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「この作品を日本で作る意味を意識した」 イシグロキョウヘイ監督に聞くNetflix映画『ブライト:サムライソウル』(2/2 ページ)

版画からインスピレーションを得た映像表現にも注目の作品。監督インタビューで作品に迫ります。

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マスロックとアニメの融合が、僕なりに実現できた


聞きにくい質問にも優しく答えてくれるイシグロ監督。ありがてぇ……

―― やはりそうでしたか。スッキリしましたのでここからは分野ごとにお聞きしていきます。まず音楽について。LITE(らいと)さんが手掛けることになったいきさつを教えてください。

イシグロ Netflixオリジナルの作品で僕が監督させてもらえるなら、好きなものを提示したかったんです。僕は10年ぐらい前からLITEのファンですが、LITEはジャンルでいうとマスロック、昔でいうプログレのバンド。今作のオファーをいただく前から、いつかマスロックをアクションアニメに使いたいと思っていました。間を作る音楽であるマスロックとアクションは絶対合うと確信していたんです。

 あとは、リーダーの武田(信幸)さんにも伝えたのですが、ギターの音が刀のつばぜり合いの音に似ているように感じていました。そのインスピレーションがあったので、明治維新の侍を描くとなったときに「つばぜり合いある! これはLITEにオファーするのがいいんじゃないか?」と櫻井さんに提案したところ、オファー出しましょうと。その後、僕が直接彼らにメールしたのですが、ありがたいことにすぐに返事が来てぜひにということだったので、「これでいけるぞ」と。

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―― 作業はどのように進めていったのでしょう。

イシグロ アニメに限らず、映像作品で音楽、劇伴を発注するパターンが幾つかあります。例えば、映像が全部出来上がった後に、それに合わせて場面ごとに作曲していくフィルムスコア。ハリウッドでは主流ですね。アニメだと、シナリオをシーンの状況で分解し、例えば“バトル1”“日常シーン1”などにジャンル分けしてまとめた音楽メニュー表を作ることが多いです。これに合わせて作曲してもらうわけです。

―― 以前、神前暁(こうさき さとる)さんにインタビューさせていただいた際にもフィルムスコアの話は出てきました。

イシグロ ただ今回は、LITEはバンドミュージシャンであって劇伴の作り方には慣れていないので、イメージアルバム方式を採用しました。これはシナリオやキャラクターデザインの絵をLITEの皆さんに見ていただいて、それにインスピレーションを受けた曲を映像に先駆けて作っていく方式です。

 デモ曲は全部で6曲くらい。それを制作途中の映像にあて、編集して、また戻してリアレンジしてもらい、完成に近づけるという流れです。フィルムスコアとメニュー表方式をミックスしたような作り方で、僕のやりたいこととLITEの音楽性が両立していて、とても良かったです。

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―― 殺陣の間合いと盛り上がりのタイミングと、空気が変わりますね。

イシグロ あれ、音楽主導なんです。音楽の間を生かして、ここに映像を当てようと決める。ただ映像に当てる際、少し曲をエディットしています。もともとのデモとは構成を変えていて、LITEの曲に踏み込んで自分もちょっと参加するような感覚で編集したものを提案しました。僕もファンなので踏み込むのは怖い部分もあるんですが、大変光栄でした。

―― 仕上がって、あらためて音楽面で一番良かったと思う部分は?

イシグロ 間を作れたところ。

 お話しした通り、マスロックとアニメの融合が、僕なりに実現できた。今までは劇伴を間で切って映像を展開しようと試みてもなかなかうまくいきませんでした。それが今作ではイメージ通りに実現できたことがうれしかったです。

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 もう一点は、映像に合わせて音楽のテンポがだんだん速くなる演出にもチャレンジできたこと。武田さんに発注するときに、だんだんテンポが速くなる曲を作ってくださいと伝えていて、その曲を物語の状況がだんだん悪い方向に向かっていくシーンに当て、映像と音楽をリンクさせました。これも前々からやりたかった演出でした。こういう難しい音楽演出にも今回チャレンジできましたし、得るものが大きかったです。

版画家・吉田博調の美術を目指したルック

―― 次に美術面ですが、目を見張るシーンがたくさんありました。私は2018年に劇場公開された映画「ニンジャバットマン」に通ずるようなルックだと思いましたが、版画っぽさのある絵作りが生まれていくまでを教えてください

イシグロ 先ほど、日本で育った僕たちが作るものに作品の意義があると話しましたが、インスピレーション元は、明治や大正時代に活躍した吉田博という版画家です。

 新版画といわれるジャンルの方で、西洋的な立体感のある構図を版画に落とし込んでいるのが特徴です。この吉田博調の美術を目指しました。背景のディテールやシルエットのバランスをとりながら版画調の美術に落とし込むイメージをつけ、スタッフに具現化してもらったんです。

 美術に関しては、僕はイメージを伝えただけで、アレクトのスタッフたちが頑張って3Dに落とし込んでくれました。僕が関与しているのは最初の取っ掛かりだけで、彼らがああいう形に落とし込んでくれたことがとてもうれしかったです。

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 僕はよくスタッフに言っていたんですが、「スパイダーバース」のスタッフが絶対に思い付かないようなルックにしたい、と。僕たちは日本で育って日本から世界に向けて、Netflixというプラットフォームを通じて作品を作る。「スパイダーバース」のようなアメコミ調の作品はアメリカ人でないと作れないかもしれない。でも僕たちにはこんなにも豊かな歴史の積み重ねがあり、吉田博のようなすごい美術家が100年以上前にすでに存在した国で育って、だったら作れるのは僕らしかいないんだと、全体のルックも含めて今回の美術のコンセプトにつなげました。

―― ふすまの細かな柄のデザインなどにも目が行きましたが、監督自身もこんな細かな部分までやってくれたんだと驚きましたか?

イシグロ そうですね。序盤の舞台は京都ですが、街全体を3Dで作っています。どこにカメラを振っても大丈夫なようになっていることに、アレクトのスタッフの根性を見ました。それを生かせるようなシチュエーションを幾つか作りました。建物一つ一つの作り込みやルックの落とし込みの努力もありますが、街全体があることにまず感動し、アレクトは本当にすごいなと思いました。

―― 京都の街全体を生かせたシーンはありましたか。

イシグロ 遊郭の周辺で盗賊団に襲われるシーンなどです。シチュエーションを考えるときに、街の中でドローンを飛ばすような気持ちでどこにしようか選ぶことができました。

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 仕上がった映像では、ピンポイントで裏路地しか写っていなかったりしますが、背後にあるものが全部作られているので仕上がりが明らかに違います。黒澤明監督みたいなものですよね。引き出しの中にも薬を全部入れている、というような。それと同じ感覚が遊郭周辺で襲われるシーンなどにあります。奥の方の建物も全部あるので、それを感じてほしいです。息づく生活があるので。

「作画アニメをメインにやっている僕にとって神様のような人」が手掛けたキャラクターデザイン

―― 次にキャラクターデザインについて聞かせてください。

イシグロ 山形厚史さんにお願いしました。作画アニメをメインにやっている僕にとって山形さんは神様のような人で、仕事をご一緒できたことがまずうれしかったです。

 キャラクターデザインは、山形さんにほぼ一任しました。僕は割と、デザイナーさんのインスピレーションに委ねるタイプ。なぜなら僕は絵が描けないから。大枠の説明はしますが、それはキャラクターが抱えている背後関係や性格についてです。

 イゾウのデザインは、山形さんが一番詳しいと思います。創り上げてくれたイゾウ、片目の侍のイメージには本当に満足していますし、色気がある。山形さんに感謝しています。

―― 主役の3人のデザインのでこぼこなシルエットもよかったです。3人の並びはどう考えられたんですか。

イシグロ 3人の並びで山を作れる感じはオーダーしましたが、インスピレーションの元になるようなポイントしか伝えませんでした。コンビ感が出る感じにしてほしい、くらいに留め、山形さんのイメージが固まりすぎないよう注意しました。基本的には山形さんが思い描くデザインを生かしたかったので、あえて山形さんのインスピレーション元になるようなことしか言いませんでした。

―― 特にソーニャは、なかなか思い付かないキャラクターですね。

イシグロ エルフの孤児、これは守らなきゃいけない要素でした。「猫っぽいイメージが僕の中にあるんですが、山形さんはどうですか?」というようなオーダーの仕方でした。山形さんのような一流デザイナーの力量はすごい。絵の魅力というか、デザインとしての秀逸さというか。

 僕の求めている猫っぽさは、最初は警戒心が強くて髪が逆立っている、けど心を許すと近づいてくる感じですが、デザインからそれが伝わってきます。一方で、エルフのかれんさも失われてはおらず、絶妙なバランスでデザインされていますよね。

―― ボイスキャストについて、MIYAVIさんなどマルチなタレントの方々が集結した気がします。どのような演出でしたか。

イシグロ これもNetflixの自由さの話につながりますが、キャスティングはほぼ僕に預けていただきました。MIYAVIさんが素晴らしい声の持ち主だと知っていましたし、個人的にもファンだったので、どこかでMIYAVIさんの声、お芝居がはまるキャラクターがないかと、イゾウ役の野村裕基くんと同様、探していました。

 キャスティングを考える際、コウケツの底知れぬ恐ろしさや、色気も含めて表現できるのは、MIYAVIさんなんじゃないかと思ったのがきっかけです。引き受けてもらえるか分からなかったけれど、オファーを出したら興味持ってくれたのがうれしかったですね。

 イゾウ役の野村裕基くん、ライデン役の平川大輔さん、ソーニャ役の若山詩音さん、みんなすごかったですが、MIYAVIさんには格段のプロフェッショナリズムを感じました。声のみの芝居は初めてだったのですが、彼の中では自分で納得のいくレベルに持っていかなければ嫌だったようで、自主的にボイストレーニングをされていたらしいです。それを聞いて、世界的に活躍されている方がそこまでするのかと、意外というか驚きで、かなりうれしかったです。コウケツの底知れぬ雰囲気を作ってくれて大満足です。

―― MIYAVIさんのしびれたシーンを教えてください。

イシグロ コウケツと大久保利通が掛け合うシーンで、「そうは思いませんか、大久保利通公」というせりふがあります。今回MIYAVIさんには、アニメの芝居をメロディーに例えて説明させていただいたんです。メロディー的な声のトーン、キーのコントロールはシンガーなので巧みですが、「そう」と「大久保利通公」の入りがミュージシャン的だったんです。アニメや吹き替えを主体にしている声優さんには、なかなか思い付かない芝居だと思います。これを聞けただけでも、MIYAVIさんにお願いした意味がありましたし、注目してほしいです。

―― 主役の3人の掛け合いも多いですが、印象的だったのは?

イシグロ イゾウ、ライデン、ソーニャを演じる裕基くん、平川さん、若山さんの3人は、本当は同じブースに入って掛け合いをする予定でした。でもコロナの影響もあって、平川さんと若山さん組、後日単独で裕基くんが入る形で収録することになりました。


主要キャストを演じた野村裕基さん、平川大輔さん、若山詩音さん

 ただ、見ていただくと分かりますが、3人がそこに一緒にいて会話しているとしか思えないような仕上がりになっています。それが顕著なのが、イゾウが二日酔いになって歩きながら3人で会話するシーン。ソーニャのキンキン声にイゾウが、ちょっとよせ、と声を大きくするところなどは、別録りとは信じられないんじゃないかな。

 平川さんと若山さんは普段からアニメの仕事をされているので、別撮りに慣れているんですが、裕基くんはそもそもアニメの芝居自体が初めてですから、そこに相手役がいるかどうかの影響は大きい。それでもあのお芝居、二日酔いっぽい雰囲気をちゃんと作れるのは、底知れないですね。日常シーンの中でも注目してほしい箇所です。

 裕基くんにイゾウ役をお願いすることも僕が切望しました。彼は彼で、いきなり声優をやってほしいと言われても不安だったでしょうが、僕は彼が狂言の舞台で見せる芝居も知っていたので、声の魅力やもともと持っているポテンシャルは以前から注目していました。

 舞台芸術とアニメの芝居は根底が似通っている部分もあるので、やり方さえつかんでくれれば、アニメの芝居をするのは問題ないと確信していました。全編通して素晴らしい演技をいただけたので、大満足です。これが声優初挑戦だなんて信じられないくらいクオリティーの高いお芝居をされていますから、こちらも注目してほしいです。

「新世紀エヴァンゲリオン」がイシグロ少年に与えたインパクト

―― 少し話を変えますが、Netflix作品全般についてはどんな印象をお持ちですか?

イシグロ 間もなく2歳になろうとしている子どもが最近テレビを見始めまして、Netflix作品に触れることが多くなったんです。「機関車トーマス」なんですが、リピート率がすごい。せりふまで覚えてしまうくらいで、大変お世話になっています。起動時にどどーんと音が鳴ってNの文字が出ると息子が喜びます(笑)。

 オリジナル作品でお勧めしたいのは「ゲットダウン」。70年代のニューヨークが舞台で、ヒップホップが生まれた瞬間が描かれているドラマシリーズ。ヒップホップの歴史がフィクションとノンフィクションを入り混ぜながら描かれていて秀逸です。

 2021年は今作の他、「サイダーのように言葉が湧き上がる」という映画を公開したのですが、そのインスピレーション元が「ゲットダウン」第1話のラストシーンにあります。「サイダー」を見た後に「ゲットダウン」を見ると、こういう形でインスピレーションを受けたんだなと分かってもらえるはずです。

―― なるほど。アニメ監督として、一番影響を受けた作品は?

イシグロ 初めてアニメを意識したのは「新世紀エヴァンゲリオン」でした。僕は中3のときにリアルタイムで観ていたんですが、人生変わりますね。その後も大好きな作品が幾つも生まれましたが、因数分解していくと最終的に「エヴァ」に行き着きます。僕の世代の人はみんなそうなんだと思うんですけど、僕も多分に影響を受けています。

―― 一番ハマった部分を分析すると、どの辺りでしょうか。

イシグロ 1995年前後の当時は、アニメブームはあったけれど、まだメインカルチャーではありませんでした。そんな時代の空気の中でまだ子どもだった自分が、これは子どもが見ちゃいけない作品だと感じたことが、一番引っかかったと思うんです。

 大人が見る作品というわけじゃなく、子どもが見ちゃいけない作品を見てしまったような感じ。それが一番だったんじゃないかな。内省的な表現、暴力描写や残酷な表現も含め、子どもである僕が見ちゃいけないものを見てしまった。そうなると、もう子どもじゃいられなくなりますよね。そこが今でも引っかかっているのだと思います。

―― ありがとうございます。最後に、コメントをお願いします。

イシグロ 今回Netflixさんという大きなプラットフォームで自分の作品を発表できました。全世界190カ国近くの皆さんに一斉に見ていただけるのはなかなかできないことなので、世界に向けた作品を作ったつもりです。

 ただ、作り方に関しては、日本という島国で生まれ育った自分たちを意識しました。世界中の人たちがこの作品を通して、日本、その文化、根付いてきたものを感じてもらい、イゾウたちがどうこの物語に決着をつけるかも含め、日本を感じながら楽しんでいただけるとうれしいです。どうぞご覧ください。

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