銭湯では80歳の老女が「お姉さん」になる。なら、私は?――31歳ライターと“銭湯年齢”【特集】ネットと銭湯サウナ

「80歳でお姉さんならば、31歳の私は何者なんだ? まさか、幼女?」――姫野桂さんによる銭湯サウナエッセイ。

» 2019年01月17日 20時30分 公開
[姫野ケイねとらぼ]

 雑誌やWeb媒体に寄稿したり、本を出版したりして生計を立て始めて6年目。深夜0時過ぎでも週刊誌の編集者から電話がかかってくるし、入稿に朝方までかかることもある。飲んでほろ酔い気分になっていたところに仕事の電話がかかってくると、一瞬でテンションを仕事モードに戻さねばならない。常にスマホとPCは手放せない。

 何時から何時までと具体的に決まった働き方ではないため、オン・オフの切り替えが難しい。ふと思いついたときに、突然デスクに向かってカタカタと原稿を書き始めることもある。業界では若手と言われてはいるが、年齢はもう31歳。正真正銘の大人であり、小熟女一歩手前だ。

 そんな多忙な日々から解放されるささやかなひとときが銭湯のサウナ。2年ほど前まではサウナなんて全く興味がなかった。しかし、仕事でたまたまサウナの専門家、その名も「サウナー」のヨモギダ氏を取材したことをきっかけに、私のサウナ人生の扉がミシミシと音を立てて開いたのである。パーンと勢いよく開いたわけではない。初めてのサウナはただただ熱く、3分も入っていられなかった。汗が吹き出る前に限界を迎え、サウナ室の重い木製のドアを押し開けていた。

 サウナの良さが分からないまま、2週間に1回、銭湯のサウナに入る生活を続けた。そして約3カ月目、ようやくその扉はじっくりゆっくりと開いたのだ。いつの間にか汗をかきやすい体質に変わっている。汗腺が開きやすくなったことにより、老廃物が流れ出し、入浴後に再び汗をかいたとしても、ドロドロの不快な汗ではなく、サラッとした水のような汗が浮き上がり、すぐに乾く。肌もツヤツヤだ。

 その頃にはサウナ室内に10分近くいられるようになった。そして、何といっても、サウナ後の水風呂が最高だ。頭が冴え渡る。冷たくて絶対に入れないと思っていた水風呂だったが、躊躇(ちゅうちょ)せずに一気に頭から冷水を被って汗を洗い流し、ドボンと浴槽に入る。サウナとは違い、水風呂の快楽への扉は勢いよくパーンと音を立てて開いた。

 かくして私は立派な女子サウナーとなった。仕事の合間をぬって通っているのは、近所の夫婦が経営している銭湯のサウナ。銭湯にいる間だけはPCやスマホから離れられる。そんな銭湯生活を始めた私だが、圧倒的に高齢者が多いと毎回感じている。

 その日もいつものようにサクッと衣類を脱いで浴場へ向かおうとしていた。脱衣所にはいつもの顔ぶれの老婆たちがおしゃべりに興じている。そんな中、とある老婆の声が響いた。

老婆A「お姉さん、今日は早いのね」

 お姉さん???

 この脱衣所にいる女性の中で一番若いのは私なのではなかろうか。周りを見渡すと70〜80代の老婆ばかりだ。はっきり言って、60代以上の人間の年齢は男女ともよく分からない。きっと、老人から見ても若い人はみんな20〜30代に見えているように思える。

 さて、この「お姉さん」という呼び掛けは私に向けた言葉なのだろうか。戸惑っていると、その問いかけに返答があった。

老婆B「そうなの、今日は早く来てみたの」

 返事をしたのは推定80歳超えの老婆だ。ここでは80歳でも「お姉さん」なのだ。ちょっと待って。80歳でお姉さんならば、31歳の私は何者なんだ? まさか、幼女? そう考えながら頭や体を洗って湯船に浸かり、サウナ室の扉を開けた。いつものごとく、テレビを見ながら汗を流す。「笑点」が始まった。私以外に2人、60代ほどの女性も体育座りをして汗を流しながらテレビに見入っている。

 液晶画面の中で繰り広げられる大喜利に、思わずふふっと笑う。他の2人も同じく笑う。

 しばらくすると大量の汗が吹き出し始めた。そろそろ水風呂を味わいたい。立ち上がって木製の扉を開けた。そして、水風呂。ピシッと体の中から引き締まる感覚。数十秒間浸かり、水風呂から上がると、浴室の外にあるちょっとしたベンチに座って外気浴。サウナ→水風呂→外気浴。この流れが正しいサウナの入り方だとヨモギダ氏に習った。3〜4回ほどこの行程を繰り返し、シャワーを浴びて脱衣所へ戻った。

 服を着てドライヤーをかけていると、とある老婆からの視線に気づいた。じーっと私を見ている。なんだろう……。何か私、マナー違反でもしていて怒られるのかな。そう思ったとき。

「お嬢ちゃん、良い髪色ね。私もやってみたいわ」

 老婆が口を開いた。当時、私は髪の毛の内側だけブリーチをして、その部分を緑色に染めていた。それよりも、私は「お嬢ちゃん」なのだ。お姉さんではない。

「あ、ありがとうございます」

 他にもこの老婆は何か語りかけていたが、ドライヤーの音にかき消されてよく聞こえなかったため、とりあえずニコニコしておいた。

 31歳のお嬢ちゃん。働き盛りのお嬢ちゃん。スマホをロッカーに投げ入れて、強制的に連絡を遮断するお嬢ちゃん。汗と一緒に嫌なものを全て浄化させるお嬢ちゃん。私がお姉さんになるのは、まだまだ先だ。

姫野さんの銭湯サウナグッズ。“お姉さん”に「良い髪色ね」と褒められた姫野さんだが、シャンプーもブリーチした髪用のものを使っている
「いつも来てくれてるから」と姫野さんが番頭のおばちゃんからもらった箱ティッシュ

姫野桂

 フリーライター。1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒業後、一般企業に就職し、25歳のときにライターに転身。現在は週刊誌やウェブなどで執筆中。専門は性、社会問題、生きづらさ。猫が好き過ぎて愛玩動物飼養管理士2級を取得。著書に『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)、『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)

TwitterID:@himeno_kei

【告知】サウナイキタイのインタビューも収録 ねとらぼ同人誌「ねとらぼん 特集:ネットと銭湯サウナ」配布のお知らせ

 ねとらぼでは1月19日に二子玉川ライズで開催される「第4回ウェブメディアびっくりセール」で、初の同人誌「ねとらぼん」を頒布します。

 テーマは「ネットと銭湯サウナ」。昨今人気に火がつき始めた銭湯とサウナ、そのブームの広がりにネットがどのように関わっているのか、コラムやエッセイ、インタビューなどさまざまな記事で見つめる一冊となっています。


 総括コラムはヨッピーさん、銭湯サウナをテーマにしたエッセイは中川淳一郎さん、姫野桂さん、ちぷたそさんなど、ねとらぼがお世話になってきたライターが寄稿。インタビューには初のサウナポータルサイト「サウナイキタイ」の創始者2人に開設経緯と「ネット×サウナ」について語ってもらいます。

 64ページで1冊500円。ねとらぼのサイト上でも一部の記事をピックアップして連載形式で掲載中です。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2412/15/news031.jpg ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  2. /nl/articles/2412/14/news019.jpg ズカズカ家に入ってきたぼっちの子猫→妙になれなれしいので、風呂に入れてみると…… 思わず腰を抜かす事態に「たまらんw」「この子は賢い」
  3. /nl/articles/2412/17/news163.jpg 柄本佑、「光る君へ」最終回の“短期間減量”に身内も震える……驚きのビフォアフに「2日後にあった君は別人」「ふつーできねぇ」
  4. /nl/articles/2412/16/news079.jpg “プラスチックのスプーン”を切ってどんどんつなげていくと…… 完成した“まさかのもの”が「傑作」と200万再生【海外】
  5. /nl/articles/2412/17/news060.jpg 100均のファスナーに直接毛糸を編み入れたら…… 完成した“かわいすぎる便利アイテム”に「初心者でもできました!」「娘のために作ってみます」
  6. /nl/articles/2412/17/news049.jpg 「品数が凄い!!」 平愛梨、4児に作った晩ご飯に称賛 7品目のメニューに「豪華」「いつもすごいなぁ」【2024年の弁当・料理まとめ】
  7. /nl/articles/2412/17/news183.jpg 「秋山さん本人がされています」 “光る君へ”で秋山竜次演じる実資の“書”に意外な事実 感動の大河“最終回シーン”に反響 「実資の字と……」書道家が明かす
  8. /nl/articles/2412/17/news144.jpg 「私は何でも編める」と気付いた女性がグレーの毛糸を編んでいくと…… 「かっけぇ」「信じられない」驚きの完成品に200万いいね【海外】
  9. /nl/articles/2412/17/news078.jpg 鮮魚コーナーで半額だった「ウチワエビ」を水槽に入れてみた結果 → 想像を超える光景に反響「見たことない!」「すげえ」
  10. /nl/articles/2412/17/news033.jpg セリアのふきんに、糸で“ある模様”を縫っていくと…… 思わずため息がもれる完成形に「美しい」「やってみます」
先週の総合アクセスTOP10
  1. ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  2. ズカズカ家に入ってきたぼっちの子猫→妙になれなれしいので、風呂に入れてみると…… 思わず腰を抜かす事態に「たまらんw」「この子は賢い」
  3. フォークに“毛糸”を巻き付けていくと…… 冬にピッタリなアイテムが完成 「とってもかわいい!」と200万再生【海外】
  4. 鮮魚スーパーで特価品になっていたイセエビを連れ帰り、水槽に入れたら…… 想定外の結果と2日後の光景に「泣けます」「おもしろすぎ」
  5. 「申し訳なく思っております」 ミスド「個体差ディグダ」が空前の大ヒットも…… 運営が“謝罪”した理由
  6. 「タダでもいいレベル」 ハードオフで1100円で売られていた“まさかのジャンク品”→修理すると…… 執念の復活劇に「すごすぎる」
  7. 母親から届いた「もち」の仕送り方法が秀逸 まさかの梱包アイデアに「この発想は無かった」と称賛 投稿者にその後を聞いた
  8. ある日、猫一家が「あの〜」とわが家にやって来て…… 人生が大きく変わる衝撃の出会い→心あたたまる急展開に「声出た笑」「こりゃたまんない」
  9. 友人のため、職人が本気を出すと…… 廃材で作ったとは思えない“見事な完成品”に「本当に美しい」「言葉が出ません」【英】
  10. セレーナ・ゴメス、婚約発表 左手薬指に大きなダイヤの指輪 恋人との2ショットで「2人ともおめでとう!」「泣いている」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  2. 「絶句」 ユニクロ新作バッグに“色移り”の報告続出…… 運営が謝罪、即販売停止に 「とてもショック」
  3. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  4. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  5. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  6. 「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
  7. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  8. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  9. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  10. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」