天才役者とその代役が、組んだ肩を離すまで 「2人の関係性」を愛するすべての人に野田彩子『ダブル』を読んでほしい(2/4 ページ)
野田彩子作品の魅力
作者の野田彩子は、「新井煮干し子」名義でボーイズラブジャンルでも活躍してきた作家である。
恋人にしてスーパーモデルの「ジョゼ」を信仰するイラストレーター「天羽」の孤独と、天羽の愛情を正面から受けたいと感じているジョゼの孤独が不意に開放される『渾名をくれ』(祥伝社)、誰かに向き合ってもらえている実感が得られずにわざと悪意で人を振り回そうとする美少年と、彼に一目ぼれをしてまっすぐに愛を渡そうとするクラスメイトとの青い恋愛を追った『GATAPISHI』(祥伝社)など、これまでも奇妙に絡み合う「2人の関係性」を描く名作を世に送り出してきた。
その手腕において特筆すべきなのは、登場人物ひとりひとりが独自の論理で生きていることが徹底して練られている点ではないかと思う。「2人の関係性」の魅力を最大限に引き出しているのが、キャラクターを「1人の人間」として描く力なのだ。それこそ多家良の演技のように、ただこの漫画で描くために2人の人間を作り出したのではなく、この世のどこかで生きている2人の人間を漫画に落とし込んだのだと思わされるほどに、その人物描写はマンガの枠外にある人生まで想像させる。
例えば事務所との契約の最中に「玄関」という言葉を耳にした多家良は、そこから自宅の鍵について連想して「友仁さん鍵返して」と唐突に告げる。友仁はそれに対して、多家良の連想を瞬時に理解したうえで「今ゆーな」と叱った。あるいは飲み会の場面で、多家良がひじを動かしたために下に落ちたわりばしを、友仁は何も言わずに拾い上げて机に戻す。
多家良という才能の塊の残酷さを一身に浴び、引き裂かれる己を認識する一方で、多家良のことを素直にいつくしんでいる……「役者人生」という大きなうねりの内側にある些細な日常の機微、暮らしの中で染みついた行動原理が、ここに垣間見えるのである。
繰り返すが、きっと2人はどこかで違う道に行くはずだ。しかし読者はその分岐点ばかりに集中すべきではない。重要なのは選択に至るまでに積み重なった2人の生活であり、あまりにもいとおしい人間の暮らしである。カレンダーに予定を書くとか、カレーの匂いに喜ぶとか、そういった1つ1つの感覚は、人生の岐路と同等に尊い。
『ダブル』は6月14日に単行本第1巻が発売されており、現在「ふらっとヒーローズ」で連載中だ。1人でも多くの人が2人の行く先と足取りを目撃することを、心から願ってやまない。
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