連載

意味がわかると怖い話:「いないはずの男の子」(1/2 ページ)

忘れていたあのころの記憶。

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 普通に読んでいればなんてことないお話。だけどひとたび気づくと、なにやら違う光景が見えてくる……「意味がわかると怖い話」を紹介する連載です。

「いないはずの男の子」

 高校2年の夏休み。急に庭の物置を整理しようと思い立った母を手伝った時のことだ。得体のしれない健康器具の下敷きになって、大きな桐箱が出てきた。母は懐かしそうに目を細め、「雛人形よ。昔は毎年飾ってたんだけど、パパが変なこと言って飾るのを嫌がってね。パパったら……」

 母の話を聞き流しながら箱を運び出し、開けてみる。――単衣も艶やかなお雛様を手に取った時、唐突に「記憶」が蘇った。

「……ねえ、ママ。うち、弟いなかったっけ?」

 両親が寝室に使っている和室。大きな雛飾り。部屋の隅に赤いランドセルが放り出されている――そう、小学校に上がった年のことだ。私は薄暗い和室で、男の子と遊んでいる。

 私は一人っ子。そんなことは分かっている。でも私は「彼」の名前も、顔も思い出していた。

「何言ってるの?」と困ったように笑う母に、私は言い募った。

「いたはずなの。ノブヒロって男の子が」

 ある日にたまたま遊びに来た他所の子じゃない。彼はうちに住んでいた。一緒に雛祭りを祝った。ふたりでお風呂に入り、同じ布団で寝た。ふたつ下の4歳で、卵ボーロが好きだったノブヒロ……。

 ただ、いつ彼がいなくなったのかが、霧にかすんだみたいに思い出せなかった。一緒にいたのは一週間ほどだった気もするし、何年も暮らしていたようにも思えてくる。

 夕食の席で父にも同じ話をして、こう言われた。

「紗紀子が小学校に上がって最初の雛祭りってことは、母さんが入院してた頃のことだろ? そんな時に友達を泊まりがけで呼ばせるなんてこともないしな。父さん、お前の世話で手いっぱいだったから」

 ――そうだ、小1の年の暮れに、母がくも膜下出血で倒れ半年ほど入院していたのだ。私は父から、「家に友達を連れてきちゃいけないよ」ときつく言われていた。幸い後遺症も残らず、元気な母と暮らすうちにすっかり忘れていた。

「イマジナリーフレンド、ってやつかもな」

 何日か経って、父がネットで色々調べてくれたらしいプリントを持ってきた。ひとりきりでいる時間が長い児童に見られる「空想上の友人」。本人にとっては強い実在感を伴うが、孤独が解消されると消えることが多い……。

「そういえばあの頃、紗紀子が和室でひとりで喋っているのを見た覚えがあるよ。ままごと遊びだと思ってたが」

「ママの入院中、寂しい想いさせちゃってごめんね、サキちゃん」

 釈然としないものを感じたがうまく言葉に出来なくて、それからふたりの前でノブヒロの話はしていない。

 

 ……都内の大学に進学し、独り暮らしを始めたゴールデンウイークのことだ。

 何気なく点けていた「未解決事件ファイル」というテレビ番組で取り上げられた幼児の写真に私の目は釘付けになった。

『信広ちゃん事件では、初動捜査の不手際が問われました……』

 12年前の正月休みに起こった誘拐殺人事件。現場は実家の隣県だった。資産家の息子で当時4歳の友田信広が、公園に遊びに行ったきり失踪した。翌日、身代金を要求する電話があるも、受け渡しに失敗。その後、死体で見つかったという。……この手の事件にありがちな「身代金要求時点で既に殺されていた」ケースと違い、死亡推定時刻は発見の1時間前だと分かったため、被害者死亡で報道協定が解除されると「助けられたのではないか」との非難が警察に数多く寄せられたそうだ。

 被害者として紹介された写真は、間違いなく「彼」だった。ノブヒロという名前、12年前に4歳という年回りもぴったりだ。ただ、事件が起こったのは正月だという。

 じゃあ、私が一緒に雛祭りを祝ったのは……。

 あの日、母が言っていたことを思い出して、実家に電話した。

「ママ。うちが雛人形を飾らなくなったのはパパが嫌がったからだって言ってたよね? ――パパが、おばけを見たって」

『ええ。サキちゃんが小二の時のお節句だったかしら。雛飾りを出してから毎晩、枕元に男の子が立つんだってパパが言い出して。だからあの時、サキちゃんに『うちに男の子がいた』って言われてママ、びっくりしたのよ』

「……ねえ、来年はお雛様、飾ろうよ」

 4歳で殺されてしまったあの子の霊は、遊び相手が欲しくて彷徨っていたのだろう。

 そして、母がいなくて寂しがっていた私に出会った。

 雛人形を飾ったら、また会えるかもしれない。彼が好きだった卵ボーロをいっぱい買って帰ろう。画面に映し出されたノブヒロの写真を見ながらそう思った。

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