結婚式を自粛したら100万円飛んだ末、それ以上のものを得た話(1/2 ページ)
「この状況がいつまで続くのかは分からないけど、僕はまた旅行記を書き始めたいと思う」
本格的に式の準備を始めたのは半年前。僕はイベントごとが結構好きなので、カスタマイズできる自由度の高い式場を選んだ。いろんな企画を考えるのはとても楽しくて、思わず動画を4本も作った。これはやりすぎたと思う。
岡田悠
夜は旅行記やエッセイを書き、昼は会計ソフトを作ってる人。2019年、noteに投稿した「経済制裁下のイランに行ったら色々すごかった」と「近所の寿司屋のクーポンを記録し続けて3年が経った」により、一躍“イランと寿司の人”となる。好きな会計用語は旅費交通費。
キャンセルという言葉がじわじわと現実味を帯びてきて
1月。中国が大変なことになっているというニュースを見ながら、腹筋とスクワットに励んでいた。糖質制限も始めて、大好物のビールを我慢してハイボールに切り替えた。体重はみるみる減っていって、当日までには理想の体型になれそうだ。
2月。日本での感染事例が少しずつ報告されて、これはまずいと思い始めた。式場と何度も話し合って、もう少し状況を見守るという結論に至った。
2月末。事態は悪化していた。向こう2週間が山場ということで、学校の一斉休校が発表されて、会社もリモートワークに切り替わった。登壇予定だったイベントは中止になって、旅行の計画も全部潰れた。ただ不安を感じつつもどこか他人事な部分も確かにあって、リモートで飲み会やって盛り上がって、こっちの方が楽しいじゃんなんて言いながらハイボールを口に運んだ。式場との打ち合わせでは感染対策について議論し、内容を変えつつもまだ実施するつもりでいた。
3月初旬。キャンセルという言葉がじわじわと現実味を帯びてきて、改めて式場に足を運んだ。契約書には、キャンセル料が発生するのは「ご契約者様のご都合でキャンセルした場合」と書いてある。国から施設の利用停止命令が出ているわけでもない中、自粛はあくまで自分から進んで行なう行為である。つまりは自粛すると、キャンセル料が発生するのだ。
それは目玉の飛び出る金額だった。僕の生涯で一番高い買い物が、キャンセル料になる可能性がある。考えただけで暗澹たる気持ちになって、ただ事態が収束することを願った。
3月初旬。山場だったはずの期間を超えても改善する様子はなく、特に海外からの報道が盛んになった。僕は唯一の趣味は海外旅行で、世界中の国境が封鎖されていくのを見るのはとても哀しい。外務省の渡航危険情報のページは10年以上眺めているけど、「全世界」という文字を見る日が来るなんて思ってなかった。欧米では全面的な外出禁止令が出て、都市はロックダウンされ、人々は家に閉じこめられた。
世界が、切断されていく。
3月中旬。結婚式ができるのか、もう分からなかった。実現しないかもしれない式のために準備を重ねるのは、賽の河原で石を積むような徒労感があった。決行された様々なイベントへの批判を見るたびに、まるで自分が名指しにされてるみたいに感じた。本当にこの結婚式は望まれているのか、なんのためにやるのだろうか。
旅行記を書くのが僕の日課の一つでもあるけど、とてもそんな気分にはなれなくて、旅への興味も自然と薄れていった。毎日がモノクロみたいに味気なくて、かろうじて仕事をして寝るだけの毎日だった。家での口数も減っていって、外への好奇心を失った僕は、切断されゆく世界と同じだった。
一週間前。風呂に浸かりながら、呆然としていた。式で配布するマスクや消毒液が届いたけど、それでもこの状況で開催すべきかどうか、もうどう判断したらいいのか見当もつかない。ゲストの安全は確保できるのか、延期するとしてもいつになったら収束するのか、どこまでいったら何がどう大丈夫なのか、ああもうわからん。
早く、早く止めてくれ。
一言、「結婚式は中止しろ」と誰かに言って欲しい。さっさと僕に死刑宣告をくれ。
そんなどうにもならないことをひたすら考えていたら、なんだか意識がぼうっとしてきて、ちょっと風呂に浸かり過ぎたかもしれない。立ち上がった瞬間に身に覚えのないような立ちくらみを覚えて、そこで一旦記憶が途切れた。
「大丈夫!?」と呼びかける声で目が覚めた。僕は風呂場の脱衣所に体育座りしていて、横に立った奥さんが肩を揺らしている。何が心配なのかわからないまま、ああ大丈夫だよと生返事した。ぼうっとした頭で床に落ちたバスタオルを拾うと、端まで真っ赤に染まっていた。
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