150年間の「駅」の変化を21秒の動画にしてみた 「あっ消えた……」鉄路の栄枯盛衰が見ていて辛くなる(2/3 ページ)
無残に消えていく路線は涙なしには見られません。
現在の「日本最北端」「日本最南端」は大正時代以降に開業
日本最北端の稚内駅が開業したのは1922年(大正11年)。その後1930年(昭和5年)に指宿枕崎線が開業し、1934年(昭和9年)に延伸部分が開業したことで、現在と同じ最南端の路線が誕生しました。現在のJRの「最北端」と「最南端」の路線は、この時点から90年近く変わっていないことになります。
その後日本は太平洋戦争へと突入していきます。戦時中は資材不足などによって新たな路線はなかなか生まれていません。とはいえ都心部を中心に、新たな路線が生まれています。
東海道新幹線の開業と赤字路線廃止の流れが到来する高度経済成長期
東海道新幹線が開業した1964年(昭和39年)は高度経済成長期真っただ中。北海道には4000キロ以上の路線があり、網目のように張り巡らされていました。しかし国鉄の赤字がかさんでいく中で、赤字の路線を廃止しようという動きが広がります。
国鉄時代の有名な出来事の一つが、1968年(昭和43年)に発表された「赤字83線」。ここから徐々に廃止になる路線が増えていきました。そして1980年(昭和55年)に制定された「国鉄再建法」により、赤字路線や閑散路線がさらに廃止されていき、20年程度で悲しくなるほど路線が廃止されています。
1988年(昭和63年)には明るい話題もあり、今まで「青函連絡船」「宇高連絡船」として船で結ばれていた本州と北海道、四国がそれぞれ青函トンネルと瀬戸大橋によって結ばれました。その一方で、北海道内の鉄路はさらに廃止されていき、現在と大きく変わらない路線網となっています。
民営化で廃止の波はいったん落ち着くも、ここ10年は再び不穏に
そして国鉄分割民営化を迎え、JRになってからは各地の廃線の波はいったん落ち着いていました。しかしここ10年をみると、また廃線の波が無情にも押し寄せている状況が見て取れます。北海道をはじめとして、本州でも廃線となる路線が出てきています。
作成者のにゃんこそばさんも「タイムマシンでこの地図の続きを見てみたい」と投稿していますが、さて10年後、20年後の日本の鉄道網はどのようになっているのか、知りたいような知りたくないような複雑な気持ちになりますね。
にゃんこそばさんの投稿ツリーでは、全国の駅の変化に加えて、地域ごとに拡大して変化を確認できる動画も公開しています。
(お詫びと訂正 2022/11/14 21:51)指宿枕崎線がJRの最南端路線となった時期に誤りがあったため、本文を一部修正しました。お詫びして訂正いたします。
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