震災後、アクセス数は2倍に。変わらぬ日常を伝え続ける、大分合同新聞の「ミニ事件簿」が読まれる理由

大分合同新聞と言えば、ネット上では、身の回りの小さな事件ばかりを扱う「ミニ事件簿」コーナーで有名だ。なぜ「ミニ事件簿」は人々に読まれるのか? 担当者に話をうかがった。

» 2012年01月06日 08時23分 公開
[池谷勇人,ITmedia]

実は30年以上の歴史

 2011年は変化の年だった。3月11日に起こった東日本大震災は、普段なにげなく過ごしていた日常を一変させた。どのメディアでも、しばらくは震災・原発関連の記事が自然と多くなった。

 その一方で、震災以降も変わらぬ「日常」を伝え続けたメディアもあった。大分合同新聞。ネット上では、身の回りの小さな出来事を伝える「ミニ事件簿」コーナーで有名だ。

 「マンホールの中から猫の声が聞こえた」「朝パンを食べてきたのにまたコンビニでパンを買って食べてしまった」――震災以降も「ミニ事件簿」の「ほのぼの」姿勢は変わらず、しばしばネットでは「大分が平和すぎる」「大分でうっかり朝2度目のパンを食べてしまう重大事件が発生」などと話題になった。以前から定期的に注目はされていたが、アクセス数がぐっと伸びたのは4月以降。「以前に比べて2倍以上に伸びました。震災の報道ばかりで滅入っていたところへ、一服の清涼剤のように感じられたのでは」と、広報部長の衛藤良司氏は分析する。

画像 大分合同新聞夕刊に載っている「ミニ事件簿」。とても事件とは言えないような、本当に小さな「ミニ事件」ばかりを扱う人気コーナー

 「ミニ事件簿」コーナーの歴史は意外に古い。ネットで注目されるようになったのは最近だが、大分合同新聞本紙ではなんと、昭和54年の11月1日から続いているという。「それまでにも小さな事件は扱っていたんですが、それをまとめてひとつのコーナーとして扱うようになった。昔は一度に5〜6本くらい載せていたのですが、時代とともに文字が大きくなったり、スペースが小さくなったりして、今は原則、1日1本です」(衛藤氏)

 掲載されるのは大分合同新聞の夕刊。休みは日曜だけで、年間で300本以上の記事が掲載される。俗に「サツまわり」と呼ばれる、警察・消防担当の事件記者が担当するのが通例で、特に新任の若手記者が担当することが多い。小さな事件を扱うことで記事作成の訓練を――というのが狙いのひとつ。また事件記者というのは、人々の悲しみや苦しみに切り込んでいかなければならないハードな仕事。「ミニ事件簿」は、記者にとっても一服の清涼剤となっている。

画像 昭和56年7月1日の「ミニ事件簿」。文字の大きさ、文章量などに微妙な差はあるものの、現在のスタイルはこの頃すでに完成していたことが分かる

 とは言え、作業自体は決して楽ではない。現在、ミニ事件簿を担当しているのは3名。ネタは前日までに探しておき、出社したらすぐに執筆にかかる。夕刊に掲載するためには、午前10時半には文章が完成していなければならない。文章ができたら、「クリエイト室」と呼ばれる部署でイラストを作成し、「整理部」が見出しをつけて原稿の完成だ。「書くこと自体はそんなに大変ではないのですが、面白く書こうとすると難しい。1度は書き上げた記事を消して何度も推敲したりと、他の記事にはない難しさがあります」(「ミニ事件簿」担当記者)

 記事のネタは、担当地区の交番や警察署を回り、雑談の中で引き出していく。若手に「ミニ事件簿」を担当させるのは、地域の警察署との親交を深める意味もある。最初のうちはネタを引き出すだけでも一苦労だが、打ち解けてくると「こんなことがあったよ」と向こうからネタを振ってくれることもあるという。「空いた時間があればなるべく交番をまわるようにしています。狙い目は午前9時15分ごろ。その時間で前夜からの当直職員がちょうど交代になるんです(笑)」と担当記者。こうした細かいノウハウは、歴代の「ミニ事件簿」担当記者の間で代々受け継がれてきたものだ。社内にも「ミニ事件簿」経験者は多く、苦し紛れのネタだとすぐに見抜かれ、ひやかされることもある。

画像 今回取材させていただいた、現在の「ミニ事件簿」担当記者(左)と、大分合同新聞 戦略室 広報部長の衛藤良司氏(右)。事件記者という立場上、名前と顔は非公開でお願いしますとのこと

 実はネットで注目される以前にも、「ミニ事件簿」が全国区で話題になったことがあった。昭和の終わり頃、「さだまさしのセイ!ヤング」という文化放送のラジオ番組が「ミニ事件簿」の面白さに注目し、ユニークな記事をピックアップして紹介する専用のコーナーを設けた。このときは電話で、担当者がさだまさしと記事についてミニトークをしたこともあった。そんなこともあって、大分県民の間で「大分合同新聞のミニ事件簿」と言えばほとんどの人が知っているそうだ。

 昔に比べて少しだけ変わったのは、個人情報やプライバシーにより気を遣うようになったこと。「昔はもっと自由に、いろんな出来事を記事にできた」(衛藤氏)というが、今では当事者に迷惑がかからないよう、記事作成には細心の注意を払う。「大分の新聞社なので、常に大分の人とともにあるという意識は持ち続けていたい。ネタは面白くなければいけないけれど、それで誰かを傷つけるようなことがあってはいけない」と衛藤氏。

「自分が好きなのは、警察官の人柄や人情味が出るような話題。例えばある刑事さんは、なかなか忙しくて家に帰れないけれど、奥さんとはすごくうまく行っている。それで夫婦円満の秘訣を聞くと、2人でウサギを飼っていて、それが“かすがい”になっていると言うんです。普段殺伐としたイメージがある刑事さんの、ほのぼのとした一面。こういうネタは書いていて楽しいし、話題にした人も喜んでくれます」(「ミニ事件簿」担当記者)

画像 一昨年は「デトロイト・メタル・シティ」とコラボレーションした広告も打った。クラウザーさんこと根岸崇一の実家が大分という設定で、作中にもしばしば大分が登場する(スーパー「あべよし」もちゃんとある)

 大きな事件を伝えることだけが新聞の役割ではない。地域に密着し、変わらぬ日常を伝え続けることにも大きな意味がある。震災後、「ミニ事件簿」があちこちで取り上げられるようになったことが、それを証明しているとは言えないだろうか。震災後、テレビ東京がアニメの放送を再開したとき、ネットユーザーの間では大きな話題となった。これからも大分合同新聞が40年、50年と「ミニ事件簿」を続けていけるような、平和な日本であり続けてほしい。

 最後に、今回取材に応じていただいた「ミニ事件簿」の担当記者に、2011年の「ミニ事件簿 ベスト3」を選出してもらった。「変化」の2011年、果たして大分ではどんな大事件が起こっていたのか? 担当記者の一言コメントと合わせて、ぜひお楽しみください。

3位「警察官が“トイレの紙様”に」(2011年8月16日)

画像 「公衆トイレに入ったが紙がない」と別府署に通報。心温まるエピソードと思いきや、最後の警察官のシビアなセリフに「そりゃそうだ」と思わず苦笑
担当記者コメント「紙様(警察官)に感謝。紙を確認する余裕もなかった!?」

2位「税関に疑われた…中身は大量のクッキー」(2011年5月30日)

画像 ただのクッキーがなぜ不審に思われたのか、記事を読むと納得。「びっくりしたよ」と語る男性ですが、税関所員もさぞびっくりしたことでしょう
担当記者コメント「新婚旅行から帰国後のハプニング! 夫婦に初の試練」

1位「犬、サル、キジ…気分は桃太郎!?」(2011年6月8日)

画像 ここまでくるともはやSFかファンタジーの趣。日常が徐々にフェードアウトしていき、気がつけばファンタジーの世界へ足を踏み入れている。大分合同新聞は今日も平和です
担当記者コメント「自然豊かな大分ならではのエピソード。きび団子をあげて仲間にした!?」

画像 大分合同新聞社の外観。125年の歴史を持ち、「とことん地域密着」をモットーとする、大分ではもっとも古い新聞社だ

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