「ウォンバットは人間大好き」「なでないと鬱になる」 研究者が明かす真相に驚き「別に全然人間大好きじゃない」(2/2 ページ)
「飼育下では寿命が7倍伸びる」といった情報も否定しています。
―― 「ウォンバットは人間が大好き」といった誤情報がたびたび拡散される理由について、研究者である高野さんの見解を伺いたいです
ウォンバットの方から人間に近づき、遊びたがっているように見える映像が時折見られます。これに加え、人間になでてもらわないと鬱になるという情報も相まって「ウォンバットを飼いたい」という声を聞くことも珍しくありません。
ちなみにこの鬱の情報ですが、2016年に豪クイーンズランド州の動物園で飼育されていた、ある1頭のウォンバットの話です。このウォンバットは人間に育てられ、幼いころから多くの来園者に抱っこされながら成長したそうです。つまり、人間と触れ合うことが彼にとっての“普通”だったのです。
しかしサイクロンで園が10週間閉園し、来園者がいなくなったという環境の変化によるストレスの影響で、彼は食欲減退などの鬱症状を見せたのではないかというニュースでした。このような事象はウォンバットにおいてはこの一例だけで、非常にまれなケースだといえると思います。
さて、ウォンバットと人間が触れ合っている映像の真相ですが、あれは親を交通事故などで失い、奇跡的にボランティアさんの元で保護された孤児ウォンバットであるケースがほとんどです。ウォンバットの子どもは生後約24カ月ごろまでお母さんウォンバットの後ろにピッタリくっつきながら自然界で野生のウォンバットとして生き残っていくすべを学びます。
つまり、保護された孤児ウォンバットにとってボランティアさんはお母さん代わり。そこから人間とウォンバットが触れ合っているという部分が切り取られ、ウォンバットは人間が好きであるというイメージを持つ人が出てしまうのです。
これに関しては、ほとんどのボランティアさんがきちんと啓もうしていることですが、ウォンバットの保護にはライセンスやトレーニングが必要である理由や、その個体が保護されることになった経緯、または保護されなければならない個体を減らすために僕ら一般人にできることは何かなど、情報を加えることが大切になってくると個人的には思っています。
ウォンバットに限らず、僕ら人間が野生動物に不必要に接近することは、ケガや感染症のリスクを上昇させるかもしれない上、動物たちの行動や生態を変えてしまうこともあり、人間と動物のどちらにとってもいいことは一つもないといえるでしょう。
ちなみに、ほとんどのウォンバットは2歳ごろになるとホルモンの影響で反抗期のようなものを迎え、母親に対して攻撃的になり、最終的には巣穴から追い出しテリトリーを奪います。多くの孤児ウォンバットにとってこの反抗期こそが野生へ帰るタイミングのサインとなるわけなのです。
そのため、大人になっても人間に懐いているウォンバットは、長い間動物園などで大事に飼育された結果、人間と過ごすことが彼らにとっての“当たり前”となった個体だといえるかもしれません。
―― 研究を続ける中で感じるウォンバットの魅力を教えてください
ウォンバットって本当にかわいいですよね。ずんぐりむっくりな体にモフモフに埋もれそうなつぶらな瞳。内股で歩くところも非常にキュート。しかし、彼らの生息地は夏になれば気温40度を超えるところもあれば、冬になれば雪が積もるところもあります。また山火事が襲うこともあれば、洪水に見舞われることも。
ここからは本当に僕の個人的な意見になってしまうんですが、そんな厳しい自然界で野生のウォンバットたちがウォンバットたちらしく、たくましく生き、次の世代へと命をつないでいく。僕がフィールドに出て、少し離れたところからこちらの様子を全く気にすることなく草を食べているるウォンバットを見るのが好きな理由は、このように野生動物が野生動物らしく生きられる環境があることに美しさを感じるからだと思います。
この記事を読んでくれている方も、もしいつかオーストラリアへ野生のウォンバットを見にくる機会があれば、そんな風にウォンバット観察を楽しんでもらえたらうれしいです。
―― 著書『ウォンバットのうんちはなぜ、四角いのか -数奇なウォンバット研究者の人生-』の読みどころや注目してほしいポイントを教えてください
最近少しずつ知名度が上がってきたとはいえ、コアラやカンガルーなどの有袋類と比較するとまだまだ二軍感を拭えないウォンバット。この本の中に書かれているような彼らの住む森の匂い、風、土の感触、鳥のさえずりなどを、実際にフィールドワークへ一緒に出掛けているように体感してもらい、ウォンバットとはどんな動物でどんな暮らしをしているのかをお伝えできればなと思っています。
また、僕が行っている研究のことやウォンバットを含めた多くの野生動物たちが直面している危機にも触れているので、この本がウォンバットと彼らを取り巻く環境のことなどをいろいろな角度から知り、考えるきっかけになってくれたらうれしいです。
(了)
高野さんのX(Twitter)では、ウォンバットに関するさまざまな発見や、フィールドで出会った野生動物たちなど、大自然の姿を堪能できます。
画像提供:高野光太郎 (@kotaro_womb514)さん
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