アニメ映画「ウルフウォーカー」が大傑作である「5つ」の理由 「もののけ姫」に通ずる、オオカミの象徴(3/3 ページ)
それでいて、「もののけ姫」との明確な違いもある。前述した通り、「ウルフウォーカー」では対立するコミュニティーにいる主人公は女の子2人であり、さらに“抑圧的な男性社会にいた女性の解放”という物語性も備えている。「もののけ姫」での強い女性像および、タタラ場というコミュニティーに住む彼女たちがあくまで“人間としての立場”で生き続けていたこととは好対照だ。
また、一般的にオオカミは、本能や野生、はたまた暴力や性悪さの象徴として捉えられることもあるが、この「ウルフウォーカー」においてはそれだけではない。劇中のオオカミおよびウルフウォーカーは、“バランス”を表現しているのだという。
トム・ムーア監督によると、古代のアイルランドではオオカミは人間の脅威というよりも“共に生きる者”であり、自分たちより強い上位種の尊敬の念を持つべき存在であったのだそうだ。そのオオカミと人間の両方の性質を持つウルフウォーカーは、文明や社会と自然や野生のバランスを示しているという。
劇中では人間のロビンと、ウルフウォーカーのメーヴという2人が互いの良さを認め合い、助け合うことになる。これも、オオカミを単純な悪役にせず、両者の共存の道を模索していた、「もののけ姫」と通じている価値観であるだろう。
そして、物語の決着は(もちろんネタバレになるので明言は避けるが)「もののけ姫」とは正反対ともいえる、フレッシュかつ納得度も高い、実に感動的なものになっている。ある意味でこの「ウルフウォーカー」は、「もののけ姫」で提示された問題および価値観に、新しく誠実な“アンサー”を投げかけた作品といえるだろう。
5:素晴らしい吹き替え版を親子で見てほしい
本作の吹き替えで主人公のロビンとメーヴを演じるのは、米津玄師の作詞・作曲・プロデュースによる小中学生の音楽ユニット“Foorin”のメンバーでもある、新津ちせと池下リリコだ。劇中の役とほぼ同年齢の彼女たちの幼さがそのままキャラクターにハマっており、新津ちせは過酷な心境を見事に表現していて、池下リリコのワイルドな印象もバッチリ。彼女たちはプライベートでもとても仲が良いそうで、その“良いコンビ”っぷりを声で聴くだけでも顔がほころんでしまう。
さらに、吹き替えでお父さんを演じているのは俳優の井浦新。朴訥な印象と、娘のことを思いやる優しさ、時には怒りに任せて怒ってしまう時の怖さを両立させた、さすがといえる名演をみせていた。井浦新は現在公開中の日本映画「朝が来る」では養子を迎える父親役を熱演しているので、併せて見ることで“父性”を体現できる俳優としての実力をより実感してみるのも良いだろう。
とにかく、「ウルフウォーカー」は、誰が見ても面白いと思えるエンターテインメント性、女性の解放というフェミニズムのメッセージ、何より“子ども視点”で物語が進むため、「子どもにこそ見てほしい」と強く思える内容だ。ぜひ、吹き替え版という選択肢も生かして、親子で鑑賞していただきたい。本作で得られるメッセージは、子どもはもちろん、全ての人にとっての素晴らしいエールになるのだから。
まとめ:カートゥーン・サルーンの過去作もぜひチェックを!
もちろん本作の予習、あるいは鑑賞後に、カートゥーン・サルーンの過去作に触れてみるのも良いだろう。
「ブレンダンとケルズの秘密」と「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」はAmazonプライムビデオなどで、「ブレッドウィナー」は「生きのびるために」というタイトルにてNetflixで配信中だ。見れば誰でもアニメとしてのクオリティーの高さに圧倒され、そしてアイルランドの文化や伝承、はたまた人間の残酷さや自然への畏怖を描く作風、ジブリ作品からの影響などの共通項を見つけられ、さらに「ウルフウォーカー」を興味深く見られるだろう。
なお、「ウルフウォーカー」はロックダウン中に完成した作品だ。国外のスタッフとの共同作業が多く、仕事のリモート化が進んでいたため、その状況下でも大きな問題はなく製作は進められたという。
そして完成した「ウルフウォーカー」は日本ではミニシアターでの上映がされており、公開館数そのものがごく少ない。だが、だからこそ、コロナ禍で苦境に立たされるミニシアターを支援するという意味でもぜひ見ていただきたいし、スクリーンでの映画体験がとても貴重なものとなるのは間違いない。日本はもちろん世界中で親しまれているアニメ映画、その最高峰が間違いなく「ウルフウォーカー」なのだから。
(ヒナタカ)
参考記事:カートゥーン・サルーン監督が日本のファンと交流、新作は「かぐや姫の物語」の影響も(イベントレポート) - 映画ナタリー
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