夏間近。姿を現した美しき星空の怪物、さそり座は今どこに?
雲の垂れこめる日々が続く梅雨。星空鑑賞にはもっとも不向きな季節と言えます。しかもこの時期、北半球は夏至の後で夜の時間も短くなります。そんな仲夏の候、東南の空には赤い妖星アンタレスを擁し、大きなS字を描くカギ尾が印象的なさそり座が姿を見せ始め、夏の短い期間の見ごろが始まります。
かつての名星座も今や「希少種」? さそり座が見つけにくい理由とは…
てんびん座、いて座とともに、黄道十二宮(十二獣帯)では夏の星座に数えられるさそり座(Scorpius)。夏至が近づくとともに東南方向から姿を現して高度を上げ、夏を通して見ごろを迎えるのですが、十二宮を帯同する黄道(天球を一年かけて移動する太陽のコース)は、冬は天頂付近高くに位置するのに対し、夏は真逆で、地平付近の低くに位置します。
昼間の太陽の高度が、夏は空高く、冬は低い位置を移動することのちょうど真逆になると考えればわかりやすいでしょう。
このため、夏の十二宮星座の見られる期間や時間が短く、もっとも「見えづらい」星座群と言えます。さそり座の南中高度は約28°で、いて座の26°についで低く、観測できる期間がきわめて長いふたご座の77°、かに座の75°の高度とは対照的と言えます。
肉眼星数は62、T字型の頭部から、胸付近に輝くα星のアンタレス(Antares)を経て、天の川に浸った下半身は、ぐにゃりと曲がったサソリの長い尾が連なる、きわめて印象深い星座です。一等星であるα星の他、二等星が5つもあり、明るく非常にわかりやすい星座なのですが、惜しむらくは高度が低いことで、近年では夜遅くまで灯りが多く、高い建物などの遮蔽物も多い都市部では、この名星座を見ることがなかなか難しくなっています。
唯一無比の赤き妖星アンタレス。規格外のその本体
アンタレス(Antares)は、さそり座のα星で、両鋏を掲げ、毒尾を禍々しくくねらせた見事なサソリの図像の、ほぼ胸付近にあたる星です。
このため「サソリの心臓」に喩えられます(宮沢賢治の『星めぐりの歌』ではアンタレスを『赤い目玉』と表現していて、これは図像上では誤りですが、賢治の想像の中ではそのように感じられたのでしょう)。
明るいアンタレスA(主星)と暗いアンタレスB(伴星)とによる連星ですが、両星の距離は極めて遠く、アンタレスBがアンタレスAを一周する周期はおよそ850年という途方もないもの。
アンタレスAは全天21の一等星の一つですが、周期4.7年(または6年)かけて光度が0.88等から1.16等まで変化する(変光度は観測により諸説あり)不規則型脈動変光星(星が周期的に不規則な光度変化を起こすタイプの変光星)で、まさに脈打つ「心臓」のようです。地球からの距離は約420光年。直径が太陽の720倍にもなる超巨星で、光度も太陽の4万倍~12万倍にもなるというとてつもないスケールですが、表面温度が3,200度と低いため(太陽は約6,000度)、低いほど赤い色となる星の法則に基づき、印象的な赤い色で見えます。
それは赤い砂塵に覆われた惑星・火星の赤にも匹敵するほどで、「アンタレス」の名は「火星=アーレス(ares)に抗する(anti)」の意味から「Anti-Ares」の意味であると解釈されるのが一般的です。「アンチ(アンタイ)」という言葉には、反〇〇、抗〇〇といった日本語の文脈で使われる以外に非〇〇、不〇〇、つまり「〇〇ではない(もう一方の)もの」という意味合いもあり、そう考えれば、アンタレスも「対抗する」というよりは「火星に匹敵するもう一つの赤い星」という意味で名付けられたのでしょう。
和名「魚釣り星」。夏の夜にさそり座をさがしてみましょう
さそり座にまつわる神話と言えば、海神ポセイドンと巨人族タイターンの血を引くと言われ、ギリシャ神話初期の原始的な英雄の性質を担っているとも言える巨人オリオンとの因縁が有名です。
オリオンは狩猟神アルテミスとともにクレーテー島で狩猟に勤しんでいましたが、あるとき、自身の腕を鼻にかけるあまり、この世のあらゆる野獣を私は射止めることができる、と豪語したために大地の女神ゲー(ガイア)は怒り(ギリシャの神々は総じて人間の驕りをもっとも嫌い、常に罰を与えます)、一匹の大サソリをオリオンに差し向け、その毒針で命を奪った、と伝わります。こうして空に上げられたオリオンは、夜空でもサソリから逃げ回っているというオチが付きます。
もっとも、こうした神話ができる以前からさそり座のかたちは砂漠の民たちにとってサソリの図像として捉えられていたと言われますから、夏と冬、それぞれを代表する目立つ星座が夜空で同居しないことを面白い物語として後に解釈した、ということでしょう。サソリが星座にされたいわれも語られないのは、神話物語の生まれる以前の遠い昔から、さそり座はサソリの星として空にあったからにほかなりません。
梅雨の晴れ間、南東の低空にうねるような「S」と「J」を合わせたようなかたちで連なって瞬くさそり座を、日本ではしだれ柳の枝に喩えて「やなぎ星」、また、真夏を迎えて南の空に映ったさそり座が回転し、サソリの尾が高く掲げられた姿を、針にかかった魚を釣り上げて跳ね上がった釣り糸に見立てて「魚釣り星」「鯛釣り星」などと呼びならわしてきました。
また、α星アンタレスのみを単体で「赤星」とも呼びました。これは、冬の青白い輝星・シリウスの和名「青星」に対応し、ギラギラと刺すように冷たく輝くおおいぬ座のシリウスと、朦朧として生き物のように妖しく脈打つ赤いアンタレスを、私たちの先祖も対比して観望していたことをうかがわせます。
面白い呼称としては、アンタレスとその両隣にある二つの星、左側のσ(シグマ)星アル・ニヤト、右側のτ(タウ)星パイカウハレとが、丁度アンタレスを支点にした天秤、またヤジロベエのようなへの字型に見えるために、籠担ぎ星、ぼて振りの行商に見立てて商人(あきんど)星、などと呼んで親しみました。この変則的な三ッ星も、冬のオリオンの三ッ星と対応する「夏の三ッ星」と見られていたようです。
中国の史書『書経』(古代~BC7世紀ごろ)のうち天体の記述がみられる『堯典』には、
日は永く 星火を以て仲夏を正す
とあり、星火=アンタレスが、紀元前の時代にはちょうど夏至の頃にアンタレスが極上正中(一年のうちでもっとも高度の高い南中)を迎えていた時代があったために(現在のアンタレスの極上正中は七月下旬)、夏を制御し、支配する星であるという信仰があったようです。
一方でその赤い色を「鶏血を滴らせるごとし」と譬え、南空でもう一つの「紅い星」火星とアンタレスが接近することを、世に重大な災いをもたらす凶兆としました。古くは火星を熒惑(けいこく/けいわく)と呼び、熒惑が二十八宿のさそり座が位置する心宿に入ることを凶事と捉えていたのです。
中央アメリカのマヤ族もまたアンタレスを死神の星としました。
火星とアンタレスの接近、見てみたいような見たくないような、ホラー映画のような心理を抱いてしまいますね。直近では2021年の12月に起きています。およそ二年に一度起きる現象で災いが起きるのなら大変なことですが、生きることが厳しかった古代には、そのように信仰されていたのでしょう。
(参考・参照)
星空図鑑 藤井旭 ポプラ社
新星座巡礼 野尻抱影 中央公論新社
星と伝説 野尻抱影 中央公論新社
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