連載

意味がわかると怖い話:「親切な老人」(1/2 ページ)

白いキノコには……。

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 ひとたび気づくと、なにやら違う光景が見えてくる……「意味がわかると怖い話」を紹介する連載です。

「親切な老人」

 ウェブ連載のための調べ物中、辿り着いた観光情報のまとめブログで、地元のI山が紹介されているのを見た。地主がキノコ狩りをしたい地元民のために山を開放しているという。

 俺のアパートから自転車で行ける距離だ。何かのネタになりそうだと思い、行ってみる気になった。と言っても、キノコ狩りなんてしたことがない。図書館で良さそうなポケット図鑑を借りて持って行くことにした。

 I山は、山というより丘に沿って広がる雑木林と言った方が良い、なだらかな里山だ。普段履きのスニーカーで十分、分け入って行ける。

「おひとりでキノコ狩りですか?」

 不意に背後から声をかけられた。振り返ると、大きなリュックを背負ってヘルメットをかぶった、人の好さそうな老人が立っていた。老人は左腕に巻いた「森林ボランティア」と書かれた腕章を見せ、

「危険な場所がないかの見回りや、キノコ狩りに来た人のサポートをしとります」

 それはご苦労様です、と俺が頭を下げると、老人は目を細めて、

「キノコの毒は怖いですから。去年もほら、このあたりで3人家族がみんな死んじまったってことがあったでしょう? 何か、ガイドブックはお持ちですか?」

 尋ねられ、俺がポケット図鑑を出して見せると老人は険しい顔になった。ひったくるように図鑑を取って、老人は言う。

「ちょっと良くないですね。8年も前の本だ。キノコが怖いのはね、食用と思われていた株に、後から毒性が見いだされることがままあるんです。例えば、スギヒラタケという株は長く無害と信じられてきましたが、十何年か前に中毒死が相次ぎ、特定の疾患がある人に致命的な毒作用があると分かったんです。だからキノコ図鑑は毎年、最新のものを買わなきゃならんのですよ」

 熱心で博識を感じさせる口調に、俺は頼もしさを覚えた。「良かったら付き添って、毒キノコの見分け方などレクチャーしますよ」という老人の申し出を、俺は有難く受けることにした。

 老人の話は面白かった。色や裂け方で見分ける方法は例外の方が多いのだという。

「かじってみれば分かるなんて乱暴なことを言う人もいますがね、猛毒のベニテングダケなんかは非常に旨いそうですよ」

 ちょっとした崖のようになっている窪地で、老人は足を止めた。「こりゃすごい」

 楕円の卵のような傘を持った、ひょろりとした白いキノコが群生していた。

「ユキヨダケですよ。お兄さんがお持ちのような図鑑にはまず載ってない、珍しいキノコでね。私もこの山で見たのは初めてです」

「食べられるんですか?」

 俺が訊くと、老人は興奮した様子で目を輝かせた。

「珍味中の珍味です。運の良い方だ。そのまま焼いて醤油をかけるだけで、アワビのような味がします。……人によっては食べすぎると翌日、おなかをくだすことがありますが、心配には及びません。なんでも旨み成分が強すぎて下痢をするんだとか」

 腹をくだすほど強い旨み、あるいは下痢をしてでも食べたい珍味……想像もつかないが、そこまで言われたら俄然、食指が動く。言われるままにその真っ白なキノコを採ってポリ袋に詰めた。何本か分けようかと申し出たが、「せっかく初めて来たんだから全部持って帰りなさい」と固辞された。まったく親切な人だ。

「ユキヨダケは隠して歩け、なんて言葉がありましてね。その美味しさゆえ、『それは毒キノコだ、俺が捨ててやろう』と言って騙し取ろうとする人があったそうです」

キノコでいっぱいになった袋を両手に下げ、別れ際には老人に請われて記念撮影までした。リュックから取り出して見せてくれたアルバムには、笑顔で老人と一緒に写る人の写真が何枚も貼られていた。

 帰り際、俺はすぐに老人が語った通りの体験をすることになった。

 自転車を置いた場所まで戻ると、ちょうど軽トラックを停めて降りてきた目つきの悪い中年男が俺を呼び止めた。

「兄ちゃん! その白いの、猛毒だぞ。捨ててけ」

 キノコ泥棒は昔の話じゃないのかよ。俺は苦笑し、男の言葉を無視して自転車を走らせた。

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