プレスリーはなぜ毒親を断ち切れないまま亡くなったのか「古今東西親との関係は難しい」 “エルヴィス”主演オースティン・バトラー、来日インタビュー
知る人ぞ知る存在から、世界的スターに。
20世紀のアメリカ音楽を代表するシンガー、エルヴィス・プレスリーの生涯を描く映画「エルヴィス」が7月1日から公開されています。
プレスリーを演じるのは30歳の俳優オースティン・バトラー。子役デビュー以来「シャーペイのファビュラス・アドベンチャー」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」といった作品に出演し、知る人ぞ知る存在でしたが初の大作主演で名前を挙げ、2023年のアカデミー賞候補とも目されるほどに。急速にスターダムを駆け上がる姿はプレスリーと重なります。
パンデミックでの撮影中断を挟んで約3年、「自分の全てをこの作品にささげた」と語るオースティン。プレスリーとしてパフォーマンスをこなすだけでなく、自ら名曲を歌唱するシーンもふんだんに使われ、責任とプレッシャーは並のものではなかったといいます。山あり谷ありだったという「エルヴィス」について、公開直前に来日していたオースティンに話を聞きました。
撮影終了後に入院 全身全霊をささげ尽くしたエルヴィス・プレスリーという大役
監督を務めたのは「ロミオ+ジュリエット」「ムーラン・ルージュ」のバズ・ラーマン。注目度の高い作品をやり遂げたことで、あっという間に人気スターの座を獲得し、オースティンを取り巻く状況は急速に変化し続けています。そのためバズは旧知の俳優レオナルド・ディカプリオに助けを借りたそうです。
―― 声、表情、立ち居振る舞いや歌声、エルヴィスを構成する要素はたくさんありますが、オースティンからエルヴィスへどう変わっていったのですか?
オースティン・バトラー(以下、オースティン) 2年あったからいろいろやったよ。方言、歌、ダンス、カラテ、さまざまなコーチやインストラクターの手助けに恵まれた。最も助けになったのは、どこにいても全てを吸収して、彼の人間性を学んだこと。結局は僕とエルヴィスの魂がどこまで共鳴し合えるかがカギになるからね。
1950年代から70時代まで、時代ごとに変化していくエルヴィスに自分の魂が重ねられるようにするのは、外見の再現よりも内面で何を感じているかが大切。彼の経歴を勉強して、自分の経験と照らし合わせた。
―― 撮影終了後に倒れて病院へ運ばれたとの記事を読みました。プレッシャーもあり、また若くして亡くなったエルヴィスの人生を考えても重たい役だと思いますが、心身への影響は大きかったのでしょうか。
オースティン 入院は事実だ。どう表現したものかな……撮影を通じて恐怖との付き合い方が変わった。大役への責任を感じたし恐怖心もある中で、毎日これらと折り合いをつけていく必要があった。それはまさにエルヴィスが経験したのと同じことで、影響が大きかった。
僕にはいまだに神経質なところがあるけれど、ネガティブな感情とも正しく付き合えば素晴らしいものをクリエイトできる。この2年間は「エルヴィス」という作品に人生丸ごと賭けてきた。完全に没頭し浮き沈みも経験する中で、エルヴィス・プレスリーという人物の生涯さまざまな局面を経験した。2年間それしかなかったから、撮影が終わったときには自分が誰だかすら思い出せないほどだったよ。
強欲マネジャーを断ち切れなかったプレスリー 現代の社会問題と重なる“毒親”の呪縛
エルヴィス・プレスリーが一介のトラック運転手から大人気スターになるまでを描く傍ら、同作には1950年代に彼を発掘してから1977年に死去するまで生涯プレスリーの側でらつ腕を振るったマネジャー、トム・パーカー大佐の存在が強調されています。
現在まで続くショービジネスの在り方を築いたパイオニアでありながら、エルヴィスの稼いだうち5割を懐に入れる強欲ぶりでも知られ、経歴もうそだらけと黒いうわさの絶えない人物で、“エルヴィス・プレスリーを殺した男”との悪評は現在まで付きまとっています。
―― 重い話が続きますが、パーカー大佐はエルヴィスにとって父親のような存在で、実の父親と一緒になってエルヴィスを搾取する描写は胸が痛むものでした。日本には“毒親”という言葉があり、悪影響を及ぼす親との関係が注目されています。エルヴィスはどうして彼らを断ち切れず、悲劇的な最期を迎えるに至ったのか、演じていて感じたことはありますか?
オースティン エルヴィスとパーカー大佐の関係を考えるとき、ただ“悪役”とするのは単純化しすぎだと思う。多くの人が大佐はストーリー上の悪役だと思っているけれどね。
僕自身もここ数年、可能な限りなぜエルヴィスが大佐との縁を切れなかったのか考えてきたけれど、ひとつは彼がとても忠義深い人物だったからだ。大佐がキャリア初期の自分にしてくれた恩を生涯忘れられなかったのだろう。
同時に大佐は、エルヴィスが最もつらい時期にそばにいてくれた存在でもある。彼が母親を亡くしたときにね。エルヴィスは父親のことも好きだったけれど彼は不在がちで、その場にいたとしても頼りになる存在ではなかった。
古今東西を問わず、親との関係は難しいもの。たとえ善意しかなくても「育ててくれたから」と大きく気負ってしまうことがある。エルヴィスは母親との距離が近すぎて、彼女が亡くなったときは彼自身が引き裂かれたも同然だった。そこに大佐がきて、「これをしなさい、私が守ってやる。いつも味方だ」と示すことで、結局(妻の)プリシラや大佐との関係も似たものになってしまった。
大佐はエルヴィスが正しいと信じる“声”だった。エルヴィスは自信と同時に不安定さを持ち合わせていた人物で、「父親や家族、友人を養わなければ」「エルヴィス・プレスリーでいなければ」というプレッシャーに常にさらされていた。
エルヴィスは兵役を追えてから、歌わない映画を2本作った。本格的な役者になりたいと望んでいたからだ。それが興行的に失敗に終わってしまったとき、大佐は「みんな歌わない君には興味がない」と言うんだ。エルヴィスは「そんなことない、まだ続ける」と言えたはず。でも大佐の意見を聞かなければひどいことになる、家を失い家族や友人を養っていけない、愛する人を守れない、自分が忘れられると恐れてしまった。大佐はエルヴィスに意見を聞かせてしまうパワーがあった。
悲しいことに大佐はエルヴィスのクリエイティブな部分を伸ばせず、キャリアにストップをかけた。本人が望んでいた来日公演がついに実現しなかったのもそのひとつだ。日本に来られなかったなんて悲劇だよね。複雑な関係で、愛が介在したのは確かだけれど大佐に主導権があって利用されたんだと思う。……ごめん、ちょっと熱く語りすぎたようだ。
巨匠バズ・ラーマンは、オースティン・バトラーにとってのパーカー大佐? 本人の見解は
―― バズ・ラーマンの印象はいかがでしたか?
オースティン あぁ、バズ! バズ、大好きだよ。世界で一番好きな人だし、元から彼の映画のファンだった。コラボできて幸せだよ。
―― 派手でエネルギッシュな方で、スクリーンを通じてその人柄が伝わってきます。
オースティン バズみたいな人は他にいないね! 誰よりエネルギーにあふれているし、1日も休まないんだよ。プレスの段階になっても、どうしたら作品をより多くの観客に見てもらえるのか、頭にあるのはそれだけ。彼の情熱は誰とも比較できない。
―― 「大好き」と言っているところに恐縮ですが、「エルヴィス」という作品があなたにとって大きな転換点となったという意味で、バズ・ラーマン監督はあなたにとってのパーカー大佐という見方もできます。同意できる共通点はありますか? もしくは全く似ていないのでしょうか。
オースティン (笑って)おかしいよね、バズが自分で「僕はパーカー大佐だ」って言っているんだ。大佐はものを売ることにとても長けていて、この映画を宣伝する行為を指して「大佐になってしまった」とネタにしている。僕らの関係はずっと健全だよ!
―― ちなみに監督のインタビューでは、大佐について「キモい」とバッサリ斬っていました。
オースティン バズは全然キモくないよ(笑)。
―― 最後に、あなたにとって映画とは何かを教えてください。
オースティン 映画は人間について多くを教えてくれるもの。人間である、とはどういうことなのか。違うことを考える人に共感できる、だから映画が好きだ。世界中の映画が好きだ。
黒澤明の作品を見たときに、自分とは全く縁がなかった文化に没頭し、その世界観に共感し理解できた。劇場でたくさんのことを学んだ。劇場を出るときはいつも世界が明るく見えるし、愛を感じられる。知らないものについても愛が湧き上がってくるんだ。
タイトル:『エルヴィス』
公開表記:7月1日(金)ROADSHOW
配給表記:ワーナー・ブラザース映画
監督:バズ・ラーマン『ムーラン・ルージュ』
出演:オースティン・バトラー(『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』/2度のアカデミー賞受賞俳優トム・ハンクス『フォレスト・ガンプ/一期一会』/オリヴィア・デヨング(『ヴィジット』)/コディ・スミット=マクフィー(アカデミー賞助演男優賞ノミネート 『パワー・オブ・ザ・ドッグ』)
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