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“自殺”というタブーを描く『スーサイドガール』 読めば希望に満ちた魔法少女マンガであることがわかります(1/3 ページ)

主人公の女子高生・青木ヶ原星(あおきがはら きらり)の魅力を全力で解説。

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表紙の通り、題材はソリッドですが正統派な魔法少女ものだと思います

 「スーサイド」=自殺。タイトルからして不穏な中山敦支の新作『スーサイドガール』は、まあ言うて隠喩的な意味なんだろうと思って開いてみたら、開始2ページ目で自殺オフ会会場でした。以降、全編に渡って「自殺」の話題を軸に、女子高生の自殺志願者・青木ヶ原星(あおきがはら きらり)が、命の価値を巡って駆け回ることになります。

 マンガ・アニメにおいても「自殺」はものすごくセンシティブで扱いが難しいネタです。大前提として「自殺は絶対何があろうともダメ!」と言いたいところですが、あんまり「絶対」で強く押されるとそれはそれで苦しみを無視するみたいになってしまう。作者の思想の根幹が問われる部分です。

 この自殺を巡る繊細なジレンマを、明るく自殺しようとしていた青木ヶ原星の視点で熱血で考え戦っていく、魔法少女マンガになっています。キラキラキュートでエネルギーにあふれた自殺志望の女の子・星をご紹介。

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こんな笑顔で君は死にに行く

今日は死ぬので最高の笑顔でキラキラしよう(1巻より)

 キラキラチャアミングな青木ヶ原星。彼女は元気いっぱい笑顔いっぱいのまぶしい女の子です。なぜこんなキラキラかというと、自殺するためです。彼女が参加する自殺オフ会に集まったのは世界に絶望した人間だらけ。いじめへの恨みや痴情のもつれなど、負のオーラがビンビン。そんな中でキラキラしている星の姿は異様に浮いているのですが、彼女は勘違いなどしていません、正々堂々死ぬ気でした。

 オフ会に集まった面々は練炭自殺をしようとしていたのですが、目が覚めると全員が明るい笑顔に。「あの練炭の煙の中にいたら死ぬことがバカらしくなってきて頭スッキリしました」。一方、星は本気で死ぬつもりだったので「こんなの詐欺です! ひどすぎます!! 悪魔の所業ですっ!!!」と主催者に抗議。

 ここで大きな線引がなされています。心が病んで死のうとしているネガティブな自殺志願者たちと、死ぬことを自分の意志で大切にしているポジティブな自殺志願者の星。

この子は何一つ追い詰められていないのです(1巻より)

 星はめちゃくちゃ楽しそうに部屋でも自殺に挑みます。彼女はちゃんと目的を持って死のうとしているというのがこの作品のキモになっています。その目的は、試し読みでぜひ確認してください。共感できるかどうかは別として、彼女の思考自体への理解はできるはずです。

自殺の意味を知る者と知らぬ者

意外と冷静な星さん(1巻より)

 彼女は「自殺」に対してものすごく冷静で、しっかり向き合って判断しています。自殺で家族に迷惑をかけないため絶縁して孤独状態を維持するくらいに準備周到です。飛び込み自殺のデメリットをちゃんと把握して自殺志願者を説得する理性もあります。周りに迷惑をかけない「みんながハッピーになれる自殺の方法 いっしょに探そっ」

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笑顔の裏に秘められた彼女の決断のグロテスク(1巻より)

 死のうとした少女が見た星の描写は、作者・中山敦支の描きたかった「自殺の才能がある少女・青木ヶ原星」の真の姿だと思います。ネガティブな自殺者と異なり、ポジティブな自殺者は背負った罪深さをきちんと自覚。何もかも投げ捨てるために死ぬんじゃなくて、何もかも背負い込んで自分の目的を達成するために死ぬ。実はそれって、めちゃくちゃ面倒くさいしどこかネジが飛ばないとできない。だから彼女はその決意と強い信念ゆえに選ばれました。魔法少女に

自殺は他殺である

自殺オフ会を主催したマスターいわく、全部フォビアのせい(1巻より)

 この作品、頭ごなしに「自殺」を否定しません。そもそも精神が追い詰められた自殺を、本人のせいに一切しません。この世界の自殺はフォビアという人の闇に入り込み、宿主の自殺を後押しする悪魔の仕業なのです。人間絶望はあるだろう。死にたいという感情が芽生えることもあるだろう。でも自殺という状況に追い込まれて実行に移してしまうのはすべてフォビアの仕業

 この理論、謎の存在に責任を押し付けているように見えますが、結構便利でプラスになる考え方な気がします。だって自分の意志で死にたいと思っていたはずが、フォビアとやらがメンタルに潜んでいたせいで振り回されているのだったら、ムカつくじゃないですか。お前が私の死を選ぶ権利を奪うんじゃねえ、って話です。フォビアから逃げられれば「自殺しない権利」を選択できるようになるはず。ちなみにフォビア自体の本来の意味は「恐怖」です。

死ななきゃ変身できない(1巻より)

 星が「自殺志願者を他殺するフォビア」を倒すために手にしたのは、魔導のロープ。首を括った者に、超常の戦う力を与えてくれるというもの。つまり戦う度に首を括らないといけない。自分で死ねなくなったとはいえ、これは正直怖い。「もっとシンプルなステッキとかにしてやれよ!」と思うのですが、過去の自分を殺す覚悟と勇気を持った“自殺の才能”がある人間だからこそできる行動なので、ある意味フォビアみたいな精神に巣くう相手に向き合えるかどうかの試金石なんでしょう。

魔法少女だ!(1巻より)

 首吊少女(ハングドガール)に変身した星。フォビアを倒し、自殺志願者を救済するようになります。彼女がフォビアを倒すことにしたのは、フォビアに苦しめられている人を助けたかったから。結果として自殺者を救った状態ではありますが、これはあくまでも自殺を直接止めたわけではないのは注意しておきたいところ。

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 そもそも、星が明るく死のうとしていたのは、そこに人生最高のキラキラを見いだしていたからです。彼女がフォビアを倒し人を救うことで歓びを得てよりキラキラできるなら、そちらを優先して選ぶはず。彼女は絶対に、ネガティブになりません。これこそが彼女の才能であり、作者が考える「ポジティブ」。

魔法少女になった星の覚悟

 ところで「死んでもできません」というセリフ、死ぬつもりゼロな日常生活でも使うと思います。この作品では星が、フォビアの悪行を前にした際に用います。こうなると一般的な「死んでも」とちょっと意味合いが変わってくる。

 魔法少女に変身するには首を括る必要があるため、彼女は何度も「自殺」します。本当に「死んでも(見殺しに)できません」――「死んで助けます」を実行しているのです。こういう言葉いじりと作画のパッションがかみ合って、インパクトのあるシーンが生まれています。

ニーテェの格言にもある姿勢をとる(1巻より)

 「深淵を覗く時 深淵もまたこちらを覗いているのだ」。ニーチェの一節も、ネット上ではミーム化して色んな意味を持つようになりましたが、この作品では割とはっきりした解釈になっています。フォビアと戦うことで自殺志願者の負の心に触れ続ければ、自身の精神も負傷してしまう。だからむやみに戦い続けず「生きる歓び」を得て浄化しないといけない。「メンタルケアしなさいよ」という話。

 でもこれが一番むずかしい。彼女が自身のメンタルを回復し、「死んでもできません」を乗り越え続ける強靭な意志を保てる秘訣は……ここはぜひマンガ本編で。かなり無敵感のある才能です。

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メンタルを絵で描く

 星が戦うフォビアは、人の心を砕いて陰鬱にさせ死においやる存在です。となってくるとデザインが重要になってくる。ここは作者・中山敦支の才能がフルに発揮される部分です。ポジティブガール星をも引かせるコマの数々、不安を形にするとこうなるのか。

生理的にくるやつ(1巻より)

 自殺志願者の4人が、自らの意志ではなく首吊に臨むシーン。こうしてみると間違いなく他殺です。8体のフォビアはいずれも大変気持ち悪く、このデザインセンスは中山敦支の過去作『トラウマイスタ』から蓄積されつづけています。『トラウマイスタ』はトラウマを克服してそれを味方につけていく話。トラウマが具象化されたキャラクターとして表現されており、そのデザインが秀逸。ちょっと前の作品ですが『スーサイドガール』が好きな人なら確実にハマる表現山盛りなので、ぜひ読んでみてください。

自殺をポジティブに捉える意味

金門橋満天(1巻より)

 もう1人のスーサイドガール金門橋満天(きんもんばし まんてん)も1巻後半から登場します。彼女は星と別の意味で、ポジティブな自殺について考えている人物。

 「まるで自殺を悪いことだと決めつけるような口ぶりだね? 自分の人生を自分で終わらせることの何がいけないの?」「人には自殺を……いや“自死”を選ぶ権利がある …だけどフォビアはそんな人間の尊厳を無理やり盗み取る」

ポジティブな自殺の意味は作中でしっかり描かれています(1巻より)

 星は満天の意見を頭ごなしにNOと言いません。そもそも間違いだと断定はできない。ただちゃんとした理由の元に、満天に死んでほしくない、という思いの理由を語っています。

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 キャラクターたちが「自殺」の問題についてそれぞれしっかりとした哲学を持っているのがこの作品の特徴。行動には必ず理由があります。おのおのの死生観や自殺観は会話で合致するわけではないです。ただ死ぬつもりで出したそれぞれの答えに対し、理解は示すし、尊重もするし、自身の意見は押し付けない程度に言う。

 人の心は変わるもの。「絶対死なない」と決意して生きるよりも、一生懸命最高の形で死ぬために一生懸命生きる方がトータルで見ればポジティブになる人もいることが作中で語られます。死のことを考えないよりは、念頭に置いておいたほうが日々充実するかもしれない。少なくとも星はそういう子です。

 自殺の話はどうしても本能的に拒絶反応が出やすいし、タブー扱いされる部分も多々あります。だからこそのフィクションです。自殺オフ会や自殺配信など生々しい話も避けずに題材として扱い、それに対しての作品としての考え方は星の視線を通して明示されます。

 生と死は隣り合わせ。誰だって簡単に死ねてしまう。だからこそを心の穴に魔は入るけれども、同時に光も入れることができる。『スーサイドガール』はそこをダイレクトに描いた作品ですが、もともとヒーローや魔法少女やアイドルやエンタテインメントの存在は同じ意味を持っているんじゃないか。「○○に救われた」みたいな発言は、フォビアから助けられたってことかもしれない

 自殺の意味に向き合い、首を括り続けて戦う星、現時点では負ける気がしません。負けても勝つまで戦う、くらいの勢いです。星は登場人物だけでなく、読者の心をも救う存在になる才能がある子のはずです。

星がもたらす生のインフルエンス(2巻より)

たまごまご

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