連載

意味がわかると怖い話:「禁忌地」(1/2 ページ)

彼岸花の咲き誇るあの場所。

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 ひとたび気づくと、なにやら違う光景が見えてくる……「意味がわかると怖い話」を紹介する連載です。

「禁忌地」

 ユイさんが大学3年の夏休みの終わりに、当時の恋人のアラホリくんの実家へ連れ立って挨拶(あいさつ)に行ったときのことだ。アラホリくんとは、就職して落ち着いたら籍を入れようと話していたという。

 彼の田舎は北関東の山間にあった。利根川支流K川に沿って拓かれた小さな町だ。

「町に入る手前で彼が車を停めて、案内してくれた河川敷がまず凄くて……」

 真っ赤な彼岸花が、土手を埋め尽くすように咲いていた。よく見かけるものより小ぶりで、アラホリくんによれば「コヒガンバナ(小彼岸花)」という別品種――というより原種なのだそうだ。

『彼岸花はこの町のシンボルでさ。東京に出て、他の地方では『摘んだら死ぬ』とか言って縁起が悪い扱いなのにびっくりしたよ』

 ふたりで彼岸花の真っ赤な絨毯(じゅうたん)を歩きながら、アラホリくんはそう言って笑った。

 彼の家は代々、町で神職を務めていた。神社はご神体に見立てた山の入り口に建っていて、社務所兼の実家も敷地内にあった。

 立派な神社を前に、ユイさんは緊張した。ご両親は、一人息子が家を継ぐものと考えているのではと感じたからだ。グラフィック学科生のアラホリくんは、大きなコンペで実績を残し将来を嘱望されており、田舎には戻らないと常々言っていた。ユイさんも神社の嫁になる気はなかった。

 心配は杞憂だった。アラホリくんの御父上は夕食の席で、デザイナーになりたいという息子の夢を応援していると言ってくれた。数年前に心筋梗塞で倒れて以来、隣町の八幡社へ合祀する形で廃社の準備を進めているという。

 機嫌よく酒を飲んで口が軽くなったアラホリくんが、こんな話をしてくれた。

『裏山は昔から禁忌地とされててね、他では見られない真っ白い彼岸花が一面に咲いている場所があるんだ。僕も入ったことはないけど、親父が言うにはこの世のものとは思えないほど綺麗なんだって』

 そこに入れるのは宮司だけ、それも年に一度の祭りの日のみだという。里のケガレを持ち込まないよう、朝から清水で身を浄め、その日卸した白装束に白足袋、草履をつけて入山するらしい。

『一種の神託でさ、里に凶事が起こる前には、血のように真っ赤な花が咲くそうだ。……白い彼岸花は劣性遺伝で毒性が低いらしいから、大昔の畑だったんじゃないかな?』

 興味を惹かれた。真っ白な花が咲き乱れる、限られた者しか入れない「禁忌地」――

 その晩。あてがわれた客間でユイさんはふと目を覚ました。なんだか寝付けない。辺りは静まり返っていて、誰かの寝息が微かに聞こえるばかりだ。

 ふと、山に行ってみようと思った。

 「白い彼岸花を見たい」と頼んだとして、アラホリくんやご家族は、根拠のないタブーと分かっていても立場として許さないだろう。六十を過ぎた御父上が草履で歩けるなら、そう遠くはないはず。ユイさんはそっと寝床を抜け出した。

 外は街灯もなく真っ暗で、スマホの灯りを頼りに進む山道は、緩やかだが舗装されておらず、何度も足を取られそうになる。両脇に並ぶ高い杉の木が、空を覆っていた。

 15分ほど歩くと急に視界が開け、そこだけぽっかりと木のない広場のような空間に出た。

 ユイさんは息を呑んだ。一面に、純白の彼岸花が月あかりを浴びて開いていた。確かに「この世のものとは思えない」、神秘的な美しさだったという。

 足を踏み入れ、しばらく見とれていると、不意に風がごうっ、と吹いた。

 木々がざわめき出し、ユイさんは「何か」に見られているような気がして、鳥肌が立ったという。急に怖くなった彼女は、足早にその場を立ち去った。

 家に戻ると、玄関でちょうど、靴を履こうとしているアラホリくんと出くわした。

『トイレに行く途中で客間の障子が開いてて、ユイが居ないのに気づいてさ』

 探しに出ようとしてくれたらしい。ユイさんは、「眠れなくて、近くにコンビニでもないかと思って散歩に出た」とごまかした。

 

 その1年後のことだ。アラホリくんが急に、田舎に帰ることになった。大学は卒業間近で、第1志望の大手広告代理店から内定も出ていたのに、何もかもを捨てての帰郷だった。

 電話をかけてきた彼の声は、憔悴しきっていたという。

『前に話しただろ? 花の色で占いをする儀式があるって。……赤い花が咲いたんだ。百年以上なかったことだから、町中大騒ぎでさ。親父も心労が祟ったのか、持病が再発して病院に担ぎ込まれたって。廃社の話も全部吹っ飛んで、とりあえず戻らなきゃならなくなった』

 早口でそんなことをまくし立てた後で、アラホリくんは涙声になってごめん……本当ごめん……と繰り返した。その電話が最後だった。

「止められませんでした。あの夜、私も確かに『あそこは何か違う』って感じましたから――お父さんが神社を潰そうとしたのを、山の神様が怒ったんだと思うんです。ならそれを鎮めるには、彼が後を継ぐしかなかったんでしょうし」

 ユイさんは今のご主人には、この話をしたことはないそうだ。

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