「諸悪の根源は製作委員会」ってホント? アニメ制作における委員会の役割を制作会社と日本動画協会に聞いた(2/3 ページ)
リスクを取ればリターンも
――製作委員会への出資額は各社同額なのでしょうか
制作会社A氏:いえ、比率は会社によって異なります。最近はビデオメーカーが多めに出資してリスクを取るというケースが多いです。リスクを大きく取った分リターンも大きく返ってきます。
――「リスク分散」や「作りたい作品を作れる」ということが製作委員会方式のメリットとのことでしたが、デメリットはどんなところなのでしょうか
制作会社A氏:リスクを分散させている分、作品がヒットした場合も利益を分散させなければならないという点です。近年のネットや経済雑誌の論調では「製作委員会に出資していればもうかる」という感じですが、それは誤りでほとんどが外れています。ヒットしたものは雑誌やネットでも取り上げられるので目に入りやすいですが、ヒットしなかった場合がクローズアップされないだけのことです。マスコミはうまく行ったものだけを取り上げたほうが記事の論調としては面白くなりますから、そういうところだけが記事やテレビ番組で取り上げられてしまうのです。
――そういえば最近「アニメ産業規模2兆円」というキーワードも最近よく耳にしますが
制作会社A氏:確かに「アニメ産業規模2兆円」というキーワードが独り歩きしていていますが、この“2兆円”とアニメの制作費を比較して論じるのも間違いです。この数字は日本動画協会の「アニメ産業レポート2016」からの数字です。2兆円とはテレビ放送・劇場・ビデオ・商品化・海外番組販売・ライブ等々“2次利用で発生した売上”も含めた売上規模の総額で、中でも2次利用の割合はかなり大きいものです。「産業規模」とか「市場規模」に「もうかっているかどうか」は一切関係ありません。要はヒットしなかったアニメのBDの製造費やグッズ制作費や海外販売の金額も全て合算されて2兆円なのです。つまり作品がヒットしようが、はずれようがアニメの制作本数が増えれば自然と大きくなる金額なのです。しかし「市場規模2兆円!!」と書くと、キャッチーな見だしになりますよね。まるで1兆8千億円がどこかにピンはねされているような印象を与える、マスコミの論調には疑念を感じます。
――作品のヒットとは視聴率のことですか
制作会社A氏:いえ、ヒットというのは現状ではパッケージ(DVD/Blu-ray)の売上のことです。放送枠は製作委員会で事前に買いきってしまっているため、視聴率などは収益に影響しません。近年では海外への番組販売や配信・グッズの比重が高まっています。海外販売の金額は2015年くらいにバブル化して、日本ではヒットしたとはいえない作品も信じられない高値で販売されたりしていました。現状は海外販売のバブルも落ち着き始めています。
出資金の回収方法
――「日本はパッケージの値段が高い」というのもよく聞くのですが
制作会社A氏:製作委員会方式の場合、パッケージに限らず、アニメ作品の関連商品には製作委員会に利益を戻すお金が含まれているのですが、パッケージはその戻し率の割合が高い商品なので割高になっています。
――パッケージの売上を丸々ビデオメーカーがもらえるというわけではないんですね
制作会社A氏:ビデオメーカーはパッケージ(DVD/Blu-ray)を流通に卸す販社利益を獲得できます。ビデオメーカーはパッケージを制作するコストを負担していますし、番組提供費も負担しています。このため販売の利益を一番に獲得しないと、パッケージの制作費も回収できないことになりますので当然のことかと思います。また、流通もかなりの割合を利益として取ります。それがおかしいという論調をネットで見ましたが、スーパーにしろ、牛丼屋さんにしろ喫茶店にしろ店舗を構えて従業員抱えている以上、家賃や人件費かかっています。仕入れたパッケージが売れないで在庫になる可能性もあるわけですし、流通の取り分が大きいのも当然でしょう。利益の一部は製作委員会に参加している全ての会社に、出資比率に応じて還元されます。また最近は制作会社も自社通販やショップを構えることが増えてきたような印象です。もし「制作会社を応援したい」と思ってくださるファンの方がいれば、グッズやパッケージは制作会社の直売店や通販を利用して購入すると応援になると思います。
――どうして直売がいいのですか
制作会社A氏:DVDショップやアニメショップ、書店などに商品を卸すときには卸値になりますから、売値と卸値の差額は粗利として制作会社に入ります。そのため直売店で購入してもらえるほうが利益が大きくなります。コミケなどに制作会社が出展している場合も、そこで商品を購入するのは応援になるでしょう。
――現行の製作委員会の流れはこのまま続いていくのでしょうか
制作会社A氏:最近「製作委員会に出資する企業の数を減らそう」という動きがあります。
――それはなぜですか
制作会社A氏:事務の手間がすごいからです。作品の著作権存続中はずっと事務手続きを誰かが(主には幹事会社が)行わねばならず、場合によっては100円の分配金のために300円の振込手数料を支払うなんてこともあります。分配金をもらう会社も年間数千枚に及ぶ膨大な伝票を経理が処理せざるを得ない状態になっており、今アニメに関わってきている会社はどこも事務の手間に苦しんでいるのではないかと思います。リスクの分散を目的として製作委員会の出資者をどんどん増やしていった結果、各社の出資比率が下がり、作品の売上のピークを過ぎた時期からは、事務の手間と振込のコストなどが増大していきます。会社である以上“1円”だろうが伝票を処理しないといけませんので、この手間は今後数十年間に渡り続くコスト要因になっていきます。契約も同じで10社の製作委員会などの場合、合意する契約書を作るやりとりだけで半年かかったりします。その手間のほうがコストなのではと各社が思い始めているのです。
――窓口の運用については、各窓口どれぐらいで黒字になるのでしょうか
制作会社A氏:例えばグッズの場合は在庫が3割余ると赤字になってしまいますし、パッケージだとDVDやBlu-rayのマスターを作る費用や宣伝費、営業のコストもかかるので2000〜3000枚だと完全に赤字になりますね。特にグッズは在庫リスクが高くて、売れないと倉庫の費用も必要ですし、在庫を捨てる場合は廃棄費用も必要になります。よく聞くのは、作品が大ヒットした後にグッズ制作の会社が在庫を抱えすぎて赤字になるという話です。
――作品がヒットするとグッズもバーっと売れるのではないですか
制作会社A氏:全てがそういうわけではなくて、ヒット作のグッズを後から出したメーカーが在庫を抱えてしまうケースが往々にしてあります。グッズを1つ作るにしてもロットあたりの最小個数が大きいので、かなりの数を作らなければなりません。グッズを作れば当然場所をとりますし、それは倉庫代としてグッズメーカーが支払わないといけません。フィギュアとかの場合は在庫を抱えると本当に大変だと思います。グッズがいっぱい出ていると「作品がヒットしている」「もうかっている」と感じてしまいますが、必ずしもそうではないんですよ。グッズメーカーがどれだけコストかけて作っているか、商品が本当に売れているのか、が鍵なのです。
アニメーターの待遇
――よくアニメーターなどから「賃金が低い」という意見があがりますが、制作費のうち何割程度がアニメーターに渡るのでしょうか
制作会社A氏:作品にもよるので何割と言い切るのは難しいですが、アニメーターだけに限定すると微々たるものになってしまいます。最近のアニメ作品は視聴者が求めるクオリティーがあがってきているため、関わる人数や手間が増えて外注費(シナリオ・脚本・絵コンテ・演出・監督・原画・動画・仕上げ・CGなど)を積み重ねると1000万円なんてあっという間になくなってしまいます。また、制作会社はスタジオを維持するための家賃・人件費・水道光熱費などもかかりますし、制作進行が乗る車や交通事故の保険だってコストです。関わる人と手間は増えているのに、制作費は手塚治虫先生の時代からあまり増えていないため、制作会社の利益が年々減っていっている状況です。
――先ほど制作会社は出資せず制作受託だけしていればリスクがないというお話も出ていましたが
制作会社A氏:先ほどは、理屈上「制作会社は出資せず制作受託だけしていればリスクがない」と話しましたが、現状リスクがないはずの制作受託が赤字になることが多くなってきています。制作行程が複雑化する分、スケジュールや予算の管理が難しくなっている一方で、制作会社は“納品義務”を負っているため、赤字を出したとしても期日までには納品しなくてはいけません。帝国データバンクの調査ではアニメ制作会社の4社に1社が赤字に陥っているとのことです。制作会社がグッズ出したりし始めているのは、制作費以外の利益を獲得する動きなのです。
――ネットでは「スポンサーがアニメ制作会社がもうけることを嫌う。そのためもうけすぎないようにグッズの出荷調整を行っている」という情報もありましたが
制作会社A氏:それも勘違いかと思います。制作委員会の商品化窓口権を獲得した会社の主要な業務として「適切なライセンス管理」というものがあります。これは前述したように、グッズのライセンス商品数があまりに増えすぎて市場に在庫が余り過ぎたり、グッズがあまりに大量に発売されずぎて消費者の負担になりすぎることを管理・調整していくのです。おそらく、そのような調整が行われていることを誤解されたのかと思います。何しろグッズ販売されればロイヤリティーが委員会に入るわけで、自社がもうかることをわざわざ止めるのはなにか理由があると思います。
――アニメーターの貧困についてはどう思われますか
制作会社A氏:アニメーター、特に駆け出しの方の収入が低いのは事実なので、何とか食べられるようにするシステムは必要だと思います。ただし、先ほど申し上げたように制作会社も赤字になっていることも多いと聞きますから、単価を大きく上げるのは厳しいと思います。ちなみにアニメーターは技術職なので、年収1000万円クラスの人もいらっしゃったりします。やっぱり良い絵には皆さんお金を払いますからね。
――「作品がヒットしてもアニメーターには還元されない」という意見についてはどう思いますか
制作会社A氏:ヒットした時に還元する仕組みは考えていった方が良いと思います。ただ、ヒットしたときのリターンをどうやって割り振るのかというのはすごく難しい問題です。アニメというのはアニメーターだけでなく、コンテ・仕上げ・撮影・背景美術・設定デザインなど、いろいろな人の作業の積み重ねでできていますから、そういう人たちにどう割り振るのか。また、先ほどの委員会の事務の手間とコストと同じ問題ですが、還元する事務の手間を誰がどう負担するかという課題があります。
――還元のための事務の手間というのは
制作会社A氏:還元を始めた当初は手計算でなんとか回ると思いますが、3年ぐらいたつと回らなくなり、経理の人が増えて、その人件費で制作会社のコストが増えて、さらに赤字体質になり、現場に還元したいという当初の主旨と違った結果になりかねません。ただ制作会社によってはアニメーターの年間の功績に応じてインセンティヴのようなものを支払っているケースもあるようです。私見ですが、いちばん実現性が高いのは、売上や利益の何%というスキームで支払うのではなく、関わったスタッフに対してある程度裁量的に、年間でまとめて払うという方式ではないかと思います。ただし、これも制作会社が赤字では支払うことが難しく、まずは制作会社がある程度利益を残せることが前提です。
ネットの情報とアニメ業界の今後
――ネットの情報と実際の内容に違いがあることについては
制作会社A氏:アニメ制作に関わっている人がみんな「アニメビジネス」に詳しいわけではありません。中にはきちんと構造を理解している人もいますが、勉強をする時間がなくてよく分かっていなかったりする人もいます。誤解の最大のもとは「全てのアニメがもうかっている」ということにつきると思います。そして「アニメビジネス」の理解で最も必要なのは「『売上』と『利益』を一緒にしない」ということだと思います。マスコミなどが記事にするのはほぼ「売上」です。コミケで同人誌を出すことを例に考えてもらうと分かりやすいと思いますが、売上がいくら上がっても在庫を抱えて赤字になる可能性があるのです。10億円売り上げていても赤字の作品や制作会社もあるのです。マスコミの論調は、そこを分かっているに関わらず記事や番組を面白くするために“あおる記事”を書きます。われわれが取材でいくら実情を話しても、記者はあえて記事にしないので注意が必要です。
――制作会社としてアニメ業界の今後をどう考えていますか
制作会社A氏:今後は製作委員会の方式にもっといろいろなパターンが出てくると思います。アニメ産業が大きくなっていくのとともに、制作会社がもう少しもうけられるようなシステムを作り、アニメーターに利益を還元したり、良い労働環境を作っていけるようにしていければと思います。
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