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“人生を繋ぐ漫画”『ハイキュー!!』は何を描いてきたか 最終回記念1万字振り返りレビュー(1/2 ページ)

キャラ同士の関係性から「人生」の描き方まで、ガッツリ振り返ります。

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 2020年7月20日、古舘春一『ハイキュー!!』(集英社)が完結しました。2012年の連載開始から8年半にわたって連載されてきた同作は、バレーボールに打ち込む高校生たちの青春とその後を描き、キャラクター全員の人生を拾い上げたうえで、今回の大団円を迎えたと言えます。

 ねとらぼでは、20年来の「ジャンプ」読者であり、『ハイキュー!!』の大ファンである漫画家・イラストレーターの松村生活さんに、『ハイキュー!!』を総覧するエッセイを執筆していただきました。『ハイキュー!!』の魅力の正体とは何か、そして『ハイキュー!!』は何を描いてきたのかを、1万字かけて振り返ります。

書いた人:松村生活

ハムスターのうにさんと暮らしている漫画描き。Twitterでエッセイ漫画『うにさんと私』連載中(書籍化予定あり)。主にコミティアで活動していたが、新型コロナウイルスの影響でしばらく参加できない。実家には黒猫のカツオさんがいる。

Twitter: @seikatsugakusyu note: https://note.com/seikatsugakusyu

『ハイキュー!!』の魅力

 集団行動に対する苦手意識を「矯正」したいという理由で、中高6年間吹奏楽部に所属していた。

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 正直いって地獄のような日々だったし、別に音楽が得意なわけでもないから足を引っ張りまくっていただろうし、おそらく誰にとっても良いことではなかった。6年も頑張ったものの「こういうの向いてないんじゃね?」と諦め、今は家で一人黙々と仕事をする日々だ。

 でも『ハイキュー!!』を読むと、あの頃のことを思い出す。存在しない青春の記憶――『ハイキュー!!』の文法によって、あたかも有意義であるかのように修飾された部活の思い出――を想い、ほどほどに熱き戦いと長き練習の日々が決して無駄ではなかったと、背中を押される気がするのだ。気がするだけなんだけどね。

 『ハイキュー!!』というバレーボール漫画の特徴は3点ある。「いろいろなキャラの視点から描かれている」こと、「キャラ造形、関係性の描き方の緻密さ」、そして「高校の部活動3年間で成果を出すような話ではない」ということだ。

群像劇としての『ハイキュー!!』――あれ? 全員主人公じゃない?

 まず1点目について――同作の主人公は烏野高校1年のミドルブロッカー・日向翔陽とセッター・影山飛雄の2人であり、物語の本筋はこの2人を軸に展開される。いわばW主人公だ。しかし一方で、かなり初期の段階から、彼らの先輩やマネージャー、他校の生徒、OB、指導者等の視点からも物語が多角的に描かれていくのである。

インターハイと「積み重ね」

 特に画期的だと感じたのは、5巻40話の「勝者と敗者」だ。IH(インターハイ)予選が始まり、勝者が生じると同時に敗者も生じる。高校生たちの夏の挑戦が少しずつ終わり始める場面である。この話はジャンプ掲載時から3頁加筆されており、烏野高校男子バレー部にIH予選の一回戦で敗北し背中を見送る常波高校や、同じく女子予選で敗北した烏野高校女子バレー部の心情が丁寧に描かれている。うち、最も象徴的なモノローグは以下の通りである。

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「こんな風にあっけなく"部活"を終わる奴が全国に何万人と居るんだろう」「これが物語だとしたら全国へ行く奴らが主役で俺達は脇役みたいな感じだろうか」

「それでも俺達もやったよ バレーボールやってたよ」

 敗北したからといって、そこに努力がなかったわけでも、物語がなかったわけでもない。『ハイキュー!!』は、スポーツ漫画の中心となる「強豪」に負けた側を掬い上げる。今現在スポーツをやっている子どもたちの背中を支える、良い回だと思った。「絶対に勝つ!」と決意した試合で負けても優勝出来なくても、学校生活は続くし人生も続く。烏野高校自体、あくまでも「かつての強豪校」である。日々成長し、そして敗北し、挫折しては復活し、変化を重ねて勝利しては、また負ける。『ハイキュー!!』はこの「積み重ね」そのものに大きな価値を見出している。

 他の学校についてもそうだし、登場するキャラクターの性格も得意とするところも部活動に対するスタンスも様々で、何か特別な才能を持った「天才」ばかりが活躍するような漫画ではないのだ。

北信介と「天才」の努力

 同時に「天才」像の描き方をおろそかにしないのが『ハイキュー!!』である。32巻第286話「脅迫(しんらい)」では、IH2位の強豪、稲荷崎高校の主将北信介が、誰かを手放しに「天才」と呼ぶことについて、長い苦言を呈している。

 稲荷崎の宮侑や烏野の影山を「天才」と評し、「俺も才能欲しいわ」と羨ましがる後輩に対し、北は「あいつらの事を『最初から優秀』なんやと思う事は勝負するまでも無く負けとるちゅう事やし失礼やと思うねん」と告げるのである。北が言わんとしているのは、自分だったら大事にするような何かを蔑ろにしてでも、日々努力せずにはいられない彼らについて、その積み重ねを無視した評価を与えるな、ということだった。

 主将の北自身、中学時代はユニフォームすらもらったことがなく、高校3年になってやっと試合に出られるようになった人間だ。北は毎日ちゃんと練習を積み重ね、「反復・継続・丁寧」を繰り返し、「練習と同じことが試合でも必ず出来る」選手として、稲荷崎の空気を締める役割を担っている。そのような人物の言葉だからこそ、この場面では重く響く。 

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全員が主役になる

 そして『ハイキュー!!』では、「天才」とそうでない人たちが分断されることがない。作中だと影山が天才的なセッターとして扱われることが多いが、彼も死んだ祖父の言葉を胸に「ずっと続けてきた」人間である。「チャンスは準備された心に降り立つ」は、烏野3年男子たちが1年生だった時の主将が伝えたメッセージだが、その通りに彼らは準備して日々練習を重ねてきた。影山を含む烏野1年たちは、まさにやってきた「チャンス」だったのだ。

 中学時代に孤立してしまい「全部自分で出来ればいいのに」とまで思い詰めていた「天才」を支え、どつき合うライバルであり仲間になるのが日向であり、「堕ちた強豪」と呼ばれた時代でも(いろいろあったものの)腐らずにバレーを続けてきたのが烏野の先輩たちである。全てが重要なピースとなっている。この漫画では決して彼らは脇役でも何でもなく、全員主人公の如く描かれていると私は思う。

あまりに緻密なキャラクター造形/関係性――あいつと俺、俺とあいつ

 次いで『ハイキュー!!』の特徴の2点目、「キャラ造形、関係性の描き方の緻密さ」について取り上げる。

 W主人公である日向と影山以外にも、『ハイキュー!!』では関係性が対になっていたり、あるキャラの真逆の存在として想定されていたり、もしくはあるキャラと近い要素を抱えながらも違う状況を得た「アナザーバージョン」として描かれるキャラクターが存在する。名前や誕生日も、キャラ同士の関係性を示していることが多い。このあたりは検索すればいくらでも考察が出てくるので、ここではあまり取り上げない。

東峰旭と西谷夕

 一番分かりやすい「対」は、烏野高校のリベロ・西谷夕と、烏野のウィングスパイカーでエースの東峰旭だ。これは既読の方に改めて説明するのが恥ずかしいくらい完成されたバディであり、最終回ではオリンピックのバレーも見ずに2人で世界旅行を楽しんでいるくらいである。物語序盤の東峰は、伊達工業高校との試合においてブロックにスパイクを阻まれ続け、心が折れて部活に来られなくなっていたが、西谷はブロックフォローの練習をし続け、最終的に東峰を部活に復活させる。

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 復活した後の東峰はめきめきと頼りがいのあるエースになっていった。西谷のフォローもするようになるし、「Aパスなんかなくても俺が決めてやる」と言い放ったように、「支える」側に回るのだ。2人はお互いにとって「お前には俺がいる」という状態を、序盤から終盤まで維持し続ける。

及川徹―(影山飛雄)―菅原孝支

 「王様」と呼ばれていた影山の先輩にして、「大王様」と呼ばれた青葉城西高校のセッター・及川徹も、作中であるセッターと対比されていると考えられる。それが烏野3年の菅原孝支だ。

 菅原ことスガの誕生日(6月13日)の由来が分からず、血眼になって調べていた時期があったのだが、その時及川の誕生日(アレキサンダー大王の誕生日と同じである)7月20日が年始から201日で、菅原の誕生日は年末まで201日であるとの関連性を見つけた。しかしこの2人が作中で会話することはほとんどない。2人の関係は、影山飛雄という軸において対比されているためである。

 これはごく個人的な考察だが、青葉城西は正直「及川のためのチーム」という感じで、及川が司令塔で各人の長所を生かしていく魅せ方である一方、スガは「烏野のためのセッター」であるように見える。

 影山というセッターは序盤、チームメイトとのコミュニケーションが深刻に不足している。スガは逆に場の空気を和ませたり引き締めたり、メンバーの声かけや鼓舞が得意だ。スガは烏野の潤滑剤であり、同じセッターである影山の孤立を防ぎ、コミュニケーション上のアドバイスを与える頼れる先輩である。菅原は影山によってスタメンを外れることになるが、菅原は「チームとして強い」ことを喜び、嫉妬に苦しむことはない。

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 では及川の中学時代の影山に対する対応はどうだったかというと……完全に影山の才能に嫉妬しており、ライバル心に燃えていた(及川は大体いつもそうだが)。選手としての強さにこだわっていたがゆえに影山にコンプレックスを抱いた及川は、「チームとして強い」ことの重要性を相棒・岩泉一によって「教えられる」。

 最終回でも影山と日向が日本代表としてオリンピックに出ているのに対し、及川は強豪アルゼンチン代表の正セッターで対戦相手だ。今まで宣戦布告してきた相手(岩泉も含む)を常に「全員倒す」という及川の変わらなさと徹底ぶりが私は大大大好きだが、烏野に必要だったのはスガだったというのは、及川という人物と比較するとよく分かる。

桐生八、東峰旭、木兎光太郎

 次に「アナザーバージョン」のキャラについてだが、稲荷崎の主将北が言うように「道は前だけにあるワケやない」ので、もしあのキャラがこういう風な道を選んだら、こういう境遇だったら、という主要キャラの影を含んだ他校のキャラが割と出てくる。

 貉坂高校のエース・「悪球打ちの桐生」こと桐生八は、これは桐生八が悪球打ちになったきっかけも含めて、西谷夕がいない上にひたすら強くパワーで点をもぎ取るようになった東峰旭だと、名前も含めて察した。監督が言う台詞も「攻めは最大の防御!!」だ。八さんの「自分に自信など全くない でも仲間に恵まれた自信はある」の思考も東峰がよくやる思考である。

 狢坂高校は春高において、調子にムラが出がちなエース・木兎光太郎を抱える梟谷学園と対戦することになる。なぜ梟谷に狢坂をぶつけるかというと、気分によって調子ムラムラだった木兎がここで「ただのエース」に進化するフェイズに入るので、どんな悪球でも打つチームの大黒柱のエースを倒す必要があったのだと思う。

 木兎が妙なやつだというのは分かっていたが、ずっと木兎を支えてきたセッターの赤葦京治も大分妙なやつだというのが分かる対戦なので、個人的に大好きな試合だ。最終回直前の回で木兎は「調子ムラムラの俺はもう居ない 俺は普通になったのだ」と赤葦に宣言しているので、木兎がプロとして通用するために必要な「成長」だったのだろうと私は受け止めている。

昼神幸郎―月島蛍

 その後の回で烏野が当たる鴎台高校には、烏野の1年ミドルブロッカー・月島蛍の「アナザーバージョン」が潜んでいる。同じくミドルブロッカーの「不動の昼神」こと昼神幸郎である。

 昼神幸郎はバレー一家に生まれ、兄も姉も優秀で、中学までは自分もバレーの第一線で活躍しなければならない、バレーと仲間を好きにならなければならない、と自分を追いつめてきたキャラクターである。しかし当時二軍の星海光来に「やめればいいんじゃね? 別に死なねぇ」と言われたことをきっかけに、高校でバレーをやめる決意を固め、「ここにいる仲間ほどバレーも仲間も好きじゃないこと」を武器にするようになった。

 いわば「たかが部活」と言っていた時代の月島蛍の、その「たかが部活」という「想い」のなさで「理想」や「ミスの罪悪感」で動じたりしない、ただ自分の機械的情報選択を信じるというタイプの月島だ。ここまで来るともはや月島じゃないかもしれないが、昼神の「機械みたいな情報の選択」のモノローグで月島のカットを挿入しているので(40巻第351話『身軽』)、おそらく月島を意識したキャラ造形だと私は思った。

 また、その昼神のブロックに苦しめられる東峰旭も昼神と対置されている。東峰は仲間を信じている一方で自分を信じられないままここまで来ていたが、鴎台戦においてはそこから西谷のブロックフォローによって「俺は今日俺を味方にする」と決意する試合となっている。

 「たかが部活」と言っていた時代の月島が結構好きだった勢としては、月島が山口や先輩のおかげで成長し、白鳥沢の牛若をブロックするまでになってガッツポーズ等している様子を見た時は「もう私が共感出来るキャラは現われへんかもしれん……」と天を仰いだのだが、バレーは高校までと決めていてバレーも仲間もそんなに好きじゃない、ヘラヘラした昼神幸郎が出てきた時は「この気持ちを拾って頂きありがとう!」という感謝の念が湧いた。

 このように『ハイキュー!!』はキャラ造形、キャラの対比やバディとのバランス関係が極めて綿密に構築されている。全てを相関図に起こしたら、きっと大変なことになるだろう。

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