JKに包丁向ける男→自らタマ差し出す謎展開に 『あなたソレでいいんですか』は人の心を丸裸にする
漫画レビュー連載「虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!」第95回。少女の問いかけによって男たちは自分の弱さに向き合う。
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
おすすめのマンガを紹介する本連載、第95回となる今回は『イブニング』にて連載、前田悠先生の『あなたソレでいいんですか』(1巻〜、以下続刊/講談社)です。
それにしてもこの「あなたソレでいいんですか」という問いかけは、まるで自分の内面を見透かされているようでドキリとさせられます。不意にこう問われて自信満々に「イエス」と答えられる人はほとんどいないのではないでしょうか。中にはぐっとこらえて「イ、イエス……」と答える人もいるかもしれません。いずれにせよ、誰でも人に言えないやましいことやコンプレックスといった「ソレでよくないこと」を1つや2つは抱えているものです。
本作は、そんな誰もが抱える自己欺瞞を遠慮なくザクザクと突いてくる女子高生と、彼女によって心の奥底に秘めた弱さに向き合うことを余儀なくされた男たちとの対話を楽しむコメディ作品。「心の弱さに向き合う」と聞くと、じめっとした不快感が伴いそうですが、全くそんなことはなく、その勢いとスピードに乗っかって笑いながら読めてしまいます。
だって、「誰でもいいから人を殺してみたい」という「心の闇」を抱えて女子高生を襲うはずだった通り魔が、彼女に責められた挙句、最後は「キン●マ1個潰してください!」と、下半身丸出しでタマを差し出すマンガなのですよ?
一体どうしてこうなった。そのいきさつはこんな感じです。
あなたを殺します→最終的にタマを差し出す状況に
「突然ですが… あなたを殺します」
そう言って、帰宅中の女子高生に包丁を突き付けた「須田」と名乗る少年。しかし、黒髪ロングの彼女は全く臆する様子も見せず、顔色一つ変えずにこう応じます。
「……なら、セックスをしてあげます」
襲った相手からの、しかもなぜか上から目線の返事にあっけにとられる少年。しかも命乞いではなく、提案だとまで言い切ります。困惑する少年をしり目に彼女は続けます。
「殺すか セックスするか 二つに一つです」
美少女からの思わぬ提案に、「理由なき殺人」を犯すつもりだった少年の決意はぐらつき、その誘惑に流されるまま、とうとう2人は人気のない神社へと場所を移します。
彼女に頬を触れられた少年。その時、彼の脳裏に過去の記憶がよみがえります。フォークダンスで女子全員から手つなぎを拒否されたこと、教室で「あいつには一生青春なんかないんだろうな」と陰口をたたかれるのを寝たふりでやり過ごしたこと――。そんなキモい少年とセックスしようと、表情一つ変えずに触れてくる目の前の美女に、おずおずと「気持ち悪くないんですか?」と尋ねる彼に、やはり彼女は無表情で答えます。
「気持ち悪いですけど?」
何なんだこの女……! あまりの意味不明さに少年は「セックスも殺人もあきらめるから警察に通報してください!」と懇願しますが、彼女は「そんな半端な気持ちでナメてるんですか」と追い打ちをかけます。もはや主従関係が逆転した2人。あまりの意味不明さに恐ろしくなって逃げ出した彼の脳裏をよぎったのは、過去の自分と、そんな自分に嫌気がさして犯そうとした通り魔も満足に成し遂げられなかった自分のみじめな姿でした。
図らずも「全てにおいて中途半端な自分」という現実を突き付けられた少年。しかし、その場から駆け出した彼が振り返った視線の先には、なぜか全力で追いかけてくる黒髪の女子高生の姿が。追い付かれて観念した彼は、その場で土下座して許しを請います。
「まさかこんなことになるとは思ってもみなかったですけど… おかげで 初めっから別に人なんて殺したくなかったって気付きました」
目に涙を浮かべて改悛の情を見せる須田少年。これにて一件落着。めでたしめでたし……といきたいところですが、彼女はそれを許しません。
「じゃあ須田くん タマを一個潰してみましょう」「無理じゃないでしょう さっきの涙が本当なら」
何たる無慈悲……。穏やかな結末を認めない彼女の穏やかでない提案に、少年は再び逃亡を考えます。しかし、いつまでも逃げ続けてばかりだった己のみじめさを自覚した彼は、ある決断を下します。
「バッチ来ォいっ!!」
そこには覚悟を決め、下半身丸出しでM字開脚をキメた須田少年の姿が……!
「その意気や良し!」
ひんやりした眼で丸出し下半身を見下ろしながら、その覚悟を認めた彼女が目の前に差し出されたタマに向かって取った行動とは。まあそれは実際に読んでいただくこととしましょう。
心の鎧を引っ剥がす彼女は悪女か、聖女か
包丁を突き付けられても顔色一つ変えない女子高生と、純粋殺人を試みたはずが、どういうわけか最後にキ●タマを差し出すことになった少年との対話を描いた第1話「セックスをしてあげます」。46ページという長さを全く感じさせないテンポの良い疾走感と、気が付けばパワーバランスが逆転してしまっている妙な説得力が非常に素晴らしく、この第1話だけでも読む価値は十分です。ちなみにコミックDAYSのブログに掲載されている担当編集氏との対談記事によると、本作がデビュー作とのこと。
さて、ここまでのあらすじを読んで来られた方なら、途中何度も「いったい何なんだ、この女」という疑問が浮かんできたことでしょう。意味不明な言動の数々から「世の中を斜めから見た無気力系女子」や「鈍感女子」などを想像するかもしれません。しかし、それは全くのはずれ。これもネタバレになるので伏せますが、結末で明かされる彼女の意外な正体は、きっと読者の予想を裏切るものになるでしょう。そしてまた、ここまで彼女が行ってきた塩対応にも納得できるはず。
さて、物語はその後彼女とさまざまな男たちの出会いを描いていきます。「心霊体験が趣味のバツイチタクシードライバー」「人気のないキャンプ場で全裸キャンプをする教師」「失恋をきっかけに筋トレ一筋になった硬派気取りの高校生」「日々世の中を冷笑するだけのパチンコ通い」など一癖二癖ある男たちは、ハッタリの通じない彼女にどう対峙するのか。
彼らもまた自分を大きく見せようとするけれど、実は薄っぺらい理屈でしかない「男の美学」とでも言うべき心の鎧(よろい)をなすすべなくはがされ、丸裸にされていきます。しかし、その魅力的なルックスと無慈悲な言葉で突き刺してくる魔性の女なのに、必ず最後は男に癒しと赦しを与えてくれる聖女のような存在になっている逆説感覚も、また本作の見どころと言えるでしょう。
「あなたソレでいいんですか」
ハッタリなど捨てて、いっそ潔く「ノー」と言ってしまえばいいのです。本作を通じて、特に男性には心のキン●マをさらけ出す快楽を味わってほしいと思います。いや、あくまで「心の」、ですけれども。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
(C)前田悠/講談社
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