インタビュー
» 2020年01月27日 11時00分 公開

「あまりにもひどい」 聖マリアンナ医科大の入試不正を“受験の現場”はどう見るか (2/2)

[青柳美帆子,ねとらぼ]
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「女性差別はしょうがないこと」?

――2018年から、医大受験での女性差別・年齢(浪人)差別が立て続けに明らかになっています。受験の現場では、こうした実態は“公然の秘密”だったのでしょうか?

 浪人や性別に関して調整が行われているであろうことは、うわさベースではありますが「あるだろう」とは言われていました。でも、その調整というのは、例えば最終段階で当落線上に同点の受験者が2人並んだとき、きっと現役の子を優先するだろう……というイメージでした。しかし現実は、一律で、しかも大きく点数に傾斜をつけていた。東京医大の問題が明らかになったとき、「そんなこと本当にするんだ」という衝撃を受けたのが正直な印象です。予想外でしたが、同時に「他もやっているんだろうな」と感じました。

 というのも、東京医大はそこまで女性に対してひどい印象がなく、先ほど挙げたようにむしろ昭和、順天堂、日大のほうがひどい印象があったんです。だから「東京医大でこうなのだから、他大も間違いなくひどいことをしているな」と思い、事実次々と明らかになっていきました。もうそれ以降はこちら側も身構えていて、聖マリに関しても入試で調整があったこと自体には衝撃はありませんでした。ただ、差別の程度があまりにもひどすぎたのには衝撃でしたが……。

――ネット上では「現場の実態を考えると、女性差別はしょうがないこと」という声もありました。

 僕も医師免許を持っているので、現役で医者をやっている同世代や医学生がSNSで「(男女で得点を調整するのは)やむをえないのではないか」「現場が忙しく、男性医師を求めているのは事実」という意見は目にしました。でも、それとこれとは別ではないか? と思います。

 僕ははっきりと、差別自体がダメだと思っています。聖マリに限って言っても、この調整は学科試験でどれだけ点数をとってもまず取り返せない。それを公開せず、同じ受験料で行うのは、言ってしまえば詐欺ではないでしょうか。一般企業でそんなことをやったら「それは当然ダメでしょ」となるはず。シンプルな話だと思います。理屈があるから差別をしていい、というわけではない。また、批判をする際も「一部だけを切り取っている」と感じることがあります。

――一部だけを。どういうことでしょうか。

 例えば、ネットでよく見られるのは、「外科を目指す女医が少ない」というもの。実際、外科は男性医師が多いです。しかし人手不足が深刻な問題になっているとしてよく挙げられるのは産婦人科、小児科、麻酔科。この科を目指す女医さんは多いです。もちろん医療業界全体に人が足りていないので、外科だけを見れば「人が足りていないのに女性が目指さない」といえるかもしれませんが、逆に「なぜ外科だけを見るのか?」と感じます。

 それから以前、テレビである医師が「医大の女性差別は当たり前」「重たい人を背負える男手が必要」といった発言をしたことが話題になりました。これは女性医師は重いものを持てないという主旨の発言だったと思いますが、ツッコミどころがいっぱいありますよね。僕の妻は看護師ですが、女性看護師さんたちは自分より重い患者さんの体を移動させたり、持ち上げたり……と日常的にやっています。「女性だからできない」というのは違うはずですし、そもそも「男性にはできる」というのも違います。女性は忙しいから無理と言いますが、男性にも無理。そもそもみんな無理なんです。

――そもそもみんな無理……。

 僕の兄も医師免許を取っていて、現役で医師として働いています。兄は中高大で皆勤賞を取ったような人ですが、30代半ばを迎えて「本当にきつい」と音を上げ始めています。

 医師の働き方は、例えば36時間連続勤務でしかも当直なのでほとんど寝られなかったり、1週間に5時間しか寝られなかったり……と、過労死がいつ出てもおかしくない労働環境が常態化しているところが存在しています。同期で集まると、辞めたい話がよく出ます。

――壮絶ですね。

 また2018年から知られるようになった「無給医」問題もあります。大学院生などで、診察行為を行っているのに給料をもらっていない医師がいる。研修中は「(いつ呼び出しがあってもいいように)病院の近くに住みなさい」と言われることが多いですから、都内の場合だとその経済状況では生活できないですよね。一方で、医療業界では単発のアルバイトの時給はむしろ割がいいことが多いので、休みの日にバイトを入れる。そうなると本当に休みなしで働き続けることになります。

 医師は高給というイメージがあるかもしれませんが、大学病院などの若い医師を見れば、給料も安く、過酷な労働環境で働いています。そこを乗り越えられる一部の医師たちによって、医療の現場は成立している……いえ、ギリギリもっていない

 そういう余裕がない状態で「女性医師が来られたら困る」というのは、自分で自分の首を絞めているようなものです。女性が継続して働ける環境は、体力のない男性や、高齢になってきた男性も活躍できる環境です。僕もそうですが、医師免許を持ってはいるけれど、現状の医師の働き方からドロップして、戻れない、戻らない選択を取っている人がいます。一度抜けると、「もうあの働き方には戻れない」と思ってしまいますが、働きやすくなったり、スポットで働ける環境ができたりすれば戻る人はいるはずです。

 女性を差別し続けて“スーパーマン”だけをとるスタイルと、環境を整えて働ける人を増やすスタイル、どちらが総合的に見ればマンパワーが増えるかといえば、後者ではないでしょうか。スーパーマンは絶滅しかかっています。

――「女性が働きやすい環境は、男性にとっても働きやすい環境」という話は、働き方の議論でよく聞きます。

 ちなみに外科ですが、実際男性医師も少ない“不人気”の科です。男性も「プライベートを大事にしたい」という人が増えていますから、どんどん選ばれなくなっていく。そういう科はもう悪循環で、人が集まらないからいる医師の負担が大きくなり、そうなるとさらに人が集まらずにブラックになっていく。女性には無理な環境だったとして、人間として無理ですから、男性の無理レベルと誤差でしかない。無理の差を比べてもしょうがないと思います。

――女性が多い看護師の現場では、シフト制が一般的ですよね。医師たちがシフト制で働けないのはなぜでしょうか?

 一部の科や病院ではシフト制をとっているところもあります。今できていないところは、医師の数が足りないのでシフト制にできないんです。これも悪循環で、「シフト制がある病院」と「ない病院」では、シフト制になっている病院のほうが選ばれます。そうなるともっと回らなくなるわけです。

 現場の医師の努力で環境を改善するのは現実的ではない。厚労省などが主導してやっていく必要があります。入試での女性差別問題について感じるのは、「この受験生たちは8年後のマンパワーになる」ということ(医学生6年、初期研修2年)。ここで女性を差別していたら、8年後の現場では地獄のような未来が待っています。そうではなく、「8年後に女性医師が現場に増える」ということを考えて、8年かけて体制を整えるチャンスなのではないでしょうか。ITの活用などにも可能性があります。そうしてできあがった環境は、男性医師にとっての希望にもなると思います。

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