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『ハリポタ』作者のJ.K.ローリングがトランス女性への差別発言で物議 ダニエル・ラドクリフ、エマ・ワトソンも声明(1/2 ページ)

ローリング氏の発言はどのように問題だったのか?

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 「ハリー・ポッター」シリーズの著者として知られる作家のJ.K.ローリング氏が、トランス女性を差別するツイートを行い、多数の批判を受けています。映画「ハリー・ポッター」シリーズに出演した俳優のダニエル・ラドクリフ氏、エマ・ワトソン氏、エディ・レッドメイン氏も、ローリング氏の発言を受けてトランスの人権を擁護する声明を発表しました。

J.K.ローリングの発言

 ローリング氏の問題の発言は、6月7日(以下、現地時間)に投稿されました。最初に「オピニオン:月経のある人にとって、より平等なポストCOVID-19の世界を作ること」というタイトルの記事について、「月経のある人って、昔はそういう人を表すための言葉があったはずだ。誰か(思い出すのを)助けて。Wumben? Wimpund? Woomud?」とツイートし、「月経がある人」とは女性(Woman)のことだ、という主張を示唆しました。

 記事のタイトルが「女性」ではなく「月経がある人」となっているのは、トランス男性やノンバイナリー(Xジェンダーとも言う、男女の区分どちらにも該当しない性を生きる人)の中にも月経が来る人がいるためですが、ローリング氏はその配慮に疑いを示しています。

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 この発言は、婉曲に閉経した女性、トランス女性を含む生理が来ない体質の女性を「女性」カテゴリから除外しており、さらに女性という自認に基づいて暮らしていないが生理が来る人を「女性」カテゴリに入れる、暴力的な内容であると言えます。

「月経のある人って、昔はそういう人を表すための言葉があったはずだ。誰か(思い出すのを)助けて。Wumben? Wimpund? Woomud?」

 ローリング氏はその後、「もし生物学的性別がリアルでないなら、同性同士で惹かれあうこともないし、世界中の女性が生きている現実が消されることになる。私はトランスの人々を知っているし、愛しているけれど、生物学的性別概念の消去は多くの人が人生について有意義な議論をするための能力を消すことです」と発言しています。

「もしセックスがリアルでないなら、同性同士で惹かれあうこともないことになる。もしセックスがリアルでないなら、世界中の女性が生きている現実が消されることになる。私はトランスの人々を知っているし、愛しているけれど、セックス概念の消去は多くの人が人生について意義のある議論をする能力を消すことです。私は真実を語ることを嫌いません」
「何十年もトランスの人々に共感してきた私のような女性は、女性同様男性の暴力に弱い立場にあるからこそ、(トランス女性に)親密な関係を感じています。セックスがリアルであり、生きた結果があると考えているからトランスジェンダーを「嫌っている」という考えはナンセンスです」
「私はすべてのトランスの人々が本物かつ快適な方法で生きる権利を尊重します。もしあなたがトランスであることを理由に差別された場合、私はあなたと一緒にデモ行進します。同時に、私の人生は女性であることによって形作られました。そう言うのが嫌だとは思いません」

ローリング氏の発言にはどのような問題があるのか

 ローリング氏の発言が批判されているポイントは、「女性」と「トランス女性」を違う存在として扱っているところにあります。

 トランスジェンダーとは、生まれたときに割り当てられた性別と性自認が異なり、そこに違和感を覚えている人びとのことです。このうち、出生時に男性だと判断されたものの性自認が女性であるトランスジェンダーが、「トランス女性」に該当します。

 トランス女性は間違いなく女性です。「トランス女性」と「女性」を全く異なるカテゴリとして扱うことは、トランス女性に対する差別行為に該当します。ローリング氏がトランスの人々に好感を抱いているか否かは関係がなく、別の存在として扱うと表明したことが問題なのです。

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 ローリング氏が主張しているのは、「生物学的性別」が現実に存在する、ということです。「生物学的性別」とは、第三者的な視点から確認しうる、身体の形や仕組み、遺伝子などに基づいて判断できる(と考えられている)性別概念を指します。

 ローリング氏は、トランス女性が女性であると言うことは、「生物学的性別」概念を否定する行為であり、「女性」が「女性」として生きてきた根拠を失わせるものである、と主張しているのです。

 この主張は、どのような意味なのでしょうか。

「生物学的性別」の絶対視

 ローリング氏の発言に連なる思想を確認してみましょう。

 世の中には「生物学的性別」(sex)以外に性別があるということを示したのが、「ジェンダー」(gender)概念です。これは「社会的に構築された性別」を指します。性差の概念は社会によって「構築」されたものであり、人は決して生まれながらに持っている素質(本質)としての性を生きているわけではない、という考え方に基づいて生まれた言葉です。性差を社会的に構築されたものとして認識する立場を、社会構築主義と言います。

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 社会構築主義の対極には本質主義があります。これは「生物学的性別」を絶対的なものとしてみなす考え方です。

 トランス女性と女性を別のカテゴリであると主張する人たちは、1970年代ごろから存在しました。この思想的系譜は、その後「TERF」(ターフ、トランス排除的ラディカルフェミニスト)と呼ばれることになります。なお、「TERF」の呼称を嫌い、「ジェンダーに批判的なフェミニスト」と自称する人たちもいます。ローリング氏もTERFという呼称について、「現在、膨大で多様な断面の女性が『TERF』と呼ばれているが、その大多数は決してラディカル・フェミニストではない」と批判しています。

 TERFに連なる考え方の人々は、女性の権利を「生物学的性別」に依拠して訴えており、本質主義の立場をとっています(社会構築主義的な姿勢を取っているとする主張もありますが、その内実は本質主義です)。トランス女性と女性は違う、と主張する背景には、トランス女性の存在を「生物学的性別を否定している」と考える思想があるのです。

 しかしながら、「生物学的性別」はジェンダーの一種であるという考え方が現在は一般的です。哲学者のジュディス・バトラーは、『ジェンダー・トラブル』(竹村和子訳/青土社)の中で以下のように説明しています。

ジェンダーは、生得のセックス(法的概念)に文化が意味を書き込んだものだと考えるべきではない。ジェンダーは、それによってセックスそのものが確立されていく生産装置のことである。(『ジェンダー・トラブル』29頁より)

 バトラーは、「生得のセックス」(=「生物学的性別」)が文化に先立つのではなく、文化によって「生得のセックス」が決定されていくと述べているのです。生物学という文化において構築された1つの分類法に過ぎない「生物学的性別」を絶対視することは、トランスの人たちはもちろん、さまざまな「分類できない」性を生きる人の尊厳も損なうことになります。

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詳しくはこちらも参照

小宮友根「フェミニズムの中のトランス排除」(『早稲田文学』2019年冬季号、筑摩書房)

藤高和輝「身体を書き直す トランスジェンダー理論としての『ジェンダー・トラブル』」(『現代思想』2019年3月臨時増刊号、青土社)

山田秀頌「バトラーとトランスの両義的な関係」(『現代思想』2019年3月臨時増刊号、青土社)

「ハリポタ」出演者からの応答も

 ローリング氏の発言は大きな波紋を呼び、『ハリー・ポッター』シリーズの関係者が発言に対するコメントを出すに至りました。 

 映画「ハリー・ポッター」シリーズで主演を務めた俳優のダニエル・ラドクリフ氏は、LGBTQの若者の自殺を防止するプロジェクト「THE TREVOR PROJECT」サイトにおいて、声明を発表しています。

 ラドクリフ氏は、「トランス女性は女性です」と明言したうえで、「ハリー・ポッター」シリーズで得た経験が損なわれたと感じている読者の痛みを慮り、ローリング氏のコメントについて「極めて残念に思う」と述べました。

 さらに「ハリー・ポッター」シリーズに救われた経験や、物語への共感は、読者と本との間にあるものであり、誰にも触れない神聖な存在であると述べました。作者の意見がどのようなものであろうと、「ハリー・ポッター」シリーズで得た読書体験は読者のものであるとして尊重する内容です。

 また、「ハリー・ポッター」シリーズでハーマイオニー役を演じたエマ・ワトソン氏も、6月11日に公式Twitterでトランスの人権について発言しました。「トランスの人たちは自認のとおりの人であり、性別を疑われたり、性別について質問されたりせずに生きる権利がある」とし、トランスを支援する人権団体に寄付をしたことを明かしています。

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「トランスの人たちは、自身が言うとおりの人であり、常に(性別について)質問されたり、自身が言うとおりの人ではないと言われたりすることなく、自分たちの人生を生きる資格があります」

 「ハリー・ポッター」のスピンオフ映画「ファンタスティック・ビースト」シリーズで主演を務めるエディ・レッドメインも、米メディアVarietyに「トランス女性は女性であり、トランス男性は男性であり、ノンバイナリーはアイデンティティとして有効です」とコメントを寄せています。

 当事者からも、「私はトランスのゲイです。性器は違いますが、法律上男性であり、男性と同性婚をしています。私がゲイじゃないと言っているんですか?」というリプライが送られるなど、発言への批判やトランス支援の動きがみられます。

「私はゲイです! 私のボーイフレンドもそうです! 私たちは国際的に認められたゲイのカップルです! 私はトランスです! 彼は違います! しかし、私たちは両方とも法律上男性です!  「同性婚」が合法である限り、結婚することができます! 性器は違うけど! ゲイじゃないって言ってるの?」

ローリング氏の反証

 J.K.ローリング氏は、これまでLGBTQの人々に対して積極的に支援を表明してきました。そのような経緯があるため、ローリング氏がトランス女性を差別する言説を表明したことで、多くの人が衝撃を受けています。

 6月10日、ローリング氏は自身のサイトで今回の事件についてのエッセイを公開しました。このエッセイでは、以前からトランス問題に関心があったことを示し、「TERF」の呼称が女性を黙らせようとする運動であると主張しました。また、「言論と思考の自由のために、そして私たちの社会で最も脆弱な人々のいくつかの権利と安全のために、ゲイ、ストレート、トランスの勇敢な女性・男性と一緒に立っています。ゲイの少年、傷つきやすいティーンエイジャー、そして、女性のみの空間を拠りどころにし、維持したいと思っている女性たちも含みます」と述べています。批判を受けて、自身の発言を再度説明する内容であり、主張の変更はありませんでした。

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