初音ミクが演じたメディアアートと演劇の新境地 「THE END」初演(1/2 ページ)

ルイ・ヴィトンが衣装デザインを担当したことでも注目された同作。「初音ミクがいなければ出来なかった新時代オペラ」の中身に迫る。

» 2012年12月28日 18時52分 公開
[岡田智博,ITmedia]
画像 公演の期待感を高めるYCAMのロビー。ill., dir. by YKBX (C) Crypton Future Media, Inc. www.piapro.net

 電子音による「生音」が楽器を凌駕し、3Dのプロジェクションマッピングが舞台に無限の可能性を与え、「初音ミク」などのボーカル生成ソフトウェアによって人間が演じることなく感動を呼び起こす――デジタル時代の新たなリアリティーを与えるオペラ「THE END」の初演が、先駆的なメディアアートとパフォーマンスを送り続け世界の拠点ともなっている山口市の山口情報芸術センター(YCAM)で開催された。

 小京都として知られている小じんまりとした街である山口。それでも短期間でのアナウンスでありながら、チケットは瞬時に完売した。この歴史的瞬間を目撃するために全国からクリエイティブやアート関係者が集まり、ほかのミクパフォーマンスにはない静かな空気感が漂っていた。

人が歌わないオペラ/オーケストラが演奏しないオペラ

 「THE END」は、音楽家の渋谷慶一郎氏、演出家で劇作家の岡田利規氏、映像作家のYKBX氏による、人が演じない新たな演劇制作のプロジェクトから生まれた作品である。当初、渋谷氏がピアノや電子音楽を演奏する独り舞台的なものを想定していたが、ボーカル生成ソフトウェアとしての初音ミクの表現力の高さに着目。プログラムでありながら人格を与えられた「初音ミク」という存在を主演に据えた。人が演じない、そしてすべてが電子音響によるオペラであり、芸術史に新たな1ページを記す作品だ。

画像 「THE END」のシーンより。ill., dir. by YKBX (C) Crypton Future Media, Inc. www.piapro.net 撮影:丸尾隆一 写真提供:山口情報芸術センター [YCAM]
画像 「THE END」のシーンより。ill., dir. by YKBX (C) Crypton Future Media, Inc. www.piapro.net 撮影:丸尾隆一 写真提供:山口情報芸術センター [YCAM]

初音ミクに死の恐怖を突きつける

 物語は、デジタルな存在である初音ミクが劣化したコピーと出会うところから始まる。無機質な部屋の中で動物のようなキャラクターと住む孤独なミクは、劣化コピーから死の存在を告げられ自問する。本来死ぬことがないとされてきた電子的存在であるミクの思考の戸惑いと意識の芽生えを通じて仮託するもの。それは、現代という社会そのものや東日本大震災の経験、創り手の私的経験において突きつけられる死の存在、いつかは迎える終わりの存在……文明が行き着くなか日常で喪失する「終わり」のリアリティーへの問いかけなのだと見ることができた。

画像 「THE END」のシーンより。ill., dir. by YKBX (C) Crypton Future Media, Inc. www.piapro.net 撮影:丸尾隆一 写真提供:山口情報芸術センター [YCAM]

 死とは何か? コピーやキャラクター、そして自問を通じ、混乱を深める中、デジタルであるからこそ不死であるはずの初音ミクに、様々な死、終わりの可能性が提示されていく。最後、どこまでも続く壮大な終わらないアリア(独唱)で結末を迎える「THE END」。ミクは死んだのか、ミクは別の存在として終わってしまったのか――。その結末を人々のそれぞれの頭の中に残しながら、重厚な浮遊感を残して終わる。力づくで感動を肉体と脳内に押し込めて来るような作品であった。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/19/news150.jpg 「情報を漏らされ振り回され……」とモデラー“限界声明” Vtuberのモデル使用権を剥奪 「もう支えられない」「全サポート終了」
  2. /nl/articles/2411/20/news028.jpg 「うどん屋としてあるまじきミス」→臨時休業 まさかの“残念すぎる理由”に19万いいね 「今日だけパン屋さんになりませんか」
  3. /nl/articles/2411/20/news224.jpg “ドームでライブ中”に「76万円の指輪紛失」→2日後まさかの展開に “持ち主”三代目JSBメンバー「誰なのか探しています」
  4. /nl/articles/2411/19/news169.jpg 高畑充希と結婚の岡田将生、インスタ投稿めぐり“思わぬ議論”に 「わたしも思ってた」「普通に考えて……」
  5. /nl/articles/2411/20/news031.jpg 「本当に同じ人!?」 幼少期からイボをいじられていた男性→美容師の“お任せカット”が衝撃 「めちゃくちゃ大変身」
  6. /nl/articles/2411/19/news022.jpg 「おててだったのかぁああああ」「同じ解釈の人いた笑笑」 ピカチュウの顔が“こう見えた”再現イラストに共感続々、464万表示
  7. /nl/articles/2411/20/news042.jpg 「腹筋崩壊」 ハスキーをシャンプー&パックしたら…… “予想外のハプニング”に「こ〜れは大変だわ」「沼にでも落ちたのかとwww」
  8. /nl/articles/2411/20/news216.jpg “歌姫”ののちゃん、6歳現在の姿に驚きの声「あれっ!?」「ビックリしてます!」 2歳で「童謡こどもの歌コンクール」銀賞受賞
  9. /nl/articles/2411/20/news041.jpg 黄ばみのある68年前のウエディングドレスを修復すると…… 生まれ変わった姿に「泣いた」「受け継ぐ価値のあるドレス」
  10. /nl/articles/2411/18/news107.jpg 走行中の車から同じ速さで後方へ飛び降りると? 体を張った実験に反響「問題文が現実世界で実行」【海外】
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  2. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  4. まるで星空……!! ダイソーの糸を組み合わせ、ひたすら編む→完成したウットリするほど美しい模様に「キュンキュンきます」「夜雪にも見える」
  5. 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  6. 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  7. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  9. ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
  10. 中央道から「宇宙戦艦ヤマト」が見える! 驚きの写真がSNSで注目集める 「結構でかい」「どう見てもヤマト」 撮影者の心境を聞いた
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた