「不謹慎かもしれないが、無関心よりまし」――「無職FES」が目指す働けない人の居場所作り:バーの店長にホームレス!?(1/2 ページ)
下北沢のとあるバーで、ホームレスの男性が1日限りで店長を務めることになった。その名も「ホームレスBAR」。このイベントは「無職FES」という団体が企画したものだった。
4月某日、下北沢のとあるバーでユニークなイベントが開催された。ホームレスの男性が1日限りで店長を務める、その名も「ホームレスBAR」だ。ホームレスの人が店長……非常に気になる一方で、大変申し訳ないが、きちんと接客できるのか、衛生的に問題はないのかと、おそるおそる参加した。当日の模様、そして主催団体「無職FES」の代表、岩井祐樹さんを取材した。
店長なのに接客の表情は固い
店長のタナカさん(仮名)は杉並区在住、雑誌の販売を行っている。在住といっても、住まいは個室ビデオや漫画喫茶、そして駅の構内。雑誌はホームレスの自立を支援する「BIG ISSUE」。タナカさんは無職、ホームレスなのだ。そんなタナカさんが、この日は下北沢にあるおしゃれなバーの店長になった。これまで飲食店に勤めた経験はない。開店の数時間前に、近くの銭湯で行われた打ち合わせで店内での動き方を頭にたたきこんだ。いかにも料理人が着ていそうな白のエプロンに着替え、胸ポケットにはメモとペンを忍ばせている。言葉は悪いが意外な清潔感を感じ、ひと安心した。
開店してまもなく、店内はお客さんであふれかえった。席が足りず、地べたに座る若い客も。タナカさんも忙しくなってくる。「すいませーん」と、お酒を飲みに来た客から次々と声がかかる。「はい」と小さく答え、オーダーを聞き、急いでメモを取る。オーダーを復唱し、バーカウンター越しにオーダーを通す。接客のときの表情は固く、オーダーを通すときもどこか恐縮しているような感じだ。接客のすきま時間に話しかけても、あまり目を合わせてくれない。警戒されているのではないかと思うほどだ。バーの店長なんて初めてだから緊張しているのだろうか。もちろんそれもあるだろうが、基本的に人と接するとき、タナカさんはとてもぎこちないのだ。
カウンターから出てきたお酒を持って、伝票とテーブル番号を照らし合わせようとするがうまくいかず、店内を行ったり来たりすることも。ただでさえ超満員だというのに、店長がこんな調子だからお客さんは待たされ、乾杯もできない。しかし文句を言う人は誰もいない。みんな、タナカさんに会いに来ているのだ。開店して30分ほどたったころ、タナカさんが客席の中心に呼ばれ、自身のホームレス生活について語り始めた。騒がしかった店内が静かになった。
ホームレス生活の実態
タナカさんは8年ほど前、新宿中央公園に出てきた。「手元にある酒とたばこが切れたら死のうと思っていた」。死に場所を探すために東京に出てきたという。タナカさんは21歳から41歳まで、某メーカーの工場で働いていた。しかし工場長と折りが合わなくなり、クビになって無職の身に。その後、1〜2カ月ほどでお金が尽きた。会社組織の中では働けない、だからといってほかに食いぶちを作る方法もない。「あとはなるようになれ」と身分証明書の一切を実家に置き、親や兄弟にも連絡せずに出てきた。「きっと家族にはもう死んでいると思われている」。これからも連絡を取ることはないそうだ。
死ぬために東京に出てきたタナカさんがBIG ISSUEの販売を始めたきっかけは、公園の炊き出しだった。酒もたばこも尽きかけたころ、公園の炊き出しにBIG ISSUEのスタッフが販売員募集に来て、もう1回やってみようと思ったのだという。現在もBIG ISSUEの販売は続けており、1日にだいたい10冊ほど売る。電車賃を引くと、手元には1日1000円ほどが残るそうだ。朝食はソーセージマフィンが2つ、昼は食べず、夕飯は牛丼。週に1〜2日は個室ビデオ店か漫画喫茶に泊まり、そのときは少なくとも3回はシャワーを浴びる。残りは駅で寝ているが、熟睡はできないそうだ。
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