。
そんな舞菜に対して、れおは度々視線を向けます。と言っても先輩だからとかではなく、共感に近いようです。以前れおがいたユニットでは、彼女は人気最下位、いつもステージの隅っこポジションでした。だから自分は「頑張る」ことしかできない。この時の心境を舞菜にも見ているようで、他のメンバーにはまず言わないような弱音も、舞菜にはポロッとこぼしてしまいます。
れおは、歌なら負けないとか、ダンスは一目置かれているとかのような、アイドルとしての武器を自分に感じていないらしい。実際にはドラマに抜てきされるような子です、なんらか見いだされているはずなんですが、一度「認められない」経験をすると、それが心の傷になって自信喪失気味になりがち。
乗り越えるにはもう、ひたすら頑張るしか無い、と考えるれお。なのに経験上「全て報われるわけなんてない」と諦念しているのが、非常に痛々しい。普段ならこんなネガティブな思考に落ちないよう気を張っているのですが、今回はかつてのユニット仲間がいること、ChamJamが比較されてしまうことなどを感じ、傷口が開いてしまっている様子。
フェスの会場では、かつて一緒にユニットを組んでいたメイが、今回の目玉アイドルグループめいぷる☆どーる(☆はハートマーク)として参加。出くわしてしまいます。メイの口から出たのは「メイたち、武道館ライブ決まったんだあ」。
残酷。メイが悪いわけではないです、事実ですし。ただ、れおはChamJamのみんなに、夢として「武道館ライブ」を掲げていたわけで、それをあっさり元同期に口にされ、格の違いを見せられてしまったら、心折れてしまうというもの。
なにげに残酷度高かったのは、ChamJamの楽屋が狭かった描写。あるあるな話ではありますが…。
他人とじゃなく、自分自身と比べるために
文「…れおは、ちゃむなんかにいてもいいのかなって思ってた。それくらいれおのことすごいと思ってる。今までずっと。…今、この瞬間も」
負けん気で語調強めな妹ロリ枠の横田文。彼女はズバズバ言うタイプなので、れお視点から見ると割と傷つくことをポロッと口からこぼしがち。でも実際は、絶大な信頼をれおに寄せているのがこのシーンで描かれています。尊敬を越えて「センターはれお以外ありえない」くらいに思っているようです。このあたりは原作でかなり深く、文とれおの過去の描写で見ることができるので、必読。
優佳「センターで頑張ってるれおちんの背中からはたくさん出てんだ、愛! いっつも思ってる。ChamJamの真ん中はおっきな愛でできてるんだなーって」
天然暴走娘の寺本優佳は見ているところがやはり違う。彼女は今は前列ですが、かつては後列でれおの背中を見ていました。ここで言う「愛」は抽象的すぎて分かりづらいのですが、「真ん中がおっきな愛でできている」という表現は心動かすものがあります。何より「れおがセンターでよかった」という意味ですもの。
舞菜「…努力が全て報われるわけなんてないって、れおちゃんは言ってたけど、でも…全部が無駄になっちゃうわけないと思う」「100%のうち、1%報われるんだったら、その1%をステージで100%にしようよ…れおちゃんなら100%にできるって思うから…」
舞菜が自分から意見を言うなんてほとんどなかったので、これには一同驚き。
彼女の発言は、れおへの信頼感だけでなく、アイドルにおける「努力」と「報い」の考え方が込められているようです。ChamJamメンバーの考える「報い」は当然おのおの違います。でもそれぞれChamJamというグループの一人として頑張ることで、個人個人が考える報いを手にしていきます。
一応は「武道館に行く」という目標・報いを一つの旗印にはしていますが、以前の優佳のようにさほど武道館に執着があるわけではない子もいます。むしろ武道館に行く、というのはなにかの目標のための手段ですらある。ゴールはそこじゃなくて「どういうアイドルになるか」の中間目標地点のようなものです。
舞菜にはステージで得られる報いが、常に一つあります。実は今まで、それを無意識のうちに手に入れられているから頑張ることができています。れおの報いの全てが何なのかなんて、舞菜にも誰にも分かりません。ただ舞菜自身の、ステージで得られた感動や喜びの経験から自然と出た言葉が、今回の「報い」発言。ふわっとした発言ながらも、説得力があります。
ステージでのChamJamのパフォーマンスは、今までの中でトップクラス。ステージでみんなが「わたしはアイドルでよかった!」と感じ、高揚感を得ていました。終わった後何も言わず抱き合うChamJamの様子、ついつられて泣きそうになる。
しかしこの作品のこだわりはその後の展開の描写。めいぷる☆どーるのパフォーマンスを見ながら、自分たちの振り返りをします。「自分たちの最高」は「絶対的最高」ではなかった。
れお「…ちゃむのファンがどこまでいたか、見えてた?」「わたしたち全然だったね」
ステージ前のれおの苦しみは、過去の痛みとこれからの不安によるものでした。原作ではまだ続くのでステージ後も苦しんでいたのですが、アニメではれおの思考の型が変わりました。れお「大きな一歩じゃなかったかもしれない。でも…わたし達は確実に前に進んだ…!」人と比較して悩むことから、過去の自分と比較することにスイッチを入れ替えた瞬間です。
アイドルの成長は、どうしても数字やメディア露出量が指針となってしまう。そこにこだわると、傷つく一方です。その点ではまだまだ未熟だと認めつつも、自分たちの成長を褒めて受け入れられた。めでたしめでたしな盛り上がりのテンションに、一度水ぶっかけて、より強くなりはじめるきっかけまで描いてくれました。
人と比較しない、自身と比較する、という考え方は「誰かの一番になりたい」という思いにも重なります。今回のフェスで自分以外の推しがえりぴよにできたらどうしよう、と悩む舞菜に空音は言います。
空音「常にいちばんかわいい舞菜を見せるんだよ。この前よりかわいいな、この前より好きだなって思ってもらえば…ずっと舞菜が一番だよ」
空音がかつて彼氏疑惑でファンが離れていき、傷つき続けたことが思い出されます。苦労を重ねてきた彼女だからこそ、重みのある言葉。
アイドルユニットChamJamとして今回描かれたのは「まだまだこれから」ということでした。この後の成長を想像させる、エモーショナルなラストになりました。
余談ですが、ChamJamのスタッフさんたちの描写が印象的。特に頻繁に登場する、ぽっちゃりしたおかっぱの三崎さん。基本スタッフはフラットにアイドルに接しているのですが、彼女はかなり情に厚い人。舞菜が落ち込んでいる時、えりぴよのことをそっと耳打ちしたこともあります。会話の端々を集めると、えりぴよへの信頼感もそこそこあるようです。今回ChamJamの青春を見て泣いた彼女は、これからもいいスタッフであり続けてくれそうです。
ファンから見た最高の景色
ここまではアイドル側から見た過酷な戦いの世界。じゃあファンはステージをどう見ていたかというと…最高オブ最高です。推しが大きなステージに立つという夢を、ChamJamはしっかりとかなえてくれました。こんなにうれしいことはない!
ファン側としては「推しが◯◯するようになった!」「推しが◯◯してくれた!」と、どんなささいなことでも一歩進むごとに、うれしくなるもの。えりぴよ・くまさ・基のオタク三人衆は、ChamJamのあらゆる動向に感動し、いいところを見つけて喜び、全力で応援し続けてきました。今回はフェスの舞台にChamJamがいる…そんなの幸せのキャパオーバーですよ、うれしすぎて心がパンクしてしまうから、大声で叫べ。
もちろん、目が節穴ではないのである程度他のアイドルを見て、冷静な比較はしてしまいます。
フェスには色んなアイドルがいた。特にめいぷる☆どーるは大人気で大盛りあがりだった。えりぴよもいろいろなアイドルを凝視していました。
えりぴよ「たくさんのアイドルを見ても、思い出せるのは舞菜のダンスだけだ」「こんなにいっぱいいるのに、わたしの世界には舞菜だけだ。一番とかじゃなくて舞菜だけなんだよなあ」
えりぴよは過激なファンなので必ずしも共感できるとは限らないのですが、この発言に関しては「推し」がいる人なら、うなずける人多いと思う。好きな順位は決められない、比較なんて出来ない、ただ「推し」がいるということが、自分の人生において大事。舞菜はえりぴよのナンバーワンでありたいと願っているようですが、大丈夫。舞菜はえりぴよのオンリーワンです。
世界にあなただけが
大人数の聴衆がいる中、ステージで立ち尽くす舞菜。しかし、えりぴよの「舞菜ちゃん!」の声はだけははっきりと聞こえた。ふたりの世界、ってこういうことを言うんだと思う。
舞菜にとっての「報い」の一つは、えりぴよが見にきてくれること。舞菜はここで、自分の「努力」が報われました。
えりぴよは、どんなにたくさんのアイドルがいようとも、舞菜しか見えません。舞菜は、どんなに無数の観客がいようとも、えりぴよの姿を追ってしまいます。今回は特に、ChamJamの拠点じゃないだけに、それが顕著に描かれました。
えりぴよは、あまり難しくは考えていません。舞菜がいることにただただ感謝し、感動を伝えるべく熱心に推し続けます。アニメ全話通じて、見返りはほとんど求めてきませんでした。損したなんて一度も思ったことありません。舞菜が生きていることがファンサだから。
えりぴよがフェス後に、舞菜と握手をした時のモノローグが興味深い。
えりぴよ「これからもっと上を目指してく舞菜はどんだけ無双舞菜になっちゃうの!?」
彼女が望んでいるのは、舞菜がどんどん可愛くなってみんなに愛されて有名になっていくこと。対自分のことは妄想にすら浮かびません。この向き合い方、応援される側も冥利に尽きる…のですが、舞菜は「えりぴよと仲良くなりたい、でもできない」という考えで苦しんでいる子。武道館への執着もそこまで高くない。舞菜の片思いは届けることができないまま。
二人の折衷点として、このチェキがラストを飾ったのは本当にステキ。以前はえりぴよは自分が写ることに申し訳無さを感じて、距離を取りまくっていたチェキ。今回はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ近づき、ハートっぽい手付きになりました。まだまだ二人の距離は遠いですが、近づきすぎると壊れてしまうからこその、この中途半端感。今までは「ちゃんとチェキを撮れない」というギャグシーンでしたが、ラストは二人の繊細な心の距離を表現した、儚さすら感じるものになっています。二人の強い愛と踏みとどまるブレーキによって、ギリギリのバランスで最高の関係が成立している。
基本ギャグマンガのノリが多め、アイドルオタクあるあるを盛り込みながら、アイドルおのおのの悩みを描いた群像劇であり、絶妙なガールズラブ要素も含み、時折残酷なアイドル活動も描写。ありとあらゆる要素をゴリゴリに詰め込んだ原作を、きれいにまとめて、かつヘンテコとしっとり感の魅力をしっかり生かしてアニメ化してくれました。
ポジティブめに「これから」を感じさせてくれたまとめだったので、続きをアニメだったらどう描くのか気になります。まだ出てきていない、香川のアイドル・ステライツも見たい。アイドルガチ恋問題も掘り下げてほしい。ドアをとめるストッパーの宣伝も見たい。ぜひとも二期目を、お願いします…あるいはChamJamのスピンオフを!
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