不登校と漫画と鳥山明――漫画を描き続けて自分と世界が変わるまで

漫画家・鳥山明氏が「思った以上に漫画を描く事が彼を救っていたようだ」とコメントを寄せた棚園正一氏の『学校へ行けない僕と9人の先生』。強烈な孤独とそこに射した一筋の光を描いた同作品の誕生秘話を聞いた。

» 2014年02月21日 13時00分 公開
[西尾泰三eBook USER]
棚園正一 学校へ行けない僕と9人の先生

 恐るべき体験は、それを体験した人間が恐るべきものでありはせぬか、と猜疑せしめる――かの哲学者はそんな言葉を残している。特別な体験をした人間が特別なのではない。それどころか、特別だと思っていた体験も後になって振り返ってみれば普通のことに過ぎないのかもしれない。

 そんなことを感じさせるのが『学校へ行けない僕と9人の先生』という、1月に双葉社の「WEBコミックアクション」で第1話が公開された棚園正一氏の作品だ。

 この作品には注目を集める理由が2つある。1つは、小学校〜中学校時代、不登校だった著者の実体験を基にした作品であるということ。そしてもう1つが、『ドラゴンボール』などの作品で知られる漫画家の鳥山明氏が図らずも深く関係していることだ。

 ここでは、作者である棚園正一さんに、作品にも描かれている自身の幼少期の体験や、鳥山明先生、そして漫画への思いなどを聞いた。


淡々と、読んだ方がリアリティを感じられるように

棚園正一さん 棚園正一さん。取材は、名古屋大須にある、漫画が読めて、描ける漫画喫茶「漫画空間」で行った。棚園さんはここの常連で今でも頻繁に店に顔を出しているという。店内には棚園さんの描いた作品などのコピーも大事に保管されている

―― 第1話で描かれているのが小学1年のころ、先生からの突然のビンタを契機に不登校になったところから物語は始まってますね。

棚園 当時はまだ学校で叩かれる子供が結構いる時代だったんですが、僕の場合は突然で、何で叩かれたのかが自分ではまったく分からなくて。その理由を考えるとどんどん深みにはまる感じで……。

―― 結果的に不登校は長期間続いたのでしょうか。

棚園 筋金入りですね。一時的に学校に通ったりする時期もあったんですが、中学を卒業するまでずっと、トータルで見ると2/3は休んでいたと思います。

―― 今振り返って、当時はどんな気持ちで過ごしていましたか。

棚園 当時のことはあまり覚えていなくて。忘れていたんですよね、ずっと。それが数年前、「漫画空間」のドキュメンタリー番組の撮影の中で取材を受けたことがあって、そのときに、ディレクターやスタッフの方々が自宅に来て、過去を振り返らなければならないインタビューが何時間もあって、すごくつらかったんですけど。で、最終的に涙が止まらないような状態になっちゃったんです。

 そのときに思い出したのが、1話の最後に描いた、部屋に友達が遊びに来ることもなく、一人でずっといる強烈な寂しさですね。あとは、ぼんやりとした負い目とか引け目みたいなものがあって「どうすればいいんだろう」っていう、やりようのない思いが渦巻いている感じでしたね。

黒いおじさん 第1話「大嶋先生」からの一コマ (c)棚園正一/双葉社

―― 作品の中で描かれている「黒いおじさん」は、そうした感情が具現化したような印象を受けました。

棚園 当時の僕はこう見えていたというのをめちゃくちゃ忠実に再現しました。ただ、黒いおじさんのやり取りより、一番ちゃんと描かなきゃと思っているのは、不登校になった子ども、少年が毎日何を感じているのか、という特有の気持ちです。できるだけ過度な脚色をせずに、淡々と、読んだ方がリアリティを感じられるよう丁寧に描いているつもりです。

―― この連載、棚園さんは最初から「描きたい!」という感じだったんですか?

棚園 いえ。正直、最初はあまり乗り気ではありませんでした。僕、実は自分の体験があまり特別なものだと思っていないんです。当時は少し気持ちをこじらせていただけで、普通のことだという思いがあったので、「これ、読んで本当に面白いのか〜?」と半信半疑でした(笑)。

 でも、編集さんと打ち合わせをして1話目、2話目とネームを描いていくうちに、「これは面白いかもしれない」と思い始めるようになって。

 僕は、投稿を続けていたころからずっと「漫画との距離が近すぎる」って言われていました。多分、漫画を描くことが生きることと直結していたのでそういう状態でしか自分の作品を見られなかったんだと思うんです。この作品を描くことで、自分自身が漫画との関係を見つめなおすきっかけにもなるんじゃないかなと思います。

―― タイトルには「9人の先生」とあります。1話目の大嶋先生は、ビンタをした、小学1年のときの担任の先生ですが、タイトルが意味するのは教育者としての先生、それとも人生に影響を与えた人物、どちらでしょう?

棚園 良くも悪くも僕が強く影響を受けた人物を「先生」としたとき、数えられた登場人物が9人だったということです。全10話で完結するまで、ネームは全部完成しています。

―― ということは、9人目が鳥山先生ということになるんでしょうか。

棚園 はい。そうなります。ただ、鳥山明先生以前の8人と会うことでの感情の起伏というか、物事に対してどう思うのかという、細かな感情の描写を見てもらいたいと思います。

現実逃避、あるいは没入先としての漫画

―― ところで、当時から漫画は好きだったんですか?

棚園 はい。大好きでした。特にドラゴンボールが好きで、ドラゴンボールだけを楽しみに生きていた感じでした。ジャンプは毎週買って、単行本も読んでいました。

―― 漫画を描こうと思われたのはいつごろだったのでしょうか。

棚園 小学校3年生くらいのころですね。このころから漫画家になりたいと思っていたんですが、一度、学校で友達に漫画を見せたとき、同級生にものすごく上手な子がいて、その子と比較されて友達から「棚園は絵だけだね」とか言われてしまったのがショックで。なので、「将来の夢は」とかのアンケートには、フェイクで「画家」って書いてました(笑)。

―― 漫画家になりたいと思ったのはなぜ?

棚園 当時はあまり自覚していませんでしたが、やっぱり現実逃避みたいな部分があったんだと思います。いろいろと細かいことを気にしすぎる子どもだったので、何か考え始めると、ドツボにはまっていっちゃう。でも、漫画を描いている時間はそのことだけに没頭できるのが良くて「あぁ、こんな風に絵をずっと描いていられる職業があったらなりたいな」と思っていました。

「漫画家になろう」ではなく「漫画を描き続けよう」――

『学校へ行けない僕と9人の先生』より。漫画を描くときの瞳の輝きは、それが彼にとってかけがえのないものであることを感じさせる (c)棚園正一/双葉社

―― 少し鳥山明さんとの出会いについてもお聞きできますか。

棚園 不登校の間もずっと漫画というか絵を描いていまして、中学生のとき、当時13歳でしたが、自立支援組織からきていただいていた家庭教師の方の協力で、同じ町に住んでいた鳥山明先生と本当にたまたまお会いすることができたんです。

 そのときに、大学ノートに描きためた自分の漫画を持って行って見ていただいて。鳥山先生はそれを「すごいな、すごいな」ってほめてくれるんですよ。それで気分良くなっちゃって。今考えたら本当すごいですよね。

―― 鳥山さんにお会いしたときの第一印象はどんなものでした?

棚園 どこか悟空みたいな感じで。見た目はおじさんの悟空、って感じですね。結局、漫画って作者の人がどこか出ると思うんです。

 そうして見ていただいているうちに、自分でも驚くほど漫画がうまくなって、1年後にはジャンプの新人賞に作品を投稿していました。そのときは荒木飛呂彦先生が審査員をされていて、受賞こそできませんでしたが最終選考に残って、絵柄やアングルを「14歳とは思えない」と高い評価をいただいて。自分の描いた絵がカットとはいえジャンプ本誌に載ったということで、自分で「すげー」と自信になりましたね。

―― 鳥山さんとの出会いで自身の中で何か変わりましたか?

棚園 鳥山先生とお会いして教わったのは、「漫画家になろう」というよりも「漫画を描き続けよう」ということです。

 大学生のころの話ですが、僕はずっとジャンプに掲載したいと思って投稿を続けて、賞は何度かいただいたりしたんですが、連載にはなかなかつながらなかったんです。そうこうしているうちに、同じ大学の後輩がパパッと賞を取って連載を始めたことがあって。こっちはずっとジャンプ掲載を目指して頑張って、絶対にあいつに負けないくらい努力してたのに、と思うと1カ月くらい寝れない日々が続いて。

 それを鳥山先生にお会いしたときに話したら、僕の作品を見て、そして彼の作品も読んだ上で「君が何をそんなにこだわっているのか分からない。ただ掲載されてるだけじゃないか」って。そのときは「それがすべてじゃないか!」って思ったりもしたんですけど(笑)。

 鳥山先生は「僕から見ると、君の漫画もこの子の漫画も、漫画としてのレベルはほとんど遜色(そんしょく)がない」と。「雑誌にはそれぞれ方向性があって、彼の漫画の方がジャンプに向いていたから今、ジャンプに載っているんだよ」と。

 それで僕もはっと気づいて、こだわるところを間違えていたなと。漫画家って、連載していなかったらただの無職の人なので、確かに商業誌に掲載され続けるのは重要ですが、プロとかアマチュアとか、デビューがどうとかじゃなく、とにかく作品を描き続けることが大切なんだと思いました。

―― 鳥山さんに絵などを見てもらって褒められて、一番うれしかったことは?

棚園 「自分の世界があるね」って言われたことでしょうか。ただ、どちらかといえば、褒められる内容というよりも、漫画を描いて、それを見せてっていう一連の流れが、僕の生きる世界だという感じがして、それがすごくうれしかったです。家でも学校でもなく、漫画を描いて見てもらうっていうのが新しい1つの世界で「あぁ、生きていける」って、おおげさでなく思った記憶があります。

―― 今回の作品には鳥山さんからのコメントも寄せられていますね。

棚園 はい。鳥山先生に僕の全10話のネームも全部読んでいただいて。第1話掲載のときに載せてある短い文章と、単行本になるときのあとがきの長めの文章を書いていただくことができました。

 これまで、「自分がいつか漫画を連載して、その作品が単行本になるときに、鳥山先生に紹介文を書いていただくんだ」というのを漫画家としての自分の夢だと思ってましたので、今回、しかも鳥山先生との出会いも含めてこういう実体験を描いた作品でその夢をかなえる機会をいただけたのは本当に感謝しています。

特別と普通の狭間で――好きなことを続けることのススメ

漫画空間内では漫画を描けるスペースも。棚園さんのお気に入りの席で。漫画空間オーナーの「漫画描く人たちが集まる場所が作りたかった」という声に「天才じゃないですか(笑)」と返す様子は、温かな人間関係が紡がれていった様子を想起させる

―― この作品、鳥山先生との関わりということでまずは注目を集めましたけど、作者としてはどういうところに注目してほしいですか。

棚園 僕にとって、鳥山先生との出会いはもちろんかけがえのない宝物ですし、そこは見ていただきたいところですが、それ以上に、そこに至る過程を、当事者だから描ける視点できちんと描いているつもりです。

 当時の自分がこの作品を読んだら、「僕は特別じゃなくて普通だったんだ」って安心できる作品になっているので、同じような境遇にある子どもや親御さんにも読んでいただいて、「それは特別なことではない、こういう子どもでも大丈夫なんだ」って安心してもらえたら嬉しいです。

―― それでは最後に、この作品を必要としているであろう、同じように思い悩む読者に向けて何かメッセージなどあればお願いします。

棚園 何か自分が楽しいと思える、好きなことを見つけて、とにかくそれを続けてほしいと思います。僕の場合それが漫画でした。好きなことを続けるって、楽しいだけじゃなくてつらいこと、大変なことも必ずあります。でも、成功するためじゃなくて、自分がより楽しく生きるための勉強なんだと思うと、そのつらさや大変さの意味がいつか分かってくると思うんです。そのためにはやっぱり続けること。そう考えると、人生は結構楽しいなと思えてきますので。

―― どうもありがとうございました。『学校へ行けない僕と9人の先生』のこの後の展開も楽しみにしています。



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