「大会での勝利は“強さの追求”の副産物に過ぎない」 格ゲー界のレジェンド・梅原大吾が語るコロナ禍のeスポーツ界と強さの基準(2/2 ページ)

» 2020年08月22日 13時00分 公開
[イッコウねとらぼ]
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――今後、日本のeスポーツ界で必要になるものはなんだと思いますか?

梅原 やっぱり新しいプレイヤーじゃないでしょうか。若い人たちが「格闘ゲームをやりたい」って思ってくれないと、飛躍的な発展はないと思うんです。FPSと覇権が入れ替わる、とまで高望みはしないですけど、若い人がやりたくなるようなきっかけがほしいですよね。「ストリートファイターVI」が出てももともとの格闘ゲームファンばかりになってしまう可能性もある。画期的な出来事が生まれるかどうかはわからないので、これまでと同様に、地道にファンを増やす努力はしていくつもりではあります

――格闘ゲーム以外のジャンルのプロシーンから学ぶべきところはありますか?

梅原 他のジャンルでは年間を通してリーグ戦をやっていますね。か、ああいうのはもっと格闘ゲームでも採用できたらいいなと思います。

 ただ、数がものを言うんだと思います。プレイヤーが多ければできることはたくさんあると思いますが、他のジャンルほど人口がいないですから。だから、初心者に知識を授けたり練習方法を教えるるような活動をやっていこうと考えています。「ハードルが高いと思ってたけど、やってみようかな」と思ってもらえるきっかけが作れればいいなと思うんです。

 例えば「対空」という言葉1つとっても、対空とは何か、なぜジャンプしてきた相手に対空をしなければいけないのか、対空をしないとなぜマズいのかということも分からない人がいる。そういう部分を事細かに説明していったりして、初心者でも楽しく聞ける、楽しく練習できる方法を解説すれば、喜んでもらえるかなとアイデアを膨らませています。


画像 (C)Yusuke Kashiwazaki/Red Bull Content Pool

勝ってない人の中にも強い人はいる

――梅原さんが行っている「獣道」は毎回大きな反響を呼ぶ人気企画ですが、なぜこのイベントをやるようになったんですか?

※梅原氏が不定期で行うイベント。トーナメントを組んだ上で2〜3セット先取で勝利となる通常の大会とは異なり、10〜15セット先取の長期戦でかつ事前に対戦カードが決められているのが特徴。3回目となる「獣道3」では格闘ゲームだけでなく、シューティングゲーム「バトルガレッガ」のプレイも行われた。


梅原 2017年に「オゴウ」「クラハシ」というストII勢の対談企画をやったんです。そのときの流れで実際に2人に対決することになって、その試合が自分も面白かったし、見てる人にも楽しんでもらえたのがきっかけですね。「これはプレイヤーやタイトルを変えてやったらすごく盛り上がるんじゃないかな」と思ったんです。

 今はコロナ禍で大会は少なくなりましたが、「獣道」を始めた当初は毎週のように大会があって飽和状態だった。そうなると、対戦カードも代わり映えしないし、キャラクターも似たようなものばかり。「誰が勝って誰が負けたか」という部分にストーリーがなくなってしまっていた。そうなると、大会の運営やプレイヤーはもちろん真剣にやっているんだけど、見てる側は飽きてきてしまう。

 これを打破するために、トーナメントではなく、日時も組み合わせも相手のキャラクターも分かっていて、しかもそこにストーリーが乗っかっているような勝負をカウンターにしたいという構想があったんです。それを「クラハシ対オゴウ」のときに試してみたら「やっぱりみんなこういうのが好きなんだ」と確信できたわけです。

――獣道は「10先(※)」という形式で行われますが、これもあえてドラマを作るためでしょうか。

※10先:10セット先取で勝利となるルール。トーナメント制の大会ではなく、エキシビションマッチなどで採用されることが多い。


梅原 やっぱ格闘ゲームは、大会の1試合ではどちらが本当に強いのかは分からないですし、やってる方はもっと納得いかないと思うんですよ。しっかり準備期間を設けて、お互いの用意したものをぶつけ合って、勝った方も負けた方も納得のいくラインが10先じゃないかなと思っています。

 決して悪いことではないですが、通常の大会には情報戦としての側面があって、レアキャラを使って相手の知識不足を突くような戦略があります。これがしっかり準備期間のある10先だと、相手のことも持ちキャラクターのことも十分理解できるので、そういう勝ち方はほぼできない。だからこそ格闘ゲーマーに求められる純粋な部分、精神力だったり動体視力だったり技術だったり読みだったり戦略だったりで勝負する必要が出てくる。僕自身はそういうガチでスポーツ感の強いルールが好きです。

――以前ときどさんも「大会で勝てているプレイヤーが最強とは限らない」と言ってましたが、同じ感覚を持ってらっしゃるんですね。

梅原 もちろん、大会で勝てている人が弱いはずはありません。大会で勝つことも信頼の置ける重要な指標ではあります。ただ、勝負に取り巻く環境や条件は変わりますよね、アウェイだったり、時差ボケがあったり、キャラクターの相性だったり。平等に見えて意外と平等ではないので、勝てていない人の中にも強い人はいるとは思います。もちろん、プロの場合はそういった環境の変化に甘えてはいられませんが。

 大会が増えるとどうなるかというと、やってる方も慣れて負けて悔しいとか勝ってうれしいという感覚がなくなっていくんですよ。でも、獣道は勝てば達成感はある、負ければ本当に悔しい。負けた方は本当にダメージを受けています。でも、本来はみんなそれが見たいんですよね。

――なるほど。確かにベテランのプレイヤーからは「大会で勝つことが全てじゃないぞ」という雰囲気を感じます。

梅原 ゲームセンター世代はそうですよね。もともと競技とかプロとか賞金とか一切無縁の状況で、「楽しい」ということだけを入り口にして始めて、プライドだけをプライドをかけた勝負をしていたわけですから。

勝利に固執しすぎることのデメリット

――梅原さんは獣道のような「事前にカードの決まった10先などの長期戦」で圧倒的な戦績を残していますが、なぜあれほどの結果を残せるのでしょうか。

梅原 先に行ったような理由で、ゲーセン世代の僕は長期戦が好きです。だから、長期戦に対してモチベーションが高くなるというのが1つ。あと下馬評で不利だといわれるとすごく燃えるんですよ。Xianのときもそうだし、Infiltrationのときもそうだし、「絶対に負けるだろ」と思われているときほど対策に力が入りますね。

――近年行われた長期戦の中で最も注目を浴びたのは、やはり梅原さん対ときどさんだと思います。ときどさんは以前から強豪プレイヤーでしたが、スト5以降は特に目覚ましい結果を残していますよね。

梅原 意識改革でここまで変わるんだなと感じますね。今まで生きてきた経験の中でも、これほど変化した人は見たことがない。

 昔のときどは「勝てばいいや」という感じだったんですよ。ありえない話ですし極端な表現ですけど、「勝てるんだったら強くなくてもいい」というぐらい。でも今は「強くならないといけない」という方向に目を向けているような気がします。

2018年に行われた「獣道2」ではときど氏と対戦し、10対5で圧勝した

――「勝つこと」と「強いこと」は必ずしもイコールではない、ということですか?

梅原 “勝つこと”だけに集中してしまうと、向上心がなくなっていくと思うんです。例えば習得するのが難しい技術があったとき、純粋にうまくなりたいならどれだけ難しくても習得しようするはずですが、“勝つこと”だけに集中してしまうと「苦労に見合った技術なのか」と考えてしまう。

 でも、それは“うまくなろうとする人”の思考じゃない。難しいことにチャレンジして、それが身についたら「うまくなれた」と実感できるのに、“勝つこと”を優先すると勝利するための道筋として効率が悪いように感じてしまうことがある。でも、限定された状況でしか役に立たない技術であっても、それをしっかり練習する人の方が、長い目で見れば強くなれますよね。


画像 (C)Teddy Morellec/Red Bull Content Pool

――では、梅原さんが「強くなれたな」と思う瞬間はどういうときなのでしょうか。

梅原 これは3種類あります。1つは単純にできなかった技術を習得すること。例えば昇龍拳を出せなかったけど出せるようになったとか、これは単純も操作がうまくなったってことですね。もう1つは、分からなかったことを理解して、正しいというか良い戦略を組めたとき。もう1つは見てから対処できなかったことを見てから対処できるようになること。これは動体視力の話ですね。

――それこそ大きな大会で結果を出したばかりですが、「大会で勝てたから強くなれたことを実感する」ということはないんですか?

梅原 僕は大会で勝つのは強さを追求することの副産物だと思ってるんです。強さを求めていれば結果はついてくるはずです。ならば、「大会で勝つ」ということを目標にするのではなくて、自分の成長に目を向けた方が結果的に勝てるようになるんじゃないかと思うんです。

――なるほど……ただ、それは数々のタイトルをとってきた梅原さんならではの考え方というか、結果を出したことがない若いプレイヤーはどうしても結果に目を向けがちかもしれないですね。

梅原 チャンピオンとしての栄誉は長続きしない。頂点に立つということは成果を失う可能性があるということの裏返しです。それを恐れて防御態勢に入ってしまう選手がほとんどです。

 勝つということ自体は当然喜ぶに値しますが“実力がないとなんにもならない”ということを嫌というほど味わってきているので、だったら最初から結果に一喜一憂するのではなく、強さに目を向けたほうが良いと思うわけです。この世界は一回勝って終わりじゃないですから、「勝ったあとも大変だよ?」とよく僕は彼らに言っています。


画像 (C)Cooperstown Entertainment

――確かに、チャンピオンで居続けるのは精神的にもキツそうですね。

梅原 格闘ゲームはそもそもチャンピオンで居続けられるようなルールじゃないですからね。

 特に連覇してるときのプレッシャーは記録がかかってるし、本当にきついですよ。EVOの2連覇もきつかったですけど、公式大会で3連覇してた19歳のころが一番きつかったなあと今でも思います。

 プロになった今は年中大会に出ていますが、昔は大きな大会は1年に1回くらいでした。本当の意味での一発勝負だったんですよ。だから実は大会ではめったに参加できないアマチュアの方がシビアに戦ってるかもしれないですね。(了)



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