ホラーは「因果応報」よりも「理不尽」の方が怖い? “こわい話”を解剖する(2/2 ページ)
90年代を境に変わってきた「日本の怪談」
ところで三宅氏は、こうした「因果が存在しないこわい話」は、決して日本の伝統的な怪談の主流ではなかったと指摘します。
日本三大怪談と言われる「四谷怪談」「皿屋敷」「牡丹灯籠」を見ても、前者2つは非業の死を遂げた人物が怨霊となって加害者を祟(たた)るというストーリーですし、「牡丹灯籠」は生者と死者の恋愛を描いたいわば異類婚姻譚。いずれも、祟る側と祟られる側に密接な関わりがあり「祟られても仕方がない」だけの理由を有しています。
小中氏は前掲『ホラー映画の魅力』で、寄席などでの口伝の怪談では因縁=分かりやすい「祟られる理由」を織り込むことは、聞く側が物語に「納得」し、「そういうことが起こってもおかしくない」とリアリティを感じてもらうためのテクニックとして有効だったのではないかと考察しています。
他の要素でリアリティを担保することができれば、諸刃の剣である「因縁」はあえて取り入れる必要がないと、小中氏ら「Jホラー」の作り手たちは考えたのでしょう。
「女優霊」(96年)を経て「リング」(98年)より始まった「Jホラーブーム」を、こうした「小中理論」に即した「不条理なこわい話」が、因果応報譚的「怪談」に取って代わったパラダイムシフトだと捉えるのならば、それが広く受け入れられたのが「1995年を経験した後の日本」だったことが重要であるはずです。
つまり、阪神大震災と地下鉄サリン事件。天災と無差別テロという、いずれも被害を受けた個々人に「なぜ自分なのか」の答えを与えない“巨大な不条理”を日本人が経験したことが、「最もこわいことは何か」という質すらを変えてしまったのではないかと思うのです。
「世界は不条理にあふれている」という気づきは、今まで語ってきたとおり、とってもこわいことです。しかし、絶対に必要なものです。
「公正世界誤謬」という言葉があります。人は、「公正な世界」=「真面目に頑張って生きていれば報われるし、ひどい目に遭うことはない」という幻想を信じておきたいあまり、時に、理不尽な被害に見舞われた人に対して「その人に原因があるんだろう(だから自分は大丈夫なんだ)」という態度を取ってしまうことがあります。
「過労死する前に会社辞めれば良かったんじゃないの?」
「男を刺激するような恰好をしてたらレイプされても仕方ない」
「いじめられる側にも悪いところはあるんじゃないか?」
「世界の不条理」に対し、被害者に責任を押し付け「だから世界は変わらず公正なのです」と優しく語りかけてくる人がいます。
注意してください。被害者の非を問う言説を疑ってください。自分が安心したいがために、暴力の犠牲になった人を傷つけてしまっていないか、私たちは立ち止まって考えなければなりません。世界は不条理で、こわいものに溢れているのですから。
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